二
宿場の外れ、元は漁師小屋だった屋敷に隊士達は寝泊りしている。
日常の世話と連絡の繋ぎに、不知火抱えの諜報員である井上源三郎がつく。
ちょうど六十になったばかりの井上は、その能力に対する信頼が厚い。が、
井上の用意する日々の夕餉は雑穀粥ばかりで、隊士達に不満が溜まっていた。
「おやっさん、こう毎晩粥ばかりでは。浜の宿場だ。もっとうまいものある
だろうに。」
空になった碗を井上に渡した仁悟朗が鼻を鳴らした。
「昼に食っておりますでしょうが。さむらいたる者、節制が何より。」
井上の態度には取り付く島もない。無論、悪兵衛だけは毎晩喜んで粥を
かきこんでいる。
「楓屋の回し手に聞いたんだけど、夜盗が出るらしいね。」
バルザックが碗の白湯を一口飲んで言った。
「夜盗? 」
「うん。宿場に入る街道筋に出るそうだ。だいたい食い詰めて禄を求めて来
た浪人がみぐるみ剥がされるってさ。」
「井上殿、何か聞いているか? 」
「拙者が関知しているのも、いま中佐がおっしゃられた事だけです。」
「いってみるか。」
悪兵衛は木刀を手に立ち上がる。仁悟朗とバルザックもにやりと笑い、
それに続いた。
*
宿場の灯りが遠のいていく。右に砂浜、左に松林の街道を三人は歩む。
それぞれ質素な長着に小袴姿で、一見して浪人風である。が、それぞれの
差料は木刀のみである。
灯りが手元の提灯だけになり、人気も失せた街道筋で三人は歩みを止めた。
バルザックは灯りを吹き消す。
明るい月が夜の海に反射し、辺りは青く沈んだ色味に変わる。
「夜目にしていますな。」
「ただの浪人者ではないな。」
しわがれた声の者とくぐもった声の者が小声で話す。街道沿いの廃屋の中に
何人かの影が蠢いている。
「首代、いかがしましょうや。」
「いつも通りやれ。正体を現したら捕獲する。」
首代と呼ばれた編笠に帷子の武士姿の男は、冷淡な口調で命じた。
「お、でたね。」
バルザックが声をあげた。前方、林の影が分断されたように、音もなく何者
かが現れる。その背後の悪兵衛も宿場町へ続く道を塞ぐように囲まれているのを感じる。前後に二名ずつ。やや離れた所に編み笠姿の武士らしき者。
「刀と、金子。」
前方の屈んだ背の男がしわがれ声をかけた。現れた者達は不気味な程静かで、
波の音が聞こえている。
「渡す物なぞ、無いわ。」
仁悟朗が鼻で笑いながら言った。同時に前方の者が闇に紛れてすり足で
近づき、バルザックの木刀を奪おうとする。その手首をバルザックは握った。
ぐい、と逆に捻る。柄に手を掛けた者は腕を捻られてもんどりうつ。
ごきり、と肉と皮に包まれくぐもった破砕音が鳴った。倒れ込んだ者の手首
の骨はバルザックの握力に砕かれ、尺骨も折れている。
起き上がった者はざんばら髪の間から光る眼で隊士達を睨む。
腕を振ると、盛大な骨の音が鳴った。掌を開閉させている。
悪兵衛はつぶさに観察している。バルザックが投げた者は確実に腕が砕かれ
ていた。が、起き上がった今、それはすでに治癒しているように見える。
「破常力では、ないな。」
静かにいいながら木刀を抜いた。異様ではあるが、弥者の姿はしていない。
仁悟朗は振り向き、背後にとりついている者を確認する。
一人は小柄で中年の者に見える。いま一人は長身の男で顔、身体、腕を包帯
でくまなく巻き、ぎらぎらと光る眼差ししか見えない。
不気味なざんばら髪の男が、飛び出した悪兵衛の突きで吹き飛んだ。
爆発的な威力で鳩尾を突かれた男は、砂煙をあげて倒れ込む。
足元で苦しむ男を、編み笠の者が見下ろしている。
「番所につき出そう。」
悪兵衛が木刀を振りながら言った。そこに背を屈めた男が踏み込み、全身で
ぶつかってくる。意外なほどの素早さではあったが、悪兵衛の体軸はまったくぶれない。踏鞴を踏んだだけであった。片手で木刀を振り上げる。
そこに、体当たりの男が何かを吐きかけた。その場で吐瀉したかのようで
ある。悪兵衛の腕、肩と背後の松に吐瀉物を吹きかけられた。
一瞬で液体は固まり、悪兵衛の右半身が固定され、まったく動作出来ない。
「固められた。異常な力を使う。」
「殺した方が良さそうだな。」
仁悟朗が平然といいながら木刀を抜いた。相対する包帯の男は無手で構えて
いる。何かの力を使う前兆に思える。
悪兵衛に突かれた男はすでに立ち上がっている。吐瀉物を吐きかけた男は、
すでに次の攻撃を準備している。バルザックが一歩前に歩み、脚を高く上げた後、爆発音と共に地を踏みぬいた。強烈な四股である。
前方の者達は吹き飛ばされたように見えた。が、実際は素早く後退し、直撃
は避けている。同時に仁悟朗が包帯の者に斬りつけながら体を当て、至近距
離からの蹴破で吹き飛ばした。二人が同時に前後の者と距離をとるような
攻撃をしたのは、悪兵衛が戦線に復帰する為の時間稼ぎである。
「待て。」
編笠の男が命じた。バルザックの四股や仁悟朗の蹴破にものともせず、
戦意を膨らませていた者達は、ぴたりと動作を止めた。
「戦技か。本閥の侍だな。」




