十
「御頭、こちらを。」
一真が一圓と共に描いたマカミノミコトの魁音刀の拵えの素描を差し出す。
木板に木炭で描かれた物であったが、精緻であった。
「む、いかん。老眼で見えぬわ。」
伊庭が目を細めて呻く。
「十字朗、バルザック。どうだ。」
刀剣と武装に詳しい両名に板を渡す。
「柄周りというか、拵えは新井浦と同型に見えるな。」
「いや、待って。柄頭が少し違うよ。」
「バルザック、どう違うのだ。」
「装飾が多く、現行の物より小さ目に思えます。」
両名の言に、伊庭は目を瞑り記憶を呼ぶ。
「與那嶺、か。」
「新井浦の前世代の玄嶽の正式装備という事ですか。」
「恐らくな。美浪、玄嶽と御津菱に流して調査させろ。」
「は。」
「新井浦」は現行の玄嶽正式採用の魁音刀で、第三世代機にあたる。
さらにそれ以前と物となると今の不知火で使用した経験のある者は
皆無であった。
「そうか。それでマカミノミコトの出自がわかる、か。」
阿波野がひとりごちた。
「上条、鹵獲した魁音刀を使いこなせるか。」
「初めて抜く刃であればな。古ければ癖がついて士魂は通らぬ。剣が主を
選ぶ。」
「ではやはり。」
「うむ。マカミの持つ剣は自らのだろう。奪った物ではない。」
玄嶽と宗波でやりとりを終えた美浪が伊庭に寄添う。
「御頭、玄嶽よりの報告で編切りの群体と交戦、撃退したと。」
「数は。」
「およそ千程という事でした。」
「通常の大型狗族を誘引したわけではないのだな? 」
「はい。単独で襲来したそうです。」
伊庭は立ち止まり、一時休止を命じた。
周辺の地形図を前に灰音と阿波野を呼び出す。
「超大型が出現し、我等を討つとしてどの位置が考えられるか。」
「ここです。」
二人は同時に幡殖宿の前方、枯れ畑を擁する平野を指さした。
「根拠が複数ありそうだな。同意見という事はだ。」
「御意。」
「ではこのまま西進するのみか。」
「御頭、橘川兄弟が狗族を発見。超大型と思われます。」
桃乃介が段丘を駆け上がり急ぎ報告する。
「お、もう来たか。奴ら、しっかり固めていたと見える。」
「精妙な波状攻撃です。」
兜の緒を締めながら、伊庭は彼方に視線を走らせる。
幡殖宿の北側の海岸より、この距離でもわかる巨大な人型が視認できる。
ゆっくりとした動作で上陸する。
一体、また一体と海中から姿を現し、総数六体が街道筋に沿って南進し始めている。
ゆらゆらと揺れ動く複数の腕、その手には様々な武具が握られ、全身を朱の
鎧で固めている。
街道筋の生垣や物見台と比較して、全高は十米を超えている。
六体の阿修羅が幡殖宿の正面、不知火と玄嶽両軍を迎え撃つ位置を目指している。灰音と阿波野が指摘した位置であった。
雲間から降りる光を受ける巨大な人影は、天上世界で列を成して歩む悪神の
威容である。
「でかい。俺たちが遭遇した物の倍はありそうだ。」
悪兵衛が視線を逸らさずに言った。
「そうだね。それに武装している。あれが成体なんだろう。」
遠眼鏡で観察しながらバルザックが返答する。我知らず汗ばんだ掌を
見つめ、強く握った。
不知火本隊、環太積機動歩兵隊を恐怖の幕が包んでいる。
「章雪、奴の能力は。」
「長大な剣による直接攻撃と、周囲への電撃で遠隔攻撃を行う錫、即効性の精神毒を散布する鈴を持ちます。また緩慢ですが、断続的な瞬間移動を行い」
「それに超回復を持つというわけか。そいつが六体。」
「御意。」
「人を、喰うのを目撃しました。」
桃乃介が蒼白な表情で申告した。死闘が脳裏に蘇る。
「全隊停止。あれが奴らの切り札か。」
「恐らくですが、違います。超大型を我らにぶつけ疲弊させた後、マカミノミコト本隊で襲撃、本閥の侍を全員討つ算段に思えます。」
「阿波野。」
「灰音中佐に同意いたします。」
美浪が宗波で玄嶽と阿修羅に関しての伝達を行っている。その会話だけで、
玄嶽本隊も恐慌を来しているのがわかる。
「御頭、玄嶽、八十田少佐が指示を仰いでおります。」
「幡殖宿正面を迂回し、不知火背後につくように合流せよ。」
美浪はそのまま伝え、宗波を終える。南方、雑木林から迅速に移動を始める
玄嶽が見えた。
(合流した本閥全体で正面からぶつかるのか。それでは弥者の策に乗ってしまう事になる。が、最も消耗を抑えるにはそれしかない。)
阿波野は奥歯を噛みしめながら、伊庭の指示に頷いた。
「あのでかぶつが無くなれば、やつらの手は一枚落ちというわけだ。」
「阿修羅が角行で、本隊が飛車とするなら。ですが彼らが上手ではありませぬ。そう、信じております。」
伊庭は将棋に例え、灰音と共に少し笑った。刀袋の紐を解く。
純白の拵え、本柴の美しい鞘の魁音刀を腰に差す。
「章雪、良いな? 」
「はい。一体でも制圧すれば精緻な作戦故、弥者はこちらの戦力を類推し、
引くと思われます。」
「いや、あれを野放しにして、これ以上身内の犠牲は出すわけにいかぬ。それに逃げ続けで俺も向かっ腹がたってら。全部ぶったぎるぜ。」
「御意のままに。」
不知火総帥が魁音刀を腰に差す動作に、隊士達は直立で臨む。
その場の空気が戦意と緊張で固まったかに思える。
伊庭は振り返り、隊士を見回して微笑んだ。
侍達は戦旗を立て、まっすぐに伊庭を見つめている。
「士魂と剣。」
「士魂と剣」
隊士達の大音声が平野に響く。
伊庭が背を向け、単騎で歩み出した。
見送る隊士達を見、阿波野が灰音に問う。
「章雪、いったい何を。」
「戦術決戦魁音撃を使用いたします。」
「戦術……。それは佐官複数名の協議、もしくは幕僚の承認なくば使役能わずとあったと記憶しています。」
「つまり、中将御自ら使役されるという事だな。」
上条の言葉に灰音は頷いた。
「ご両名共、反魂に巻き込まれます。これ以上の接近は危険ですので、おさがり下さい。」
20時頃、「鉾と龍」最終話アップロードします。




