十
正門内、浪人組の者達は戦々恐々としていた。
門の向こうには回し手の男達の怒号が響き、燃える櫂を振り回しているのが見える。浪人組の背後に、人間の姿のウネビノヒコとミョウケンノヒメが
鼻白んだ表情をうかべて佇む。
「戦士でもないヤマトビトの群れを恐れてこの様か。」
「こやつらもいくさびとではないのだろう。」
侮蔑の言葉を吐き捨て、ミョウケンは正門横の壁の足場に向かう。
土塀の屋根から弓で狙う為であった。
長大な木刀を担いだウネビは、浪人の一人に声を掛ける。
「門を開けよ。恐ろしければ逃げても良い。俺とあいつで、雑魚は皆片付けてやる。」
ウネビの侮った言葉に浪人組の者達が気色ばむ。
その時、軽い爆発音と共に白煙が噴き上がり、正門内を満たした。
濛々とした煙に視界が消失する。
ウネビは自らの手首が何者かに掴まれる。狼狽した浪人かと一瞬考えたが、
その手に鉄の鋲を打ち込まれ、木刀を揮い反撃する。が、白煙の中に手ごたえはなく、掌を見ると貫通した鋲の先には反しがあり、おいそれとは抜く事が出来ない。また鋲の根元には鋼線が結わえてある。
「これは」
ウネビがひとりごちた瞬間、その鋼線が強力な力で引かれ正門まで引き寄せられる。回転する歯車と火花の明りが見えた。
片腕で磔にされるような姿勢で、ウネビは身動きが取れない。
屋根上のミョウケンは、同胞の異変に気付き、弓を構えるが煙幕の中に浪人達が蠢くだけで、その目標は定まらない。
「ミョウケン、曲者が。」
白煙の中でウネビの怒号が響いた。視線を走らせるミョウケンの側方、眼前にいつの間にか影から生まれたような者が立っていた。
黒色の装束に頭巾、鉢金のまびさしの下、鋭い視線のみが見える。
「何者だ。侍ではないな。」
鋭い誰何に答えず、黒装束は腰の小刀を投げ打つ。ミョウケンは人とは思えない速度で弓を構え、いとも簡単にその刃を狙い打った。が、その瞬間に白煙の爆発が起きる。
「目くらましを」
苛立ったミョウケンの足首に鋼線が巻き付いた。一瞬で締まると、それは土壁の下方向に引かれた。正門外に引きずり降ろす意図を感じたミョウケンは、
脇差を抜いて瓦の隙に突き刺し、耐える。
が、足首を引かれたのは一瞬で、その対処に気を取られたミョウケンの背後に黒づくめの男が立っていた。
「月は、名乗らぬ。」
拳に隠した暗器は薄氷のような刃であった。霧丸はミョウケンの頸動脈を正確に切り飛ばす。「痒み」を感じたミョウケンは首筋を抑えると、すぐに熱い血が噴き出す。呆然としたその刹那に、霧丸は逆側の動脈にも刃を
いれ、屋根瓦から飛び降りた。
突如現れ、降り立った男に、回し手達はどよめき、遠巻きにしている。
「忍び」「忍者」と、恐ろし気に口にするが恐らく味方であろう、その者を眺める事しか出来ない。
「おのれ、ヤマトビト。」
ミョウケンの憎悪に満ちた絶叫が響いた
「ここまでだな。」
ウネビは掌の血肉ごと、鋲から抜き取った。
「ヤシャショウライ」
言葉と共に、ウネビの額より一対の角が屹立する。掌から血煙が噴き上げ、鋲によって開いた痕が桃色の肉で埋まっていく。
同時に同じ言葉を呟いたミョウケンの額にも長大な一本角が現れ、燃える様な髪を靡かせて立ち上がる。
首筋の血は止まっている。
「借りるぜ。」
片手を何度か開閉したウネビは、呆然としている浪人者の差し料を抜いた。
煌めいた白刃にようやく我に返るが、それが浪人が最後にみた光景であった。
金属が唸り、爆ぜるような音が響いた。
正門が真一文字に分断され、地に落ちる。
その奥には刀を担いだミョウケンノヒコが立っている。
周囲は刻まれた浪人達の血の海であった。
土煙と白煙が晴れる間、回し手達は固唾を飲み、静寂が満たしていたが、
やがて恐怖の絶叫が巻き起こる。
口々に弥者の出現を叫び、一際大きく声をあげた者が、道を挟んだ向かい側の土塀まで吹き飛んで撃ち付けられた。口中には矢羽が屹立している。
土塀にひびが入り、崩れ落ちる。ミョウケンノヒメの強大な破壊力の一射で
あった。
霧丸は口布を引き下ろし、背後に現れた者に告げる。
「では中佐、後は頼む。専門だろう。」
回し手達の背後から、鬼門甲に鉢金、背に大剣を負った完全武装のバルザックが現れた。連続する金属音が刀から漏れだしている。
人びとからバルザックの名が漏れる。
「陰足は気楽なもんだなあ。」
朱に輝く火花を散らして、抜刀した。
*
井上の先導で裏手から侵入した悪兵衛と仁悟朗は、正門前の騒めきと独特の
金属音を聞いた。
「魁音撃か? 」
「……少し違う。破常力であろう。」
「現れたか。」
頷きあった両名は母屋の表玄関から侵入する。
広間の中央に大階段が続き、踊り場から左右に上り階段が伸びている。
豪奢な造りの邸宅であった。
中空の足場に、行燈と篝火で浮き上がるように照らされた睦螺総軒が立っている。
背後には睦螺に付き従う不気味な浪人と少年と少女の姿があった。すでに、人間の擬態を解いている。
「三度まみえたな。烈火の侍。」
睦螺、いや、スバルノミコトは静かに見下ろしている。




