五
昼過ぎまで寝て、鍋に残ったかしわ汁に飯をいれ、卵をいれた雑炊を
三人はかき込んだ。髪結いの同行がなかったため、お互いに髷を結うのを
手伝う。悪兵衛は茶筅髷、橘川兄弟は総髪を高めに束ね、鉄環で留めている。
薄紫に黒の炎の紋の長着をまとい、真新しい草鞋に足を通した。
三人とも無刀で、昨晩の獲物をまとめて持ち、猟師小屋を後にする。
道すがら、土手下の河原でしのとこたろうの姉弟、その祖母らしき老婆が
洗濯をしている。しのは真面目に老婆の手伝いをしているが、こたろうは
川面に悪兵衛の「網打ち」をまねて、小さな腕を振り回している。
その姿に三人は目を細めた。
*
「なんと……本閥のお侍様でしたか。」
青年たちが身分を打ち明け、元締めの老爺はたいそう驚き、
畏まって無礼を詫びた。老婆もまたひれ伏している。
悪兵衛は獲物を納品し、猟師小屋や生活用品の件の感謝を伝え、協力金として革袋をわたす。一分金が何枚か入っている。
三人が優に十日は宿泊できる料金だった。老爺はなかなか受け取らなかったが、
悪兵衛の意に負けた。
山中で見かけた、庄屋と共にいた男はやはり名主であった。
蟹のような容貌と聞いた元締めは手を打ち、悪兵衛達に伝えたのだった。
収穫した獲物は北の社に逗留している、身分の高い者と
取引しているという。
名主と庄屋は取引の為夜半に出かけ、次の日の夕方に村に戻る。
どうやら金子を握らされてその先の宿場町で酒色に耽り、
存分に遊んでくるようで、いつも酒の匂いをまき散らしながら屋敷に戻る。
元締めは額に深い皺をよせ、潜めた声で訥々と語った。
すでに日が傾きかけている。
老婆が三和土から声をかけた。どうやら名主達が戻ったようだ。
猟師小屋の反対側の村はずれに位置する名主の屋敷に、
庄屋と共にもどり、夕食の膳を振る舞っているという。
すっかり日も落ちた頃、村の中では豪奢な屋敷に三人は向かった。
小物の老人に身分と尋問の旨を伝え、土間からあがる。
小物は腰を抜かさんばかりに狼狽し、奥の部屋に伝えに行く。
その後に無言で続く三名。屋敷には似合わない高価な調度品等が散見され
下品な違和感を感じさせる。
奥の間に名主と庄屋、おそらく宿場町より連れてきた中年の女郎達が下品な笑い声を上げていた。突然の侍達の来訪に、庄屋は色を失くす。
名主は杯を置き、女たちに退出を命じた。
「下束村名主の、北山久右衛門と申します」
上座を三名に譲り、慇懃に礼をする名主。
蟹のような顔に張り付けた笑みを浮かべている。
庄屋は頭を伏せ、大きく目を見開いている。
「本閥の播磨だ。ここな者は同じく本閥である」
悪兵衛が見せたのは、本土決戦軍閥師団の菱紋が鮮やかに描かれた、
漆黒の漆の印籠だった。
これは佐官以上の身分の者しか持つことを許されない。
「まず、問う。お前は狗族と取引し、村の収穫物と金子を取引している。
これは間違いないか」
「恐れながら……違います、お侍様。」
おおきな体格を下卑た笑いで揺らしながら北山は言った。
「お相手は……狗族を率いているお方で…狗族ではございませぬ。」
「弥者か」
「それは、存じません。また村の物で私欲を満たすような行い、一切御座いません」
嫌悪感を露わにしていた一圓が口を開く。
「我々はお前が三名の物に、獲物を引き渡し、銭箱を受け取っている現場を目撃している。」
北山は目を伏せ、茶を手にして一口飲んだ。うす笑いを浮かべている。
「私はね、お若いお侍様。この村を守る義務があるんだ。そのための取引なのですよ。」
「狗族に与する事が村を守る?」
温厚な一真も苛立ちを隠せない。
「あのお方たちは狗族を率いているのです。対話、ですよ。大事なのは」
若い三人の侍を侮った態度であった。
庄屋もひきつった愛想笑いを浮かべている。
「お侍は戦ですべて型をつけようとしなさる。たとえ狗族といえど対話なのですよ。あの方達に協力する事で、侵攻を止めて頂く。ひいては村を守る事に繋がっているのです。戦争をする方にはこの尊さがわからない。」
「私はね」
「この世から戦がなくなればいい、と思っているのですよ。対話もひとつ、融和もひとつ。その方法なのです。お互いを理解する事で、争いを防ぐことが出来るのでは。そうは思いませんか?お若いお侍様は。」
名主は芝居がかった動作で目をつぶり、滔々と語る。
黙り込んだ若者たちに、さらに追い打ちをかける。
「貴方たちはね、騙されているんですよ。」
「戦争をしたがっている上役や社会に。」
「お若い方はね、そういう自分たちが使い捨てにされている事、
理解しないといけません。」
目を伏せていた悪兵衛が顔をあげた。
「貴様、我々の戦いを愚弄するか」
髪は怒りで逆立ち、凄まじい怒りの光が瞳に宿っている。溶岩のような圧力が全身から吹き上がり、背後の橘川兄弟でさえ、気圧される力であった。
庄屋がへたり込み、名主が湯呑を畳に落とした。思わず悲鳴をあげる。
隣の部屋で座していた、体格のよい中年男が現れる。
大八車を曳いていた男だった。
「喜平、この男を」
北山は低く声をあげた悪兵衛にすっかり怯え、喜平と呼ばれた小物に暴力での排除を命令する。
自ら語っていた事との矛盾に本人は気づいていない。
喜平と呼ばれた男が太い腕を伸ばし、悪兵衛の襟首をつかもうとする。
そのかいなの下を搔い潜るように悪兵衛が拳を突き出した。
喜平は何が起きてるのかわからなかった。視界が流れ世界が円盤のように回転している。その身体は悪兵衛の拳を中心に高速で回転した。
床に頭部が激突する鈍い音が、二度、三度、響く。
そのまま倒れ伏し、口の端に白い泡が溜まっている。
悪兵衛は座したまま、ゆっくりを手を下す。
本閥の近接格闘戦技、「拳環」であった。
体内で練り込んだ士魂を、肩の中心から回転させつつ拳から放出、
打撃と共に標的の生物を回転の渦に巻き込み殺傷する。
「どうする?」
「本閥に送らないと」
橘川兄弟が立ち上がった。一真は嫌悪の表情を隠さない。
「取引相手が弥者かどうか確定していない」
悪兵衛も立ち上がる。無手であろうとも、十分な程の殺傷能力を
持っている侍。名主も庄屋も骨身に染みて理解した。
目を見開き、脂汗を流しながら三人の動向を見守っている。
「使い道はあるだろう。こいつで推定弥者をおびき出す」
事もなく冷静に悪兵衛は言う。北山は悲鳴をあげた。
屋敷の表から遠く半鐘の音が響いている。
三度打ち付けられる鐘の音が連続で鳴らされている。
火災の知らせであった。




