鉾と龍
序
低く厚い雲が地上を覆い、遠雷が響いている。冷たい雨が降り続く。
伊庭辰之進率いる不知火本隊が幡殖宿に入った直後、多数の弥者と狗族が侵攻を開始した。
同時に進軍していた玄嶽中隊、不知火の輸送にあたった環太積の兵員輸送船、乗組員の小隊も加わる激しい戦闘が勃発する。
電撃のような強襲を行ったのはマカミノミコト率いる軍団であった。
兵卒と共に宿場町内での混乱した状況で無類の強さを見せる。
人類の退路を断つべく環太積の輸送船「いずみ」も破壊され、沈む。
八十田甚右衛門少佐が指揮する玄嶽第二中隊は乱戦に長けた部隊ではあったが、弥者の攻勢にその半ばを失う。
不知火隊士による局地的な斬り合いでの勝利も、全体の趨勢を変えることはなかった。
不知火、玄嶽両隊は宿場町の外縁まで後退し、一旦体勢の建て直しを図る。本閥の侍は両軍合わせて二百名弱、敵は弥者五十名程、狗族が爬人、和邇と呼ばれる爬虫類型の亜人の種族が混合で約一千頭と見られている。
敵本隊の位置が宿場町中央付近に集結している事を斥候と隠密により突き止め、不知火を先頭とした鋒矢の陣での突入が決まる。
生駒玄真少佐の不知火太鼓が轟き、本閥全体に影響を及ぼす防御力強化の音色に狗族は震撼した。が、侍達の怒号をつんざき、眩い閃きと共に一条の稲光が本隊を撃った。
飽和破常力による、超遠距離射撃であった。
本閥隊士による射撃を大きく凌駕する距離と威力に、玄真共々撃ち抜かれた玄嶽隊士が倒れ、死傷者が出た。
右肩を撃ち抜かれた玄真は戦闘への参加は叶わず、生命に別条はないもののすぐに後方へと搬出されたのであった。
弥者による超遠距離射撃の性質、間隔、弱点等まったく掴めぬままであり、その殺傷力は絶大、一旦全隊は侵攻を止めて戦略の変更を余儀なくされる。
玄嶽隊士による防御を前面に押し出し、敵攻撃の調査と共に進軍を決めた時、新たな稲光が隊を襲う。
その標的は不知火隊長、伊庭辰之進であった。
畦倉士道大尉が半ば予知に近い魁音撃、明星でその攻撃の軌道を変える事に成功したが、魁音刀は全損、士道は士魂の過剰消失による昏睡に陥る。
不知火は玄嶽と一旦離散、単独で宿場町を脱出したのであった。
正体不明の狙撃攻撃は「雷光」と名付けられた。
幡殖宿より東に二里、丘陵の段々畑を盾にするように不知火は陣取る。
麓を流れる掛井川の手前、無論「雷光」の脅威に対してであった。
玄嶽中隊は宿場の南方一里の位置、雑木林の中に駐留との報告を受ける。
伊庭辰之進の永い戦場での経験でも、これ程の長距離攻撃を警戒したのは初の事であった。
鉾と龍
一
「ここ迄は章雪の目論見通りか。」
不知火の炎の紀章が美しい兜を脇にかかえ、伊庭が竹筒の水を飲み干した。
「はい。しかしあの長距離射撃攻撃は予測できませんでした。」
「あれを前もって知る事が出来るのは刑部くらいなもんよ。」
苦笑する伊庭の傍には灰音を含め、不知火隊士六名が付き従う。
畦倉士道も意識を取り戻した。
「御頭。悪兵衛、バルザック、桃乃介が合流予定、あと一里の距離です。」美浪の報告に伊庭は頷く。
暗く重い雲に日の光は遮られ、陣幕を雨音が叩く。
丘陵の北方には黒々とした松乃浦が見える。
その沖に橘川一真が船舶を発見した。
「環太積、強襲艦と思われます。揚陸艇が二隻接岸。」
上陸した環太積の中隊は海岸から平野を横切り、一直線に街道を向かってくる。
「やつら、狙い撃ちにされるのでは。」
十字朗が歯噛みをしつつ漏らす。
「状況は伝えたのだが、部隊の長が強硬に突破すると。」
「環太積の奴ら、武装していない。」
一圓の報告に、灰音が遠眼鏡で確認する。
「確かに鬼門甲も足回りも装甲は無し、魁音刀すら装備していません。」
「ほう。機動部隊とは聞いていたが、丸腰で救援に来たのか。」
伊庭は笑いだした。
破双を用い、高速で移動する上陸兵達とは別に、灰音は遠眼鏡で見渡す。
「掛井川を輜重船が昇ってきています。随獣が曳航している高速船です。恐らく、装備品はそこにまとめ、隊の移動速度を保っているようですね。」
「思い切った事をするな。」
「遭遇戦になったらどうするつもりなのでしょう。」
十字朗の問いに伊庭は微笑んだ。
「策を立てた者は、隊を率いる者が無手でも戦えると踏んだのであろう。」
程なくして上陸隊の侍達の表情が見える程に接近する。
同時に平原の天地の間を切り分けるような「雷光」が輝いた。
一条の黄金色の線が掛井川を遡上しつつある輜重船の荷ごと、穿つ。
着弾よりやや遅れて爆音が響きわたる。
「雷光、着弾。輜重船を直撃しました。」
貫通した装備品より、士魂を感知して振動する異音が響き、やがて激しい
炎を噴き上げる。異常な反応であった。
長距離射撃を物ともせず、環太積の侍達は泥濘の中を匍匐で進む。
丘陵の陰になる位置まで進行し、二十二名が不知火と合流した。
「環太積、第一機動歩兵隊、上条源之助中佐であります。」
「同じく阿波野敬次郎中佐であります。」
隊の指揮をとる二名が伊庭に敬礼する。泥に全身塗れた二人はその容貌すら
わからない。
伊庭は二人と、その背後に控える環太積の侍達に答礼した。
「直接の作戦指令は誰か。」
「霧島歌右衛門大佐であります。」
上條の応えに伊庭は苦笑する。
「掛井川で泥を落として来るがよい。それでは誰かも判別できぬ。」
伊庭の言葉に両名は敬礼を返した。
陣幕の内、篝火が焚かれている。
ずぶ濡れの環太積隊士達が無事であった装備品を確認し、衣を替えて身に付けている。
およそ四割程の物が完膚無きまでに破壊されていた。
「灰音中佐。」
振りむいた灰音は阿波野の声に姿勢を正し、敬礼で返す。
「思い切った侵攻だとは思いましたが、やはり阿波野先輩でしたか。」
灰音は微笑みを浮かべる。阿波野が眼鏡を直した。
「伊庭中将の護衛の人数に驚きました。不知火隊士のみで十名に満たぬとは。護衛の玄嶽は皆討たれたと? 」
「いえ、敵主力がマカミノミコト率いる軍とわかり、想察いたしました。元々の作戦でもあったのですが。」
「どういう事か。」
「彼の者達は寡戦に慣れています。我々の立場に立った状況の時の逆転法を持っている筈。なればこそそれを恐れて攻め手を欠くと考えました。」
灰音の応えに阿波野は黙した。苦み走った表情を浮かべる。
「敢えて、か。」
「はい。」
阿波野は舌打ちを漏らした。能面を貼り付けたような表情が多い男では
あったが、旧知の灰音の前では本音を思わずさらけ出してしまう。
「霧島参謀は何と? 」
「弱った不知火の窮状をわが軍が救う、と。」
「左様ですか。」
灰音は笑いながら湯気のあげる湯呑を阿波野に差し出した。
「かたじけない。……章雪の目論見を台無しにしてしまったようだ。」
「構いませぬよ、先輩。」




