三
狗族の手がかりと思われる光源の出現地に急ぐ。
漆黒の山道をひた走る三人。
やがて道が途切れ、前方、左方は断崖、右手は谷の地形に突き当たる。
「一圓。」
悪兵衛がいうと一圓は来た道を引き返し、鉤縄を用意して脚を踏みしめる。
谷に向かって走りはじめ、気合声と共に足元で強烈な擦過音を発生させた。
目で追えない程の加速で一圓の姿が消えたかに見えたが、
本人は中空に飛び上がり、すでに谷の中程まで到達している。
そこで一圓はもう一度、「空中で」足元を炸裂させた。
もう一度加速し飛び上がった一圓は谷を渡り切り、鉤縄を固定する。
「破双」であった。一真が逆側の縄を樹木に結び付け、悪兵衛に渡す。
本人は踵を返し、距離をとってから破双で谷を飛び越える。
戦闘中に破双を使用する悪兵衛ではあったが、
橘川兄弟のような距離と速度を稼ぐことはできない。
双子には弓兵として一日の長のある戦技であった。
一真が眼下でうごく小さな光源を発見した。
悪兵衛は遠眼鏡で確認する。青緑に輝くいくつかの光源が蠢きながら、
一方向を目指し移動している。やがてその先、村の方向より松明の明かりが近づくのが見えた。
三人は物言わず山肌をくだり、松明に近づく。
いつのまにか光源は消えている。
松明を掲げる人物をかろうじて確認できる程まで接近する。
猟師の元締めに紹介された庄屋だった。
背が海老のように丸まった庄屋の背後には。の良い老人が佇んでいる。
蟹のような顔貌に見覚えはなかった。庄屋の物腰をみると、
どうも目上かつ地位の高い人物に思える。
「誰だ?あの爺」
「村では見なかったね。」
「おそらく、名主だろう。村の長ではないのか」
結果的に悪兵衛の推量は的中する。
やがて、老人たちの前に暗闇のなかより三人の男女が現れる。
遠目に見てもわかる雅な紺の宮服に身を包み、
烏帽子をかぶった男性が二名、艶やかな紫の壺装束の女性が一人。
山中に突然現れた異様な風体であった。
顔の見えない女性はもとより、男性も仮面に容貌を隠している。
何事かを話しかわす三名と老人たち。庄屋が松明をかかげ、
背後の大八車を照らす。
うずたかく積まれた動物の死骸。猟師の獲得物であった。付き従っていた体格のよい小物が大八車を曳き、三名に引き渡す。
宮服の男が進みより、こぶりな銭箱を庄屋に渡した。
また会話を交わし、老人達はその場を逃げるように離れていった。
その場に三名は残り微動だにしていなかった。明かりが遠ざかり、あたりが漆黒に包まれる。
やがて、またあの青緑の光源が明滅し始めた。夜目の聞く悪兵衛でも
何が行われているのかわからない。
その時、雲で隠れていた月が現れた。
青白い月明かりに三名が照らされる。
その目前に大八車があり、達磨のような丸い影が死骸に取りついていた。
細く骨ばった長い腕で死骸をかき集め、胴体に開いた大きな亀裂のような
穴にほうり、咀嚼している。大きさは宮服の男と比較して人間の約二倍ほどの身長で、頭はなく、丸い胴に大きな口がつき、
血潮を吹きながら死体を貪り食べている。狗族、であった。
達磨型の狗族は三体、それぞれ一心不乱に死体を食し、飲み込んでいる。
ひくく唸り声をあげながら、骨を砕き、血をすする音がかすかにここまで聞こえている。
月が陰り、また暗闇に包まれ、青緑の光源が動く。どうやら達磨の狗族の
目ともいえる器官の発光であったようだった。
どれほどの時が流れたか、あたりは静かになり光源も消えた。
月明かりに大八車が照らされると、死骸は全て消失し、宮服の三名も忽然と姿を消している。
悪兵衛がゆっくりと立ち上がった。
「撤収する。」




