十一
ミクリノヒメの飽和破常力、消火不能の業火が土蔵の中で燃え上がっている。
地面に伏せた女達の中心、風船のように腹部が大きく膨らんだ男の口より、
橙の炎が噴き上がる。人間の有に三倍はあろうかと見まごうその腹部は、炎の噴射と共に徐々に収縮し、やがて小柄な中年の男の姿まで戻る。
げふり、とげっぷと共に最後の炎が吹き出た。
「惣吉楼、やったね。」
明るい声で船蜜が男に抱き着く。大きな乳房が頭に乗って弾んでいる。
男は顔を赤らめて、きしし、と笑った。
男は土蔵内に充満した可燃性の気体を、すべて吸い取り、体中に溜めてから
内部で燃焼したように見せかけた。
女達の悲鳴は船蜜が皆をけしかけ、わざと上げさせていた。
「これが百組の者か。すごいな。」
桃乃介が立ち上がった。髪の先が焦げている。」
「連れて来ておいて助かりました。」
似鳥は小柄な惣吉楼に女芸人の格好をさせ、予め潜入させていた。
爆発音と共に、桃乃介は蹴破で土蔵の鉄扉を吹き飛ばす。
宵闇の中に、弥者の少年と少女の姿は無かった。
「たぶん、悪兵衛達は母屋に弥者を斬りに入ってる。あたしもいくね。」
桃乃介の周りに丹組の女達が集まる。
「首代より、逃走の経路と避難する為の弁財船の指示を受けております。」
「間宮様、くれぐれもお気をつけて。」
「桃ちゃん、私達と一緒に逃げよう。」
紗世の思いつめた言葉に桃乃介は微笑んだ。
「こどもまで戦争に使う弥者は許せん。斬って来る。」
かわるがわる三人の手を握り、桃乃介は飛び出した。
*
「宣戦布告。」
激烈な言霊が宿場町全体に響きまわった。
「吶喊白兵衆参、不知火。」
「播磨悪兵衛少佐である。」
「同じく、深町仁悟朗大尉。」
時を同じくして屋敷の正門前、バルザックが怒号をあげる。
「ルートヴィヒ・フォン・バルザック中佐である。」
「人心を乱す為、権力を持って港湾労働者と武芸者の溝に付け込み、その誘導に殺人を犯すこと、許しがたい。天下国家の剣が誅する。」
懐から宣戦書を広げた悪兵衛は朗々と叫ぶ。
「来る統合観閲式に於いて、その破壊工作として宿場町の占拠、悖乱、殺人、すべて戦争行為とみなし、報復する。吶喊する。殲滅する。」
「いざ尋常に」
「勝負。」
「勝負。」
弥者達を怯ませる大音声が発せられた。
仁悟朗の持つ隊旗に白緑の炎が燃え上がり、くっきりと黒く不知火の紋章を
浮き上らせる。
「ヤシャショウライ」
静かな言葉と共にスバルノミコトは懐をわけ、双手を広げる。
鍛え上げられた肉体を拘束するかのような革帯に、行燈の灯をあげて煌めく
短剣が並ぶ。
「ヤツヒロノイクサガミ、スバルノミコト。」
「八百万に背くワリビト、シナツヒコの怒りを受けよ。」
静かな怒りの声と同時に、短剣がすべて空中に飛び上がり、有機的な動きを見せる。
背後に立っていた少年と少女はスバルを庇うように進み出る。
先行し階段を一歩降りた浪人は、懐の革袋より砂を床に落とし続ける。
松明に輝くそれは、鉄粉のように見える。
「鉄造を手にかけた者です。」
井上の言葉に仁悟朗は頷いた。
「霞となりたい者よりかかってこい。」
悪兵衛は琿青を力強く抜く。つんざく金属音と共に、青い火花が高く舞い上がった。
騒然としている正門前、抜き身を担いだままのウネビノヒコが崩れ落ちた
大扉をまたぎ、現れる。
「ウネビ、そやつは銀髪だ。」
「うむ、わかっている。」
土塀の上からミョウケンが声をかけた。弥者の内にも、屈強な戦士である
バルザックは知られ、異名を持っている。
バルザックは長大な太刀を手首で回転させた。風切りの音がその尋常でない
速度を語る。
「コ ヤ ネ ノ ツ ル ギ」
ウネビの呪詛と共に異様な金属音が鳴り響く。
刀を一度振った後、また担いで一歩ずつ接近する。
バルザックはその姿と自らとの距離を注意深く観察している。
土塀の陰から、ざんばら髪の男がましらの様に跳びかかった。手には霧丸と
同様の暗器が握られている。
ウネビノヒコは一顧だにせず歩み続ける。男は顔面の半ば、胸、腹に深い斬撃を受けて、血を吹きながら地に転がった。
全身包帯の男が動こうとするのを霧丸が手で止めた。
「まて、奴の破常力がわからぬ。土門にまかせろ。」
土門と呼ばれた回復と再生能力を持つ忍びは、切り刻まれたのにも関わらず、起き上がった。すでに創傷は完治している。
歩み続けるウネビの背後から音もなく襲い掛かかる。
だが、土門の身体は分断され、頭部、碗部まで完全に斬り放たれる。
ウネビノヒコは何もしていない。つと、背後のばらばらの遺体を見やり、
笑いながらまた、歩み始めた。
バルザックは剣を八双に構える。呼吸、眼差しに乱れはない。
両名の距離はあと五歩。
「何だ、奴の力は。」
霧丸は奥歯を噛む。
「霧丸、皆を遠ざけろ。斬撃の理屈がわからん。」
バルザックの声に霧丸は答え、忍び、回し手共に人の輪がおおきく広がった。
甲高い音と共に、ウネビの持つ刀が折れ、はじけ飛んだ。
回転しながら地に突き立つ。
ウネビは刀を見やる。折れた刀身が溶け始めている。柄を地に放り投げ、
舌打ちをもらした。
「ヤマトビトの剣か。使い物にならぬ。」
間髪を入れず、ミョウケンが射撃した。バルザックはそれを予知していたかのように斬撃を繰り出す。
「擂嵐」
ミョウケンの矢羽は緋色に輝き、空に流れる星のように四つに分かれた。
擂嵐の魁音撃はその四つ全てを破砕し、残り二撃がミョウケンの足元の土塀を斬り崩した。が、弥者の女の姿はすでに無い。
視線を戻すと、ウネビノヒコの姿もまた消えている。
「屋敷にむかったか。」
バルザックあたりを見回した。
捨てられた刀を拾う。熔解した刃を見つつ、迷いなく歩み始めた。
*
琿青を下げた悪兵衛がまっすぐ見上げながら、大階段を一歩上る。
その頭上には、煌めきながら中空で回転する短剣が六本。すでにスバルノミコトの「ハナニチョウ」が発動している。短剣は意思があるかのように切っ先を悪兵衛に向け、殺到した。
「野火」
仁悟朗の怒号と共に衝撃と破壊の暴風が横薙ぎに払われる。昇る悪兵衛の二歩前を魁音撃が掃討した。飛来した銀剣はその爆風に払われるように軌道が
ぶれる。
連続する衝撃の火柱を搔い潜り、浪人者が身体を丸めて突入してくる。
その半身は銀の膜で覆われたように変色し、人型の鉄塊のような姿をしている。悪兵衛はその脇をすり抜けるように破双で飛び出した。
右から左に薙ぎ、「野火」を発動させた仁悟朗は、返す刀を突入してきた者の首筋に叩き入れた。
重い金属音と共に、魁音刀、扇田は男の掌で受け止められる。その手は鈍い鉄色に光り、さらさらと鉄粉が流れ落ちる。
仁悟朗は躊躇なく刀を手放し、左拳を男の脇腹に突き入れた。刀を受け止めた鉄腕が消失し、腹に鉄粉が集結、仁悟朗の拳を防ぐ。またも金属音が
鳴り響く。
移動する鉄甲で、魁音撃を含む仁悟朗の攻撃を全て防いだ男、ベイノノナはうっすらと笑った。
仁悟朗は士魂の昂ぶりと共に気合声を発する。鉄と化した腹部に接触している拳が振動する。表面を覆った装甲の内部で、拳を中心に強烈な回転が生じている。ベイノノナの腹部はその旋回に巻き込まれ粉々に分解すると共に、体外に血液が噴き上がった。
鉄塊が落下し、砂に戻る。弥者の腹部は脇を中心に消失している。それを自ら見、膝を着き、倒れた。
「鉄造のはらわた、返してもらったぞ。」
野火の衝撃の反魂に全身を苛まれながら飛び上がった悪兵衛は無心であった。
頭上に構えた琿青に士魂が充溢する。
視線の先はスバルノミコト一人である。前方に橙の炎が爆発し、悪兵衛の全身を覆った。スバルの前に進み出たミクリノヒメの渾身の攻撃であった。
「旭光」
悪兵衛の裂帛の気合と共に撃ち上がった爆壁を中心に、燃え上がる炎が回転し、その光に浸食されるように消失する。
眼前で炸裂した死の閃光にミクリノヒメの上半身が分解され、吹き飛ぶ。
その先に崩れ落ち斃れるベイノノナの姿を、弥者の将軍は見た。
スバルノミコトの全身から激怒の衝動が噴き上がった。
爆風に翻弄され、旭光で天井まで回転しながら打ち上げられた銀剣と、全く別の挙動でスバルの剣が飛来する。それは旭光を発動した直後の悪兵衛を狙い、一直線に射出された物であった。
閃く凶刃を、飛び出した仁悟朗が受けた。
胸の中心近くに深々と突き刺さっている。




