八
不知火本隊、環太積の混成部隊の隊士はざわめく。いち早く美浪が玄嶽に
尊級出現の報を送った。
船上では侍と弥者が入り乱れての乱戦が始まる。
腕を組んで見下ろしていた伊庭が口を開く。
「士道、十字朗に装備を持ち込むように伝えよ。」
「すでに雷光の脅威は無い。」
偽装への攻撃もすでに途絶え、眼前の両軍は完全武装している。
伊庭の要請に士道が破双で輜重船に向かった。
「まずいな。弥者が上手だ。」
吐き捨てる様に上条が言った。
応戦する環太積隊士は、上下左右に攪乱しつつ凶暴に白刃を揮う弥者達に
押されている。一人、また一人と斬り倒され、血まみれの甲板に倒れ込み、
海に突き落とされる。
飢えた獣の群れの攻めを繰り出す弥者達は散発的に撃たれる魁音撃を物ともせず、戦意は一向に衰えない。が、突如潮が引く様に後退し両軍には間が空いた。
やがて、太鼓と笛の音が流れ出す。
「何だ。奴ら何を。」
不知火隊士達が見下ろす先、船上の弥者達は音曲を奏で、その曲調に乗るよ
うに二人の者が進み出た。
一人は長髪に手甲鉤の者、今一人は小柄で両手に小剣を持っている。
それを受ける様に環太積隊士も二名、相対し剣を構えた。
程無くして、侍の一人は片腕を両断され、首筋を斬りつけられて絶命する。
もう一人は胸元深く鉤爪を差し込まれ、蹴倒された。
弥者達の遠吠えが響く中、遺骸は海に突き落とされる。
次に細身に似つかわしくない金棒を背負った者と、無手の大柄な者が
進み出る。大柄な者が環太積に何か申し立てている。
侍が四名、二人の弥者の前に立った。
またも数瞬で勝負は決した。
暴風のような勢いで振り回される金棒に、侍は刀を弾き飛ばされ、
撲殺される。
残り三名は大柄な者の拳による、的確な急所への素手の突きで倒れ伏した。
笛と太鼓の音が一段と強まる。
「阿波野、俺は波を掻いてでも行くぞ。」
「落ち着け、途中で射殺される。無理だ。」
阿波野の沈痛な声により、上条も拳を下す。
断腸の思いは、同じであった。
「頭同士の一騎打ちには、奴らはマカミノミコトを出す。阿久津ならば
討てる。信じろ。」
「阿久津の魁音撃ならば」
阿波野の言葉に頷き、上条は歯を食いしばる。
「源之助殿。阿久津少佐の魁音撃とは? 」
二人の様子を窺った悪兵衛が上条に問う。
「芒迫だ。聞いた事があろう。」
「ありませぬ。」
「お前は味方の魁音撃には興味は無さそうだの。」
悪兵衛の肩に手を置いて上条は苦笑する。
「芒迫は、剣が攻撃対象に接触した瞬間、炸裂。爆壁を散開させる魁音撃です。」
阿波野が言葉を加えた。
「という事は。」
「鍔競り合いに入ったならば、絶対に勝つ。」
「成る程。剣戟を尤もとするマカミノミコトならば、勝機がありますね。」
灰音の言葉に二人は頷いた。
悪兵衛は興奮で額まで赤くしている。
遠く、不知火の隊士達まで「勝負」の二文字の言霊が届く。
甲板の中央、長着を肌蹴た鬼門甲姿の侍が力強く進み出る。
筋骨たくましい男は髭面に鋭い眼差しで、怒りと戦意は他を圧倒しているかに見えた。阿久津景昌少佐である。
対する弥者達は膝を着き、頭を垂れる。
中央の男が腰に刀を差し、ゆっくりと歩み寄った。
「あれが、マカミノミコト。」
悪兵衛はその挙動を見逃すまいと食い入るように見つめる。
仮面に獣毛、黒革の鎧と他の者と違いの無い様相であるにもかかわらず、
その動作に視線が引付けられる。
その場にいるだけで、率いる者達の崇拝と畏敬の念を感じる。
笛と太鼓の音が止まる。
両名は見合った後、同時に刀を抜いた。
緑青と黄金の火花が甲板と二人を照らす。
「一圓、一真。マカミの刀の拵えと柄頭が見えるな。描き取ってくれ。」
伊庭の言葉に橘川兄弟はその驚異的な視力を駆使し、マカミの持つ魁音刀を
細かく描きだしていった。
おお、という歓声が船上から沸き起こる。
切り結んだ両名は位置を入れ替え、阿久津は正眼に、マカミノミコトは
水平よりやや刃を倒し、巻き込むような姿勢の変形中段に構え直す。
素早く、力強い踏み込みで阿久津が突きに入ると、マカミは大胆にも背を
見せる様に回転しやり過ごしつつ、阿久津の背を手で押した。
踏鞴を踏んで振り返りながら、鋭く斬りつける。マカミはゆったりとした動作で、避けた。そうして軽やかな脚運びで変形中段に戻る。
阿久津の額に筋が浮かび、凄まじい形相で弥者を睨む。
「誘っている。」
「激しやすい阿久津の剣を二太刀で見越したようだ。」
環太積の二人の言を聞きながら、悪兵衛はマカミの動きを捉えるべく
見つめる。
大きな波が舷にぶつかり白く煙る。甲板上の者達は舟の挙動に合わせて
左右に揺れ動いた。が、マカミだけは甲板に根が生えたように動かない。
決して踏み込んだ姿勢ではないが、体軸をぶらさず平常と変わらぬように
見える。
「誘いで受けさせ、近接戦技に入ると見せかける。元本閥の侍ならば
その常とう手段を見破る。それを逆手にとり、その状態で芒迫をぶつける。これで勝つ。」
上条が拳を握って呟く。
気迫が高まり切った阿久津は、正眼から八双に構えを変え、大きく息を吐く。
マカミは半身の姿勢で左手を開き、突き出す。
「あれは」
「魁音撃を消失させる破常力でしょうか。」
灰音も固唾を飲んで見守る。
阿久津の剣気の先を抑え、マカミが半身のまま刀を両手で構え、突きの
姿勢に入った。
「あの構えは。」
伊庭の脳裏に鮮やかに蘇る疾風の魁音撃。
「あれは、紫電。」
元不知火、柏崎壮之介中佐が見せた一撃必殺の構えであった。




