五
新たな篝火が焚かれ、張り直された陣幕の内、悪兵衛と灰音が床几に
腰かけ一連の戦闘の流れを話している。
「あらましは途中、美浪から宗波で受けてはいたのだが。」
悪兵衛の表情は強張り、不安で蒼白になっている。
「章さん、玉杉殿は。姿が見えぬ。」
「初戦の後、暁輝と空路で東京に向かっています。大掛かりな戦闘になると
見て、報告と幕僚陣営の護衛にまわる為です。……何故ご存じない? 」
「僕たちも美浪から聞いたぞ。」
「皆が危ないっていって一人で破双で飛び出したから耳に入らなかったん
だよ。」
バルザックと桃乃介の軽口に悪兵衛は深く息を吐き、ようやく全身から
力が抜けた。
「大丈夫。桔梗殿は負傷もしていませんよ。」
「桃、雷光の着弾を星巡で感知できるかい? 」
「あれは、聞く限り弾速が銃弾や知久手を使った斬撃より早いと思う。」
「護り星が見えても、それを掴むより先に撃たれる。避けられない。」
絶対防御を持つ桃乃介の能力。それも叶わぬちからに、不知火隊士は沈黙した。明らかに人知を超えている。
「あの光。黄金に輝くあの」
悪兵衛は呟きながら戦場の光景を反芻する。
「どうしました? 」
「……スメロキノミコトの光に感じた。何も確証はないが。」
悪兵衛の一言に、灰音の思考が一気に加速する。何百万字という戦闘報告の一文を寸分違わず思い出す。
「予篠学園での弥者潜入事件。悪兵衛殿はスメロキと宗波の如きちからで言葉を交わした、と報告されましたね。」
「うむ。」
「宗波との違いとは。」
悪兵衛は燃え盛る御輪堂でのスメロキとの邂逅を思い返す。
「宗波は頭にそのまま染みてくるような感覚で、あれは、琿青を通して振動が声に変わったような。」
「振動。琿青は貴方の士魂ではなく外的な力で震えたという事ですか? 」
「そうだ。」
「先ほど、同様の振動を琿青から感じましたか? 」
「……感じたように思える。」
灰音は立ち上がり、沈思黙考の後、口を開いた。
「初戦、雷光は玄真殿と御頭を標的としました。戦闘に多大な影響を及ぼす
者を狙い撃ちしたと思っていました。」
「が、次に環太積の輜重船が狙撃されました。その理由がわからなかったのです。」
「我等の装備品だ。丸腰にする腹積もりであったのでは。」
上条が訝しんで声をあげる。
「いや、撃ち手が灰音中佐の考察通りの者であれば、狙うのは作戦を立案している俺か、指揮するお前なはずだ。」
阿波野の言葉に皆押し黙る。
「輜重船が撃ち抜かれた直後、魁音装備の異音を聞きました。異常な振動に
鬼門甲が反応し、燃えました。先程の私が標的時、同様の現象が起きています。魁音刀に外的な振動を感じたのです。」
「章雪、どういう事だ。」
伊庭に灰音は向き直った。
「撃ち手は士魂の如き破常力を伝播させ、装備品の金属を感知していると思われます。」
「またその探知に応えた金属により、士魂が及ぼす範囲を大きく持つ者を捜索するちからを持っています。多数の侍に影響を与える玄真殿、言魂により我らに指令を与える御頭、私、です。」
「輜重船の装備品は。」
「恐らくですが、反応した金属……鬼門甲なり魁音刀の数で、侍が密集して
いると誤認したのではないでしょうか。」
「十字朗、狗族の獲物は。」
「竹槍、吹き矢、弓、大槌、でした。」
「槌は金属か。」
「いえ、荒い木槌でした。」
「間違いなさそうだな。」
伊庭がにやりと笑った。
「魁音刀や甲を装備した我々を感知する為、という事か。」
十字朗が自らの魁音刀、水鏡の柄に手を置く。
「確かめましょう。弓手で月追を使役可能な者はいますか? 」
阿波野の言葉に一真が一歩前に進み出た。一圓はあらぬ方を向いている。
*
陣幕の後方、外套に身を包んだ橘川兄弟が、大弓を手にして足踏と呼ばれる
姿勢で並ぶ。位置を決めた後、夫々が踵の金具の引き金を引いた。
破裂音と共に杭が地面に突き刺さる。
「このぬかるみで固定できるのかい?」
バルザックが訊く。二人の背後に士道と共についている。
「火杭留めは、固定だけじゃなくて反魂を地面に流すんだ。」
一真が答えながら、もう一方の脚も固定する。
二人が手にした矢羽には雷紋帯と呼ばれる鬼門甲の表面を走る、芯鉄いりの
束帯が結わえ付けられている。雷光の一撃によって損傷した環太積の甲の部分であった。
「しかし重いな。一真、かなり飛ばさないと当たらんぞ。」
一圓の言葉に頷く。灰音が前に立った。
「いいですか。貫通や爆殺してはいけません。あくまでも命中後、体中に矢羽を留まらせる状態を目指してください。」
「承った。」
二人の言葉に不安や迷いは無い。
「バルザック、士道。射撃前に触れるなよ。腕がいくか、全身吹き飛ぶぞ。撃った直後に頼む。」
一圓の言葉に巨漢二人は頷いた。補翼と呼ばれる弓手の補助を行う。
泥濘に固定具が役に立たない今、人力で抑えなければ月追射撃後の二名は
反魂による衝撃の揺り返しで吹き飛ばされ、負傷する危険性があった。
「撃ち型用意。」
灰音の静かな号令に二人は打ち起こしから力強く弦を引いた。
白く煙る雨の幕の向こう、二つの光の炸裂と共につんざくような射撃音が
響く。上空に緩やかな弧を描いて飛んだ光源は、加速をつけて北に流れていった。
「月追、和邇二体に命中。」
美浪が遠眼鏡で確認後、宗波を流す。
士魂を失い自力で歩行も出来ない程消耗した橘川兄弟を、バルザックが抱え
て陣幕に戻る。士道は胸を押さえ、顔を顰めている。
「人間の形をした岩石をぶつけられた様だ。」
「すごい衝撃だったね。」
補翼の役目を果たした二人は苦笑いを浮かべた。橘川兄弟は口も聞けない。
「標的の体中、袖摺節まで通貫。攻撃を警戒して徘徊している。」
月追の射撃は、見事に矢羽の三分の二まで突き刺さった。
陣幕内は接近し観察している美浪の報告を固唾を飲んで聞き入る。
雷光を避けるため、武装をしていない美浪が襲撃された場合、直ぐに飛び出す勢いであった。
「来い。撃ってみろ。」
悪兵衛が雨の帳の先、うっすらと見える巨大な生物二体を見つめる。
硬い表皮に巨大な体躯の和邇の命に別状はなく、依然として射撃手を探して咆哮する。爬人がとり付いて矢を抜こうとしているが、届かない。
侍達は皆、前方に意識を集中させる。
雨が、無音に感じられる時が過ぎる。
秒がその倍にも長い。
「撃て」
悪兵衛が食い入るように見つめ、呟く。
「だめか。」
十字朗が奥歯を食いしばる。
直後、眩ゆい黄金の光が、並んだ和邇を同時に撃った。




