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不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
14/210

四

早暁の頃、悪兵衛達は猟師小屋に戻る。

不知火の輜重隊が到着し、かがり火が焚かれていた。

輜重隊の責任者、唐澤が三名を認め迎えにあがる。

「おかえりなさい、大変だったの?」

がっちりとした体格の四十男だが、ややくねくねと腰を振りながら

声をかける。

「山歩きは散々だわ。」

「唐澤さん、腹減ったよ。」

「唐澤殿、飯ある?」

見知った頼りになる包丁人でもある唐澤の姿に、三人から笑顔が漏れる。

「用意してるわよ。」

唐澤はにこやかに猟師小屋の囲炉裏で用意している鍋をみせながら、

悪兵衛に声を潜めた。

「悪兵衛くん、お偉いさんもうすぐ来るわよ」

悪兵衛はうなずき、小躍りしている橘川兄弟と連れ立って小屋の表にでた。

「章さん、来てくれたか。たすかった」

灰音の柔和な笑顔を思い出し、胸をなでおろすような面持ちの悪兵衛。

兄弟は唐澤の料理に気もそぞろであった。


路の先、暗闇の中から馬蹄の音が響いてくる。

うっすらと「その生き物」の姿が発光し浮き上がる。体長は軍馬程だが

馬にも、犬にも、虎にもにた面立ちで、たなびく鬣に包まれている。

馬具の鎧に覆われた体表は黒く影を落としているが、

それ以外はかすかに発光し輝いている。

「麒麟《きりん》」と呼ばれる本閥戦闘支援随行兵獣、通称「随獣」と

呼ばれる装備であった。

その鞍にまたがっていた人物が軽やかに降り、

悪兵衛達に歩み寄っていく。三名は直立で敬礼した。緊張がはしる。

敬礼を返した人物がかがり火に照らされる。

陣羽織に身を包み、漆黒の垂髪に白い肌、紅を乗せた薄い唇、

切れ長で強い光を放つ瞳の女であった。


「やすめ。大事になっとるようじゃのう。」

「副長……風祭殿。」

吶喊白兵衆参、不知火。副長を務める風祭玲《    あきら》大佐であった。

上背があり、見下ろすように三名を眺める。

内から湧きいずる「力」を感じさせる歴戦の侍である。

悪兵衛より手短に作戦の経緯の報告を受けたが、

幼い姉弟の件は不問であった。

「今後は?」

「名主と庄屋の帰りをまち、談合の内容と狗族との関係を尋問します。」

「罪状によっては本閥に送ります。」

明けつつあり、星々の光が消えていく空を眺めながら、風祭は言った。

「近年、保身のため狗族に与する国民が増えておる。」

「正体不明の者が弥者であった場合、由々しき事態故真偽によっては……」

「斬れ。」

動揺する三名の表情を読み、低く、鋭く声をあげた。

「復唱はどうした。」

「は。真偽を確認し、場合によっては村長以下、

弥者に与するものを斬ります。」

悪兵衛の表情が強張る。つづき、風祭が腰の純白の拵えの魁音刀に

手を置き、問う。

「戦闘の対応は?」

「本日、弥者と予想される者たちの出現地点に吶喊します。」

「首尾はどうなっておる。」

「敵に推定弥者が三。中型狗族が複数現れると思われ、

頭目一、弓手二名の我等三名にて殲滅します。」

風祭が直立する三名の顔を一人ひとり眺めて言った。

「主ら、討たれたらば?」

「野山に骨を晒すのみ」

悪兵衛が強い光を目に宿しながら言い放つ。

風祭が不敵な微笑を浮かべる。


「士魂(ちから)と剣。」

鞘ごと魁音刀をかかげて、風祭は静かに言った。

「士魂(ちから)と剣。」

三名が答えた。


*


「鴨だ」

「あーいい匂いだな」

囲炉裏にくべられた鍋を橘川兄弟はのぞき込んだ。黒く濃い醤油の汁がふつふつと静かに煮え、薄桃色の鴨の身と焼き跡のついた葱が

浮き沈みしている。

「お蕎麦うってきたのよ。」

唐澤の明るい声が響く。三和土の釜で茹でた蕎麦を丼にいれ、

湯気をあげたそれに鴨の汁をたっぷりとまわしかける。

上官の風祭は先に帰投した。

ようやくその空気が薄れ緊張の糸がほどけている。

暖かい蕎麦をすすり、人心地つく三人。

「屯所を思い出す。」

「もう帰りたくなったね。」

好物の前に笑顔の悪兵衛が二人に言った。

「お前ら、前にこんな黒い汁で麺が食えるかと文句いってたではないか。」

「あの時は食ったの初めてだったゆえな。」

「左様左様」

悪びれもせず、蕎麦をすする。唐澤は輜重隊の面々に。を出しながら

忙しく立ち回っている。


丼を空にした三人が装備の目録を確認しながら語っている。

「副長が出張ってくるとはな。」

「遠征の帰りだろう。わざわざ我々の報告を聞きにきたとは思えないね。」


「悪兵衛?どうした」

一真の問いにうつむいて思案していた悪兵衛が答える。

「うーん……章さんが、口を利いてくれたのかもしれんが……。」

一圓が口をとがらせる。

「それで副長をよこしてどうする。我等が斬られるかと思ったぞ。」

「弥者より怖いよ。」

「いや、我らを心配しての事だと思う。」

兄弟が口をそろえていった

「逆効果だわ」

「ばか、聞かれたらどうする!?」

豪胆な悪兵衛が困り顔で表を気にした。


やがて、輜重隊も帰投準備に入る。

朝日を雨戸で遮り、備え付けの煎餅布団で三名は眠りに落ちた。

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