十二
「仁悟。」
刃を胸に突き立てた朋友の姿を、信じられない物を見るように悪兵衛が呟いた。湾曲した銀剣は、自らの意思があるかの様に徐々に埋まっていく。
仁悟朗は素手でその刃を握り、歯を食いしばった。
スバルノミコトは、白く小さな手首を残して消失したミクリノヒメと、倒れ動かないベイノノナを交互にみやり、目をつぶった。
ゆっくりと目を見開くと、仁悟朗の胸の剣が振動し、体内で心臓にまで刃が達する。
「ななつ星。闇を見たな。死の闇を。」
仁悟朗が絶叫した。
「俺は生を見た。燃え尽きぬ明日の炎を。」
仁悟朗は振り向いて悪兵衛の瞳を見つめた。いつもの頼もしい笑顔だった。
「われら、勝てり。人間、勝てり。」
仁悟朗の言葉と共に刃が心臓を二つに断ち切る。仁悟朗はゆっくりと斃れ、大階段を落下した。
「仁悟朗」
悪兵衛が仁悟朗の身体を追う。
段上から見下ろすスバルを中心に刃が回転している。
その手元に仁悟朗を惨殺した剣が舞い戻る。
上階から現れたウネビノヒコは一瞥して現状を理解した。
「播磨、悪兵衛。」
悪兵衛を確認し、表情が変わる。
階段を駆け下りてスバルの後方に膝を着く。
「ミコト、烈火のワリビトとは剣を交えてはなりませぬ。」
「アシタ様よりの言伝です。」
無表情のスバルの周囲には旋風が巻き起こり、激怒と殺意の瘴気が渦巻いている。
「ミコト、どうか。」
ウネビに続き現れたミョウケンもスバルに叫ぶ。
「わたしが、仇をとります。」
目に涙を溜め、全身を瘧のように震わせながらアキラノヒコが言った。
スバルはその紅顔を見下ろす。
ふと、風が止んだ。
踵を返すスバル達の最後尾、ミョウケンノヒメが階段の足場に向かって弓を引く。炸裂音と共に矢が分裂し、踊り場とそれに続く段にふり注ぎ、粉々に破砕した。
母屋に入ったバルザックは、こと切れた仁悟朗と、その身体を抱く悪兵衛の姿を目撃し、全身が硬直した。
「仁悟、だめだ。」
悪兵衛が絶叫した。仁悟朗は答えない。
(貴様が斃れても尊級であれば俺は見捨てて討つぞ。)
仁悟朗の言葉を反芻する。悪兵衛は強くその身体を抱いて呻く。
「貴様、偽ったな」
バルザックが両ひざを着き、項垂れる。
「仁悟朗。」
バルザックの背後より、母屋に入った霧丸は、辺りを警戒しながら仁悟朗の
傍らにしゃがみこむ。胸の創傷は深く、一瞥して心の臓まで達している事が
わかった。
「葛之介。」
霧丸の言葉に反応し、蝦蟇のような百組の忍びが歩み寄る。
仁悟朗の胸に、吐瀉物を吐きかけた。
「何を。」
突然の出来事に、悪兵衛が叫び声をあげる。
「胸を、おさえろ」
しわがれた声で葛之介が呟く。
霧丸がバルザックに向き直る。
「本閥には士魂を体中に送り込み、直接打撃を与える技があるな。」
「本中か。」
「深町大尉の心臓に施術しろ。早く行わねば蘇生できぬ。」
バルザックは立ち上がり、仁悟朗の胸元に両手を乗せた。悪兵衛が震えながら見つめる。
「任せろ。仁悟を生き返すのは二度目だ。」
桃乃介が母屋に入ったのは、仁悟朗の胸中にバルザックが何度目かの本中を施した時であった。
「がはっ。」
仁悟朗がせき込むように息を吹き返した。
かけよった桃乃介はのぞき込む。
「何があったの? 」
「仁悟朗が少しの間、死んでいたんだ。」
汗まみれのバルザックが笑顔を浮かべた。
悪兵衛はいまだ、仁悟朗を抱きかかえて真言を呟き祈っている。
*
荷馬車に横たわった仁悟朗の傍らに井上源三郎が着いている。
昏睡におちいった仁悟朗の命に別状はなかったが、急ぎ青洲術による医療が
必要であった。
朝焼けの宿場町の外れ、悪兵衛は荷馬車が消えるまで見送った。
傍らに立つ霧丸に向き直る。
「霧丸。」
「世話になった。かたじけない。」
深く頭を下げる。霧丸は一瞥してまた視線を街道の先に戻した。
「これも任務だ。」
「不知火の医療班が出張ってきている。すでに一つ先の宿場町に到着したと
報告を受けた。深町大尉はすぐに治療を受けられるだろう。」
朗報に悪兵衛は安堵した。が、すぐに聞き返す。
「医療班が屯所を離れて? 何故だ。」
「恐らくだが、幡殖宿で大規模な戦闘が起き、死傷者が出ている。」
悪兵衛は不知火の同胞を思い、不吉な予感が胸を押す。
「御頭がいる。伊庭様が。」
バルザックが告げながら現れた。桃乃介も付き従っている。
「そうだな。御頭がいる。」
悪兵衛は不安を吹き払うように呟いた。
「丹組の皆は? 」
桃乃介が霧丸に問う。
「一座の女達を避難させ、丹組の者はすでに海上を移動している。」
霧丸の言葉に桃乃介は笑顔を見せ、胸をなでおろした。
海面が輝きはじめ、家々が朝日に浮かび上がって見える。
似鳥、船蜜、紗世は百組の者達と船上にあった。
「そういえば、地頭のやつ。弥者に燃やされて炭になっていたって。」
船蜜がいたずらな笑顔で言った。
「じゃあ、あの女弥者が。」
「たぶんね。」
似鳥がおおきく舌打ちをした。
「あの変態親父、お役目が終わったら私が殺そうと思っていたのに。」
「姉さん、怖い。」
船蜜の言葉に笑う紗世の髪が、海風にそよぐ。
離れ行く宿場町を見つめながら、悪兵衛の黒い瞳を思い出している。




