六
表に三人は飛び出した。
小高い丘にある名主の屋敷からは村が一望できる。
火の海であった。燃え上がる家屋、夜空を染める程の明るさと火勢。
家々の間に点々と村人が横たわっているのも見て取れる。
地獄の様相であった。
悪兵衛は橘川兄弟にみぶりで指示し、無言で静かに歩き始める。
敵侵攻であった場合、武装しなければならない。
いち早く猟師小屋に戻る道を選ぶ。
路に倒れ伏している死体。村の老人達であった。火災により家から飛び出た者、逃げまどった者、消火を行おうとした者。
一様に大量の出血と共に死亡している。
猟師の元締めの老夫婦が重なるように倒れ伏している。
一圓は老婆を抱き起したが胸元を血に染めて絶命していた。
敵の侵攻に拠るものである事は明らかだった。
一真が燃え上がる家屋の前、倒れているしのを発見した。
抱き起し、煤にまみれた頬を拭ってやる。涙の痕が残っている。
事切れていた。
悪兵衛は住居に入る。業火に包まれ内部は崩壊しつつある。
「こたろう!」
倒れた梁に挟まれ、伏せている小さな身体を発見した。
次々に崩れ落ちる屋根材、大黒柱が猛烈な炎に包まれ進入が叶わない。
悪兵衛は歯噛みした。
こたろうの小さな腕は動かず、裾から髪に炎が燃え移っている。
すでに絶命している事は明らかだった。
「悪兵衛」
一圓が悪兵衛の腕を曳いて外に飛び出るのと、家屋が崩壊するのが同時で
あった。三人は立ち尽くしている。
「お前ら、本閥が」
「狗族や弥者を皆殺しにしておけば、こんな事にはならんかった」
半狂乱の北山が喚いた。庄屋は火の海を呆けた顔で見回している。
「ど、どう責任をとるんだ」
一圓が無言で北山の正面に立ち、胸元を掴んで這いつくばらせた。
小柄ながら鍛えに鍛えた万力のようなかいな力で、北山は身動きできない。涙と鼻水で濡らした蟹のような顔を醜く歪ませている。一圓は拳を握った。
「よせ、民間人だぞ」
一真が一圓の背後に歩み寄る。一圓の拳は震え、全身から怒りの力が
吹き上がっている。一真はその拳に自分の手を重ねた。
「あにやん、俺も悲しいよ。」
幼少からの呼び名で一真は兄に言った。
重ねた手の甲に一圓の涙のしずくがおちた。
悪兵衛が北山を殴りとばした。盛大に豪奢な着物が破け、
割れた歯が血潮と共に大量に散った。
もんどりうって転がる北山。悪兵衛は向き直り、庄屋の腹をける。
北山に重なるように吹き飛ぶ。
「戻るぞ。装備を整える。」
涙をぬぐった一圓が破れた着物の端を投げ捨てた。
「こいつらはどうする?」
「処断するのかい?」
二人が悪兵衛を見つめる。
「斬る価値もない。琿青が汚れるわ」
頷いた二人と共に村はずれの猟師小屋に向かった。
*
傍らの琿青の拵えを見つめながら、悪兵衛は革鎧に腕を通した。
鬼門甲と呼ばれる不知火の正式装備である胴鎧は、防御は勿論の事、
士魂を表面に流動させ、体内に還元する構造を持つ。
だが非常に重量がある為胴回り部分のみを覆い袖から下は無い。
一真は弓張り板を用いて、長弓に弦を貼っている。
黄金に輝く金属部と櫨の樹と黒檀の複層構造で、
静かな唸り声を上げている。見事な大弓であった。
「厭月、鳴っているな」
一圓が声をかけ、一真がうなずいた。優し気な表情は一変している。
一圓は傍らに鞘に納められた一対の鎌を置き、その握りを確認している。
片側は白の絹糸、もう片方は朱の絹糸で飾りがつけられ、武器としては
小振りであった。左腕に鉄製の枷のような器具をはめ、革の束帯で
硬く固定している。手首の鉄環を引くと高い金属音と共に左右に弭が飛び出し、弦が張られた。小型の弩弓である。
悪兵衛は鬼門甲を身に着け、長着を羽織る。
まっすぐに前をみつめ口を開いた。
「下束村は何者かの襲撃により、ほぼ全滅した」
「今この時より、報復作戦を発動する。状況を検分した上での報告をせよ」
一真は厭月と呼ばれた大弓を弓張り板に立てかけ固定し、射籠手を身に着けながら囲炉裏の前に座った。
「……火矢による攻撃の痕跡がありません。また家屋の延焼の仕方が全体に同時期に始まっておりますが、足跡などから敵集団によるものでは
ありません。」
その横に鬼門甲に袖を通し、束帯をしめて身体に密着させている一圓も座る。
「村人の殺傷痕より、大型の鉤爪、もしくはそれに準ずる刃物が使用されたと思われる。だが一定の切断面ではなく、擦過した際の広範囲の裂傷が見られた。」
二人は湧き上がる怒りを抑え、努めて冷静に報告する。
「では敵が弥者の場合、破常力として考えられるものは発火能力、
斬撃能力等である。」
言いながら悪兵衛は独りごちた。
「……章さんや行部殿がいれば、詳しく見極めることが出きるのだが……。」
鎌型の魁音刀を腰にみにつけ、弩弓の矢羽を確認しながら一圓は
報告を続ける。
「大掛かりな侵攻をした場合、敵戦力の疲弊もあると考える。」
「報復は速やかに行うべきだ。
「自分もそう思います。
橘川兄弟はまっすぐに悪兵衛を見つめている。
「……我々が内偵に入っているのを相手はまだ察知していない。」
「その間隙をぬう」
「よしんば、不知火の存在に気づき、村民を虐殺したのであれば
尚更報復あるのみ。」
「追討に入る。一真、あらましの報告書を作成してくれ。」
「御意。」
静かな金属音を断続的にあげる琿青を、腰に差した。




