七
不知火本隊と環太積機動歩兵隊の混成部隊は北上を開始した。
皆武装を解除し、魁音刀すら持ち合わせてはいない。
大量の狗族達はその痕跡を残したまま移動し、姿は見えなかった。
未だ雷光の脅威は在るが、攻撃は無い。
隊士達は行軍中、米袋から干し飯をすくい、口に放り込む。
削り節と昆布の粉末と塩、米油をまぶして乾燥させた物で
皆ばりばりと音を立てて咀嚼している。
「悪兵衛、そのへんにしておけ。」
十字朗が笑いながら声を掛けた。
「しまった。つい。」
スメロキに心を奪われながら口に米を放り込んでいた悪兵衛が
我に返った。
「干し飯は後から膨れるんだから。この間みたいに、食い過ぎて戦闘が
始まっても動けぬようになるぞ。」
一圓の言葉に悪兵衛は鼻をこする。米袋をたえず振って、薬味の粉末が
袋の底に溜まらないようにしている。
「戦闘が終わった頃にまた腹が減ったな。」
不知火隊士達が笑いあう。
「なんだ、あの連中は。行軍中に無駄話とは。」
「まあ、怒るな、上条。」
阿波野が苦笑しつつ、上条を留めた。
「あの双子は十六の年ですでに「月追」を習得している。そんな弓手は他に
聞いた事がない。悪兵衛もまた然り、だ。他の隊士もだが異常な戦闘力を持っている。同じ人間と思えぬ。」
「おそらく幾多の修羅場をくぐってきている。その中で年相応の「こころ」を
保っているのは、伊庭中将の薫陶が大きいのではないか。」
上条は阿波野の言葉をじっと聞き入る。
「中将を見ろ。微笑んで何も言わぬ。皆の心情を全て掴んでいる。だから
細かい事は放免されている。」
「お前は見てそれを学んでほしい。」
「何故だ。俺は規律の話しをしている。軍ならば当たり前の事だ。」
「やりかたの種類の話しだ。お前はいずれ本閥を率いる。かならず役に立つ
時がくる。」
「俺はそんなつもりはない。」
「お前がそういっても周りが許さぬよ。俺もだ。」
「阿波野がそこまでいうのなら。」
阿波野は上条の横顔を見、そして伊庭の背を見つめている。
*
部隊は平野を縦断後、松乃浦で待機している環太積艦船にて東進、幡殖宿には海上から侵入し玄嶽と両面から侵攻する作戦に切り替えられた。
鬼門甲の部材を用いた偽装を撒きながら雷光の誤射を誘い、弥者本体を叩く
算段である。
厚い雷雲が日を遮っているが、雨はやみつつあった。
「十一時方向上空、異変あり。」
復隊した一真がいち早く声をあげる。双子が望む先、雷雲とは明らかに
異質な青黒い霧状のひと固まりが移動している。
「何だ。」
訝しむ隊士達とは別に、バルザックが悪兵衛と灰音を呼ぶ。
「悪兵衛、あの空の塊。あれに似ていないか。」
「あれ、とは……。あ、あれか。確かに同じ物に見える。」
灰音が二人の言葉を注意深く聞いている。
「灰音殿。以前報告しました、大居藩地里江村の超大型狗族襲来事件。
その際の」
「大量の編切りが出現した件ですか。」
「そうだ。だが規模があの時の倍以上いるような。」
「桃が「星巡」では、もっと近づかないとわからないと。」
「接近して確認しましょう。」
灰音の言葉に二人は頷く。
行軍する隊より後方、掛井川を輜重船が下っている。装備品を載積し、
美浪と十字朗が雷光を警戒しつつ予め用意した金属の束帯付きの矢羽を
本隊の外縁に投射する。雷光の射撃者を欺く為であった。
超遠距離攻撃のないまま、沿岸を望む崖上まで不知火は進んだ。
眼下には風雨に荒れる松乃浦が広がっている。
環太積中隊が使用した揚陸艇二隻は破壊されていた。爬人、和邇を擁する
狗族の仕業と思われる。
視線の先、海上の強襲揚陸艦「あがの」上で戦闘が始まっている。
上空に広がっていた青黒い霧状の物体は、「編切り」の群れであった。
今やその個体まで目視できる。
群雲のように集まった狗族は「あがの」へと殺到する。
が、漁民や一般兵ならいざ知らず、本閥、環太積の侍達にはそれらが有効な
襲撃とはならなかった。
白刃が振られ、魁音撃の炸裂の度に大量に斬り落とされている。
「編切りか。」
「第四隊の相手になるか。どれだけいても刀の錆びだ。」
阿波野と上条が言葉を交わす。船上の侍達も、蠅を叩き落す程の感覚でしか
ない。雷光の攻撃範囲に入っている筈ではあるが、未だ沈黙している。 灰音が伊庭に報告する。
「超大型出現の兆し? 」
「編切りの数と出現の様式により、予測されます。」
「阿波野中佐。強襲艦の兵力は。」
「第四機動歩兵隊二十五名、あがの乗員十三名、歩兵隊隊長、阿久津景昌少佐が指揮しております。」
「充分な戦力だ。超大型を誘引した所で、か。弥者、何を考えている。」
「あがの」を見下ろし、伊庭は黙り込んだ。
桃乃介が魁音刀を抜き、魁音撃「星巡」を使役する。
瞳孔が白い炎で小さく燃え、上空と船上をつぶさに観察する。
「編切りの魂が空で渦を巻いてる。あの時と同じだ。」
「では、奴ら次は。」
隊士の言葉を聞きながら、灰音は違和感を感じている。
それまでの戦闘とは異質な場当たり的な対応で、攻撃の意図が掴めない。
「バルザック中佐より状況は聞きました。以前の報告にありましたね。」
阿波野が灰音の隣に立つ。
「阿波野先輩は如何思われますか。」
「この後に件の再生型を投入するとしても有用と思えませんね。」
押し黙る二人の参謀の脳裏に同様の言葉が浮かぶ。
「こんな時」
「刑部先生なら。」
強襲揚陸艦あがのの船上での戦闘はすでに収束しつつある。
斬られた大量の編切りの死体は消失し始め、甲板の侍達は納刀している。
「不知火、美浪結宇大尉であります。現在松乃浦に面した南側に待機、
戦況は如何でありますか。」
美浪の宗波が飛んだ。
「環太積、阿久津景昌少佐だ。編切りの襲撃を受けたが撃退。被害は軽微で
ある。甲板が青い血で汚れて酷い有様だ。」
「不知火、伊庭だ。再生型超大型狗族の襲撃が予測されている。引き続き
警戒せよ。」
「承りました。」
宗波を切った直後、船上に異変が起きた。
艦船の裏側から黒い影が甲板上に次々に現れる。橘川兄弟でさえ気づかない程、海面の色と同色に巧妙に偽装された小型艇が接舷している。
黒革に灰色の獣毛の飾り、手に様々な武具を用いた弥者達であった。
ましらの様に跳びあがり迅速に次々と乗り込む。
回転しながら飛び込んだ後、着地と同時に侍が斬られた。仮面の奥で威嚇の声を発しながら手元の小刀をくるくると回す。
大型の鎌を振る者、二刀を閃かせる者、巨大な金棒を振り回す者、武具は様々だが、その統制の取れた早い動きは、あきらかにマカミノミコトの子飼いの部隊であった。
驚愕し、後ずさる侍達の前に十数人程の弥者の部隊が立ちはだかる。
揺動し、戦闘の構えを見せながら、遠吠えの声をあげる。
最後に現れたのは、一際目立つ長身の弥者であった。
ゆっくりと弥者達の中心に立つ男は、背に漆黒の拵えの打ち刀を負っている。
マカミノミコトが侍達を無言で見回した。




