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不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
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朝霧

序



燃え盛る炎の中、悪兵衛は断崖の男を見上げていた。

背後には左肩から腹部まで切り裂かれ絶命した仲間。

それを支え、吹き出る血潮を抑えている隊士。

あたりは悲鳴と絶叫が渦巻いている。

自らの片腕は血にまみれ、ぬるり、と滑る掌はもう刀を持つ事が叶わない。

「スメロキ、貴様」

怒りと絶望、混乱で血の気を失った悪兵衛が、未だ戦意を失わず

絞り出すように言った。

炎に照らされた崖上の男は栗色の髪が炎のように揺らめく、

端正な顔立ちの青年だった。眉間を中心に朱色の入れ墨が広がっている。

悪兵衛にスメロキと呼ばれた男は、見下ろしながら無表情に答える。

「ヤマトビトは全て殺す。根絶やしにする。」

背後に立つ巨大な男に促され、悪兵衛を一瞥してスメロキは背を向けた。


*


「どうした?悪兵衛。」

「お呼びだぞ。」


日当たりのいい縁側で、悪兵衛は我に返った。

不知火屯所、赤く色づいた楓の葉を見つめ、「あの日」の業火を思い出し、

屈辱の記憶に意識が囚われていた。

悪兵衛に声をかけた二人は、一見して同一人物かと思えるほど、

似た容姿に体格であったが、その表情、立ち居振る舞いはまったくの別人、双子であった。


二人と連れ立ち、襖の前で膝をついた。

「播磨、橘川兄弟、入ります。」

八畳ほどの小ぎれいな部屋に文机、火鉢があり、灰音章雪が傍らに座している。

薄紫の羽織の中に黒の長着、洒脱な雰囲気。対して悪兵衛・橘川兄弟は

隊支給の丁服に小袴という質素な格好であった。

柔和な表情の灰音の横にのそのそと悪兵衛が座り、橘川兄弟が続く。

「章さんと我等で内偵業務かの」

灰音の顔を見て、安心した表情の悪兵衛が気楽にいった。

活発で気の強そうな双子の一人が返す。

「弓手(ゆんで)二名と頭目と参謀とはな。」

優しげで伏し目がちな双子のもう一人が言う。

「中規模戦闘前提だね。」

灰音章雪はかすかに微笑み、何も返さない。


ほどなく奥から男が現れた。

長身痩躯に総髪を綺麗に撫で上げ髷に結った男で、鋭いが思慮に満ちた

面長な顔貌をしている。

「刑部殿」

灰音が居住まいを正し一礼する、悪兵衛、兄弟も続く。

刑部が文机の前に座し、懐から書を取り出し広げた。

「播磨悪兵衛、橘川(きっかわ)一圓、橘川一真。内偵申しつける。」

「章雪。」

刑部に促され、灰音が三名に向き直る。

「和州下束村付近の山奥にて、夜間、狗族と思われる光源が隠密により複数

発見されました。」

「定期的に観測され、その行動は一定の時刻に限定されているようです。」

「下束村にてあらたな狩人の助を求めています。これに乗り潜入、

調査してください。」

刑部が灰音の指示をまち、その後言った。

「播磨悪兵衛、橘川一圓、一真。敵侵攻調査、および敵を発見した場合

これを殲滅せよ。」

「作戦行動指示は追って沙汰いたす。以上だ。」

机上の書類を畳む刑部に悪兵衛達は一礼した。

「拝命いたします。」


刑部と橘川兄弟が退室した後も、何かを話したそうに残る悪兵衛。

灰音は微笑を浮かべながら背後の漆で塗られた菓子箱を取り出す。

「悪兵衛殿。どうかしましたか?」

「橘川兄弟だけなのか?章さんは同行せんのか。」

「はい。今回は作戦の立案も実行も戦端も貴方頼りです。」

笑いをこらえながら灰音は火鉢の上の鉄瓶から湯をすくい、茶をいれる。

「まいったな。長引いたら繋ぎを出すゆえ、指示を頼みたいのだが」

「しかと承りました。さ、茶を。」

「かたじけない。」

悪兵衛はまだ曇った表情を浮かべている。

「胡桃を糖蜜でかためたものです。」

灰音は直方体の黄金色の菓子を勧めた。悪兵衛は盛大な音をたてながら菓子を

咀嚼し、ようやく愛嬌のある笑顔を浮かべた。

「うまい。固くてうまい。」

「またおかしな感想を。」

灰音はたまらず吹き出した。


襖に人影が写り、一礼した。

「灰音様、技術研究部の松橋様と御津菱(みつひし)より竜井様がお見えです。」

小物に通すようにいいながら、灰音は目を伏せた。

「これは、まずいな。」


ほどなく二人の男が現れる。

一人は本閥の紋のはいった裃に袴姿の実直な雰囲気の男。髷をゆった頭髪がゆるやかな波を打っている。

いま一人は坊主頭の痩身馬面の男、厚い眼鏡をかけ、御津菱の紋の長着を身に着けている。

裃の男が一礼の後、灰音にいった。

「織田様と作議と伺いましたが」

「終わりました。……先日は士魂反復試作機の提供、かたじけなく思います。」

灰音、悪兵衛は改めて礼をした。

「無論作戦ですし、我々も協力はいたしますが……前回のような納期では

おおがかりなものは対応できかねます。やはり納期が。」

「あれだけでは……。たった二日ですよ?まず発注の予定を立ててですね」

坊主頭が遮った。

「松橋さん、現物は」

「あ、そうだ。試作機の返還がまだのようですが」

松橋の問いかけに灰音と悪兵衛が顔を見合わせてばつの悪い表情を見せた。


「実は」

「えー、民間人がお守りに欲しい、といいだしまして」

悪兵衛は吉房七重の笑顔を思い出しながら、恐縮しつつ言った。

松橋のいう試作機とは、七重に持たせた振鼓の事を指す。


「え!?悪兵衛君、あげちゃったの?いやいやいや、それはまずい。まずいよ。」

「あーそういう事をね、不知火の人はちょっと雑なんですよ。軍事機密でもあるわけですし。まずね、そういう事は……あ、竜井君、問題あるとしたら?」

あせった表情の松橋が竜井に問いかける。灰音に勧められた菓子を盛大な音をたてて竜井は咀嚼している。茶を一口のんで事もなげに言い放った。

「ま、大丈夫じゃないすか」

「ほんとに?」

「あれは照射された指向性のある士魂を反復して拡散するだけの構造ですから。」

「人体に害はないす」

普段は人を寄せ付けない雰囲気の竜井が悪兵衛を見て、にたりと笑う。眼鏡の奥の

瞳は優しい。

「まずいなぁ……なんて報告すれば……。」

「御津菱あずかりにしとけばいいんじゃないすか。」

幕府正規用達の軍需産業、御津菱造兵廠の魁音兵装主任研究員、それが竜井である。また、松橋は本閥技術研究部付きの技術将校であり、階級は中佐である。

二名は昼夜を問わず、対弥者、対狗族の武装の研究開発を指揮している。

武装に関して、御津菱研究部に於いて調査と言われれば、本閥も黙るしかない。


「ま、大丈夫すよ。それより松橋さん、例の……。」

「あ、そうだね。灰音中佐、おりいってご相談がござる。」

「わかりました。悪兵衛殿。」

灰音に目礼し、改めて松橋と竜井に礼をする悪兵衛。

「失礼いたします。」


麗らかな秋の日を浴びながら、悪兵衛は退出した。

庭では橘川兄弟が短弓を用いて的当ての遊びをして騒いでいる。

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