二
早朝の紫に近い青色の空を仰ぐ悪兵衛。
澄んだ空気を吸い込み、胸をおおきく揺らす。
三人は手甲と脚絆で固めた猟師姿。
目的地を目指し、深い山道に入り込んだ。
樹上に大き目な地梨を見つけた一圓は短弓に矢をつがえ、
無造作に射出する。
撃ち抜かれた地梨は中空に飛び上がる。間髪いれずに一真が
真下から射貫く。回転する地梨をまた一圓が撃った。
「穴だらけで食えんよ」
苦笑しながら悪兵衛はいった。
深い緑の中を進む。足元はわずかな獣みちが続き、
すでに村からは遠く離れた。樹木は生い茂り先に進めない場所は
悪兵衛が山刀を振るい、道を作っていく。
「射刃は使えんのか。」
深いイラクサの繁みを切り分ける悪兵衛に声をかける一圓。
分厚い山刀を手元でくるくる回しながら悪兵衛は答える。
「刀がたえられん。一度使えばこの刃は溶ける。」
口を尖らせた一圓と苦笑する一真が後に続く。
見晴らしのいい峠に差し掛かり、水で喉を潤しながら現在地を確認する。
屯所での山中行軍の演習の思い出を話し、しばし笑いあう三人。
「おい……あの二人。」
一圓は山間に見え隠れする人影を発見する。
悪兵衛の肉眼ではわからない。
「あれ……あの子達…ついてきたのか……。」
一真にも見えている。猛禽に近い視力であった。
屈折した硝子を革で巻いた簡易な遠眼鏡で確認する悪兵衛。
幼い姉弟が悪兵衛達が歩いてきた道をおぼつかない足取りで歩んでいる。
「こたろうがあんちゃんと遊びたいって……。」
しのがうつむいていった。こたろうは疲れてしゃがみこんでいる。
三人は顔を見合わせて、ため息をついた。
「どうする」
「任務どころじゃなくなるね」
「日も落ちる。このまま二人だけで返すわけにいくまい。
今日は引き返すか」
しばし思案する三人。やがて一真が顔をあげる。
「つなぎがくる。」
「あ、玄真殿か!」
「そうか。玄真殿に二人の護送の申し送りをすればよいか。」
明るい表情で野営の準備を始める三人、幼い姉弟も手伝い、縄で編んだ
屋根に笹の葉を重ね、地面を下草で埋めた。
悪兵衛はこたろうをおぶって渓谷まで降り、清流の傍らでじっと川面を
みつめている。両手を重ね、前に突き出す姿で、片手に力を込めて引く。
水上に跳ねたヤマメが悪兵衛の右手に吸い付くように飛び込んできた。
こたろうは目を輝かせて喜んでいる。悪兵衛は笑いながら何度か
繰り返し、藁籠にヤマメをいれていく。
「網打ち」と呼ばれる本閥の戦技であったが、
こたろうは大人の猟師の技と思っている。
本来は士魂が伝導する兵装を手元に引き寄せる技術であり、
膂力の強い侍が得意とした。悪兵衛は引き寄せはもちろん、一度放った
石くれの軌道を変える事も出来る。
自然物、動物、植物、魚類にも影響するが、その根本の原理は本閥でも
解明されてはいなかった。
ツグミ、コジュケイを何羽もおとし、まとめて運ぶ橘川兄弟。
しのもにこにこと笑顔で野鳥の足を持っている。
元締めに納入する分とは別に、食事に使うものを分けたのち、火をおこす。
悪兵衛が器用に山刀でヤマメと野鳥の内臓をとりわけ
串にさしていく。峰の向こうに日が落ち、帳のように闇が落ちたが
悪兵衛達の一角は明るいかがり火がともり、笑い声が響いていた。
こたろうは、祖母がもたせた握り飯を悪兵衛に渡した。
野鳥の身をほぐし、小鍋でワラビとフキと共に味噌で似た汁物、
川魚の塩焼きで腹は満たされたようだ。
こまかく切り、醤油をまぶした海苔が和えられた小さな握り飯に、
それを作ってよこした祖母の愛情を感じ、目を細めて口にいれた。
今、姉弟は暖かい焚火に照らされ、身を寄せて眠り込んでいる。
夜半、深い闇の中より僧服に身を包んだ男が現れた。
頑健な肉体に菅笠、錫杖、背負った長櫃の姿で修行僧に見える。
傘をとり、綺麗にそり上げた頭に濃いあごひげを蓄え、優し気な笑顔を浮かべた。
「すっかり坊主だなあ。」
「似合ってるね、玄真殿。」
三人に迎え入れられた僧形の男は、不知火隊士の伊駒玄真であった。
「この子らが着いてきた村の子か。」
にこやかに玄真がいう。
「もう知っているのか」
「うむ。昼過ぎに隠密より報告を受けた。」
悪兵衛の状況予断、橘川兄弟の索敵能力にもその存在を気づかせない
隠密部隊の能力に、空恐ろしさを覚えた。
目をこするしのに、村に送ってくれる坊主が来たと伝えたが、
こたろうはすっかり眠り込んで起きない。
長櫃に毛布を敷いて二人をいれて負い、玄真は山を下りて行った。
三人は野営を解き、月明かりの中、山道を進み始める。




