十三
「バルザックに聞いたのだが、似鳥は朧丸の武術の師匠なのか。」
漁師小屋を引き払い、旅の武芸者姿の悪兵衛が傍らの霧丸に問う。
霧丸も菅傘に陣羽織の姿になっている。
「そうだ。」
「では、俺も武術の手ほどきが受けられるか。やられたのが口惜しい。」
霧丸は弟と同年の侍の横顔をすこし眺めた。
「頼めば、可能であろう。」
「そうか。やはり女性だけの丹組といえど、隠密の武術が。」
拳を握り、朧丸の動きを反芻しているらしい悪兵衛の顔を、霧丸はもう一度見た。
「少佐は思い違いをしているようだ。」
「丹組は、男女混成の部隊である。」
「此度の任務も、だ。」
悪兵衛は霧丸の言葉を訝しむ。
「紗世は男性だ。気付かれなかったようだが。」
悪兵衛は霧丸の言葉に呆然とし、立ち止まってしまう。
「あたし知ってた。一緒にお風呂入ったもん。」
「ま、どっちでも構わないさあ。」
バルザックと桃乃介の気楽な言葉も、悪兵衛の耳に入らない。
霧丸が初めて、笑顔を見せた。
*
「悪兵衛、聞こえるか。」
街道筋を北上する悪兵衛の脳内に、途切れ途切れの宗波が伝わった。
「美浪か。聞こえるぞ。」
「須鶯宿での任務は。」
「完了した。仁悟朗が負傷、現在三名で幡殖宿に向かっている。」
「承った。俺は宗波の届く限界の距離まで南下してきている。そちらからの距離は約四里だ。」
「幡殖はどうなっている。」
「合流し、詳しく話す。」
「大規模な戦闘が起こったのではと陰足に聞いたぞ。」
バルザックが問い返す。
「そうだ。玄嶽、環太積ともに多数の被害が出た。」
「不知火は。」
「潰走している。故に直接宿場町ではなく、途中地点で合流を目指している。
おれは急ぎ宗波を送る為に単独で迎えにきた。」
悪兵衛達は美浪の報告に愕然としている。
「美浪、不知火の死傷者は。」
「玄真殿が……さらに……」
山間に入ったせいなのか、宗波が途切れ言葉が伝わらない。やがて完全に沈黙した。
三名は立ち止まり、顔を見合わせた。
「潰走だと? 」
「不知火が負けたの? 」
両名が不安に耐えられず言葉を発した。
悪兵衛は強く噛みしめ、拳を握る。
雪の残る木立の先、白い息の先に街道が続く。
戦場が待っている。
奔流 了




