二
幡殖宿の中央近く、小高い台地に海神を祀る神社があった。
東の丘陵と南の雑木林を見渡す位置に弥者達が陣を開いている。
マカミノミコトとその子飼いの部隊、タケオビトである。
部隊の参謀であるクロマシラノカミは斥候より、逃走したかに見えたビャッコの部隊に海上より応援のワリビト達が現れたという報告を受けた。
複雑な紋様の仮面下から伸びた顎鬚を扱きつつ、マカミに向き直る。
「故に能にして之に不能を示し、用にして之に不要を示す。侍達は馬脚を
現しましたな。」
その言にマカミノミコトは頷いた。
「スメラノホコはどうか。」
「いましばらく。」
マカミは腰に差した魁音刀を鞘ごと抜き、組み紐を解いて背に負う。
漆黒の拵えの見事な打ち刀であった。
そうして、クロマシラに目で頷く。
「二つメに入るぞ。」
クロマシラの声に、背後に控え跪いていたタケオビトが一斉に立ち上がる。
革鎧と武具の音が響いた。
「血が、燃えまする。」
クロマシラのうきうきした声にマカミは笑う。
*
不知火陣幕内、着衣と装備を整えた上条と阿波野が伊庭に向き合っている。
「では、敢えて敵を引き留めるために小隊で行動していた不知火に我々が
合流してしまったと。」
上条が額に筋を浮かばせて激怒をおさえ、震える声でいった。
「今次の作戦は霧島参謀預かりです。誓野隊長の意向でしょうか。」
阿波野が低い声で言った。
「事前に誓野中将に通してある。霧島大佐の所で食い違いが出たな。」
伊庭は干し飯を湯で戻した粥を啜った。
「ま、やっちまったもんは仕方ねえ。」
「弥者は我等の状況を見て動くと思われます。」
環太積の士官の沈黙を切る様に灰音が言った。
「どちらに来る?」
「与しやすしと見て、全軍で玄嶽を叩くか、数が拮抗しているのがわかった
わが隊に接近し、単体での果し合いを申し込んでくるか、です。」
「阿波野中佐、如何でしょう。」
灰音の問いに思案していた阿波野も口を開く。
「マカミの子飼いの部隊と聞く。不知火と同等の戦力を持っているのであれば、全面的にぶつかり、疲弊するのを良しとするまい。まず、狗族か。」
阿波野の最後の言葉と共に、上条が飛来した矢を素手で掴んだ。
矢じりには研がれた石が結わえられ、中空の構造に黒緑色の液体が溜まっている。毒矢であった。
「中将、奥へ。」
上条が魁音刀を抜くのと、数多の流星の様に矢が落下するのが同時であった。
陣幕から飛び出ると、掛井川より、無数の人陰が現れるのが目に入る。
頭部は爬虫類のそれだが、二足歩行し人類と同様に武器も使う爬人と呼ばれる狗族の尖兵であった。上条は大きく手を振り、控えていた環太積機動部隊
二十名を配置する。抜刀の声と共に一斉に刀を抜いた。
炸薬音が平野に響く。
「やはり、阿波野の見通しが正しかったな。」
「この状況を招いたのは我々なんだ。喜んでくれるな、上条。」
川上から不知火隊士が二名、群れる爬人を物ともせず進む。
白刃が光るたびに狗族の身体が切断され、断末魔の叫びをあげる。
先行する者を取り囲むように六尺ばかりの竹の長槍を持った爬人が取り囲む。
上条は部隊を率いて破双で飛び出した。
不知火、環太積、狗族の戦の叫びを切り裂く様に独特な金属音が吠えた。
不知火隊士の魁音撃が炸裂した。上条は立ち止まり、目を細める。
「あれは。」
「恐らく央人の安曇十字朗だろう。魁音撃、一文字だ。」
「切れるな。」
「播磨少佐と共に龍虎と言われている。」
阿波野の声を聞きながら機動部隊を前進させる。
安曇十字朗を取り囲んだ爬人の長槍は一文字の一閃でみな手元から切り落とされた。
「短槍より短いではないか。」
十字朗が朗らかに笑いながら魁音刀に月旦抜きを打ち込む。
白刃より立ち上がる煙に爬人達は明らかに恐怖の感情を浮かべて後退する。
成人男性の三分の二程の体格で、表面は瑠璃色にぬめるように輝く鱗に
覆われた爬人は、狗族の中でも知能が高く、組織的な戦闘を行い、武具を使用する。一般的な日の本の兵士には脅威ではあったが、本閥の侍の相手ではなかった。
狼狽する爬人の群れに環太積隊士がなだれ込み、掛井川に突き落とすように切り結ぶ。激烈な勢いの隊士達の攻めを目の当たりにしながら、十字朗は隣の畦倉士道に声をかける。
「どうだ、国造は。」
「ううむ、なんとも取り回しが悪いな。」
士道はしかめ面で打ち刀を振った。
「雷光」を奇跡的に防いだ士道の魁音刀「馳駆紫」は修復不可能な損傷を受けた。予備装備の国造を腰に差し、爬人を斬ったものの、まだ馴染んではいない。
不知火正式支給の魁音刀、馳駆紫は正しくは第四世代個人兵装魁音軍刀甲型と呼ばれる。国造は第三世代の魁音刀にあたり、隊で使用している者は現在織田刑部しかいない。
二人が話している間に爬人は掛井川沿いに潰走を始める。
「不知火、美浪結宇大尉であります。陣より北側、掛井川の分流より狗族
出現、爬人、和邇がおよそ百。」
「安曇だ。環太積と合流し向かう。」
宗波に答えると、納刀する上条の元に十字朗は歩を進めた。




