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不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
166/210

十二


「仁悟。」

刃を胸に突き立てた朋友の姿を、信じられない物を見るように悪兵衛が呟いた。湾曲した銀剣は、自らの意思があるかの様に徐々に埋まっていく。

仁悟朗は素手でその刃を握り、歯を食いしばった。

スバルノミコトは、白く小さな手首を残して消失したミクリノヒメと、倒れ動かないベイノノナを交互にみやり、目をつぶった。

ゆっくりと目を見開くと、仁悟朗の胸の剣が振動し、体内で心臓にまで刃が達する。

「ななつ星。闇を見たな。死の闇を。」

仁悟朗が絶叫した。

「俺は生を見た。燃え尽きぬ明日の炎を。」

仁悟朗は振り向いて悪兵衛の瞳を見つめた。いつもの頼もしい笑顔だった。

「われら、勝てり。人間、勝てり。」

仁悟朗の言葉と共に刃が心臓を二つに断ち切る。仁悟朗はゆっくりと斃れ、大階段を落下した。

「仁悟朗」

悪兵衛が仁悟朗の身体を追う。

段上から見下ろすスバルを中心に刃が回転している。

その手元に仁悟朗を惨殺した剣が舞い戻る。


上階から現れたウネビノヒコは一瞥して現状を理解した。

「播磨、悪兵衛。」

悪兵衛を確認し、表情が変わる。

階段を駆け下りてスバルの後方に膝を着く。

「ミコト、烈火のワリビトとは剣を交えてはなりませぬ。」

「アシタ様よりの言伝です。」

無表情のスバルの周囲には旋風が巻き起こり、激怒と殺意の瘴気が渦巻いている。

「ミコト、どうか。」

ウネビに続き現れたミョウケンもスバルに叫ぶ。

「わたしが、仇をとります。」

目に涙を溜め、全身を瘧のように震わせながらアキラノヒコが言った。

スバルはその紅顔を見下ろす。

ふと、風が止んだ。

踵を返すスバル達の最後尾、ミョウケンノヒメが階段の足場に向かって弓を引く。炸裂音と共に矢が分裂し、踊り場とそれに続く段にふり注ぎ、粉々に破砕した。


母屋に入ったバルザックは、こと切れた仁悟朗と、その身体を抱く悪兵衛の姿を目撃し、全身が硬直した。

「仁悟、だめだ。」

悪兵衛が絶叫した。仁悟朗は答えない。

(貴様が斃れても尊級であれば俺は見捨てて討つぞ。)

仁悟朗の言葉を反芻する。悪兵衛は強くその身体を抱いて呻く。

「貴様、偽ったな」

バルザックが両ひざを着き、項垂れる。

「仁悟朗。」


バルザックの背後より、母屋に入った霧丸は、辺りを警戒しながら仁悟朗の

傍らにしゃがみこむ。胸の創傷は深く、一瞥して心の臓まで達している事が

わかった。

「葛之介。」

霧丸の言葉に反応し、蝦蟇のような百組の忍びが歩み寄る。

仁悟朗の胸に、吐瀉物を吐きかけた。

「何を。」

突然の出来事に、悪兵衛が叫び声をあげる。

「胸を、おさえろ」

しわがれた声で葛之介が呟く。

霧丸がバルザックに向き直る。

「本閥には士魂を体中に送り込み、直接打撃を与える技があるな。」

「本中《ほんあて》か。」

「深町大尉の心臓に施術しろ。早く行わねば蘇生できぬ。」

バルザックは立ち上がり、仁悟朗の胸元に両手を乗せた。悪兵衛が震えながら見つめる。

「任せろ。仁悟を生き返すのは二度目だ。」


桃乃介が母屋に入ったのは、仁悟朗の胸中にバルザックが何度目かの本中を施した時であった。

「がはっ。」

仁悟朗がせき込むように息を吹き返した。

かけよった桃乃介はのぞき込む。

「何があったの? 」

「仁悟朗が少しの間、死んでいたんだ。」

汗まみれのバルザックが笑顔を浮かべた。

悪兵衛はいまだ、仁悟朗を抱きかかえて真言を呟き祈っている。


*


荷馬車に横たわった仁悟朗の傍らに井上源三郎が着いている。

昏睡におちいった仁悟朗の命に別状はなかったが、急ぎ青洲術による医療が

必要であった。


朝焼けの宿場町の外れ、悪兵衛は荷馬車が消えるまで見送った。

傍らに立つ霧丸に向き直る。

「霧丸。」

「世話になった。かたじけない。」

深く頭を下げる。霧丸は一瞥してまた視線を街道の先に戻した。

「これも任務だ。」

「不知火の医療班が出張ってきている。すでに一つ先の宿場町に到着したと

報告を受けた。深町大尉はすぐに治療を受けられるだろう。」

朗報に悪兵衛は安堵した。が、すぐに聞き返す。

「医療班が屯所を離れて? 何故だ。」

「恐らくだが、幡殖《はたぶえ》宿で大規模な戦闘が起き、死傷者が出ている。」

悪兵衛は不知火の同胞を思い、不吉な予感が胸を押す。

「御頭がいる。伊庭様が。」

バルザックが告げながら現れた。桃乃介も付き従っている。

「そうだな。御頭がいる。」

悪兵衛は不安を吹き払うように呟いた。


「丹組の皆は? 」

桃乃介が霧丸に問う。

「一座の女達を避難させ、丹組の者はすでに海上を移動している。」

霧丸の言葉に桃乃介は笑顔を見せ、胸をなでおろした。


海面が輝きはじめ、家々が朝日に浮かび上がって見える。

似鳥、船蜜、紗世は百組の者達と船上にあった。

「そういえば、地頭のやつ。弥者に燃やされて炭になっていたって。」

船蜜がいたずらな笑顔で言った。

「じゃあ、あの女弥者が。」

「たぶんね。」

似鳥がおおきく舌打ちをした。

「あの変態親父、お役目が終わったら私が殺そうと思っていたのに。」

「姉さん、怖い。」

船蜜の言葉に笑う紗世の髪が、海風にそよぐ。

離れ行く宿場町を見つめながら、悪兵衛の黒い瞳を思い出している。


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