一
色づき始めた山道を、粗末な衣服の狩人姿の青年三人が歩いている。
悪兵衛は後ろに髪を結わえ、ざんばら髪に毛皮の上着に小袴、
橘川兄弟は短弓を背負い、木綿の長着に軽衫姿である。
側転から後方転回、後方宙返りで飛んだ一圓が着地する。
「潜入調査ってやつはさ、隠密の仕事だろ」
のんびりした表情の一真も話す。
「狗族を発見したり戦闘になった時の引継ぎはあるのかな」
谷を挟んで、鮮やかな紅葉をし始めた山を眺めながら悪兵衛が答えた。
「俺が行く以上、引継ぎはない。」
「狗族が多数でもか。」
「弥者がいても?」
悪兵衛は無言でうなずく。
年齢は悪兵衛より一つ年少の双子だが、同期入隊の仲間であり、死線を共に
してきた。気の置けない関係である。
「その為の佐官である俺の遠征だ。戦端を開き、吶喊する。」
穏やかな表情の悪兵衛だが、その瞳の輝きは強く、固い意志を感じさせた。
「敵が単体ならな。狗族が山ほど出てきたら面倒くせえ」
「その展開は勘弁して欲しいな……我等兄弟は弓兵だよ?少佐。」
悪兵衛は遠征前の灰音章雪の言葉を思い出していた。
「今回の作戦報告書ですが……もしなんらかの戦闘になった場合、橘川兄弟の
「破双」の使用記録、距離、速度、回数の見極めの報告を
お願いしたいのです。」
詳細に記すための書類を封書にして悪兵衛に託す灰音。
「承った。それは……松橋さんの相談と関係があるのか?」
「はい。新型の魁音兵装の開発の為に本閥で情報を収集しています。」
「新型魁音兵装……」
「破双」とは本閥の戦技であり、士魂を元にした特殊な移動手段である。
「四股」のように衝撃を表に発生させず、内に溜めて肉体ごと強制的に
移動させる技であり、助走なしに数十歩の距離を一瞬で詰める。
悪兵衛も使用するが弓兵である橘川兄弟の方がその扱いは得手であった。
*
秋の日が中天を超えるころ、目的地となる山村に到着した一行。
さびれた村で申し訳程度の関所、見張りもいない。「下束」と掘られた
古びた木製の道標が立っている。
廃屋も目立ち、小さな庭の畑仕事をしている者は老人ばかりであった。
すぐに年配の村人に案内され猟師の元締めのもとに招かれる。
深い皺の刻まれた日焼けした老爺とやさしげでふくよかな笑顔の
老婆の夫婦だった。
「では、獲物をまとめてこちらで引き渡し、そこで給金をいただく。」
老爺の説明を受けて悪兵衛が確認する。
猟師小屋の案内と食物をうけとる庄屋の場所を聞き、
生活基盤の説明を受ける。
老爺は実直だがやや話が長く、一圓があくびをかみ殺している。
老婆が柿を包み、三人を優しい瞳で見つめる。
「年はいくつなんだえ?」
「一七でござる。」
「一六。」
「一六。」
「野菜もらっても料理できなかろう?ばばの家。食べていきなされ」
悪兵衛は丁重に断り、何度も引き留められたが元締めの家をでた。
「子供扱いしやがって」
「家のお田江を思い出したね。」
唇を尖らせて老婆の文句をいう一圓。それをなだめる一真。
家で今も兄弟の帰りを待つ乳母を思い出していた。
何人かの老爺と老婆に声をかけられる。みな若い三人の身を案じ
やさしげに労った。
生活用品を用意した庄屋だけは、三人を値踏みするような目で見、
口うるさく村での注意を語った。背が海老のように丸まっている。
「この村には爺と婆しかいないのか。」
「さっき、子供は見たけど……大人は出稼ぎなのかな。」
「狩人の助なんているのか?」
双子の疑問を同時に悪兵衛も感じていた。
*
村はずれのこじんまりとした猟師小屋にたどりつく。
古いが掃除がされており、囲炉裏の灰も片付けられていた。
各々が荷物をおろし、簡素な所持品を整理する。
一真が柱に弓張り板を丸石で打ち付けている。
連続する音を背後に、悪兵衛はもらった柿にかぶりつきながら
縁側の雨戸をあける。
小さな庭は荒れてこぶりなブナが一本生えていた。
しゃがみこんでいた男児が立ち上がった。
質素な紺のかすりの着物、赤い頬に黒い瞳の幼児で、
かけつけたやや年長の娘が男児を抱いた。
「どこの子だ?」
柿を食べながらのんびりした口調で悪兵衛がきいた。
幼い二人は緊張とおどろきのあまり、口をきけない。
悪兵衛は帯に挟んでいた山刀を抜いた。娘の表情が強張る。
もうひとつの柿をよっつに切り、男児に渡す。娘に止められながら男児は受け取った。
悪兵衛はそのまま縁側に座り、柿を咀嚼する。表面が柔らかく、ぬるり、と内側がすべるほど熟れた柿であった。甘味も強い。
柿を持って立ち尽くす二人に、悪兵衛はあごで縁側を示す。
おずおずと近寄り、腰をかけて、やがて二人は柿をわけて食べだした。
「誰だ?そのガキども」
一圓が縁側にあらわれ、男児の傍らにしゃがみこむ。
「村の子だろう。庭におった」
口元を手ぬぐいで拭きながら悪兵衛は二人の名を聞いた。
しの、と、こたろう、という姉弟だった。
「ここで何してたんだ?」
一圓が軽く尋ねると、こたろうは手の平を差し出した。
ちいさなどんぐりがいくつか握られている。
「ごめんなさい、返します」
姉のしのがこたろうの手を差し出す。十歳にもみたない年齢に見えるが
弟を守ろうと必死の表情だった。
「みてろ。」
一圓はいいながらつまんだどんぐりを、奥からあらわれた一真に
なげつける。
一真はこともなくそれを受けるが、一圓はつぎつぎに投げつけ、
取った一真は投げ返す。その速度を投げる度にあげていく。
やがて二人でお手玉をするようにドングリを投げ合い、
二人の距離も二歩程に近づくが、その速度は落ちない。
見事な技に、こたろうは目を輝かせている。しのも口を両手で覆い、かたずをのんで見つめる。
「いてーーーっ」
取り損ねたどんぐりが眉間にあたり、一圓がひっくり返った。
一瞬間をおいて、こたろうが明るい声で笑いだす。悪兵衛も笑った。
しのもつられて笑う。。
「そうか、戦争があったんだね。」
優し気な一真の言葉に、しのも緊張を解いて話し始めた。
庭では悪兵衛がこたろうを肩車して歩き回り、
一圓がその足をくすぐり、笑い声が響いている。
訥々と語るしのの言葉で、村の傍で狗族と軍の戦闘が起き、
駆り出された村人が多く死傷した事を一真は知った。
しの、こたろう姉弟の親と年長の兄も命を落としたという。
全滅に近い被害をうけ、軍は敗走した。
その屍は今なお山野に放置されている。
「こたろう、楽しそう」
しのは久しぶりに見た幼い弟の笑顔をうれしげに見つめている。
どんぐりを大量にもたせ、姉弟を村に送り届けた後、
三人は猟師小屋で顔を突き合わせ、報告のあった狗族によると思われる
光源の位置を確認した。




