一
一
春の陽に光る波間。ひしめく廻船と威勢のいい人足の声が飛び交う。
桟橋に係留された弁財船と呼ばれる中型の貨物船より、次々と裸身に褌姿の
人足達が樽や行李を運び出していく。
地元の人足と共に彼らは浦廻船と訪れ、港で労働を提供する。回遊魚にちなみ、回し手と呼ばれていた。
「いいのを入れたねえ。」
「今回だけには惜しいくらいで。」
中堅どころの廻船問屋を営む、迎屋藤兵衛とその番頭の末吉が店前に佇む。
老境に入った二人は、桟橋を行き来する若者を目を細めて眺めている。筋骨
たくましい者達のきびきびとした動作が眩しい。
「しかしあの身体……。」
藤兵衛が指すのは新たに助で入った三名の者で、一人は岩のような筋肉に
覆われた大柄な男、一人はさらに上背のある異人、いま一人はやや小柄で、鋼線を纏めあげたような鍛え抜かれた身体に、まだ少年の面影を残す者。
皆それぞれに壮絶な刀傷をその身に刻み込んでいる。
「国抜けの浪人でしょうな。人品は卑しくありませなんだ。」
「狗族に国を滅ぼされたのかねえ。」
藤兵衛はもう一度若者達を眺め、踵を返した。
昼を告げる小鐘の甲高い音が桟橋に響き、人足達は荷物を下して各々汗を
拭う。
「身体が馴染んだな。」
「うむ。二日目は起き上がれなかったが。」
「悪兵衛は最初から平気な顔してたじゃない。」
悪兵衛と仁悟朗、バルザックが大ぶりな丼と笹に包んだ握り飯を持って
桟橋に座り込み、談笑している。
皆白地に「迎」の紋をいれた半纏を羽織り、仁悟朗はねじり鉢巻き姿で、
すっかり「回し手」が板についている。
この港、須鶯宿に潜入し、迎屋に勤め十日になる。
これより約一月後に執り行われる統合観閲式。開催場所は本州西端の那賀斗
とよばれる城塞である。
多数の兵を逗留させる為、那賀斗にほど近い東の須鶯宿、北の幡殖宿が選定
された。不知火は先行し、隊を二分してそれぞれの宿場に潜入している。
それは、隠密諜報部隊「月光」首領、月皓半蔵より内々に不知火の伊庭にもたらされた情報によって発動された内偵作戦であった。
<統合観閲式の情報が弥者に漏えい、宿場町にて拝殺を企てている>
幕僚内でも一部しか知られていないこの報せを基に、不知火の侍達は迎撃の
準備をしていた。
「しかし、うまい。」
仁悟朗がにかにかと笑みを浮かべながら丼の汁を啜る。
ごつごつとした大ぶりな鯛のあらと大根を煮込んだ漁師汁から湯気があがる。
一口すすっては握り飯にかぶりつく。
「これはうまいね。毎日昼が楽しみだよ。」
バルザックも両手で丼をあおった。
「バルザック、お代わりあるみたいだぞ。」
悪兵衛が眩しい春の陽に目を細めながら、煮炊き場に集まる人足達を目に留める。同時にバルザックは空の丼を持って小走りで向かっていた。
「人足には慣れたが、業務ははかどらんな。」
寝そべった仁悟朗が海原を見つめながら言った。笹の葉を畳みながら悪兵衛
も頷く。潜入したはいいが、これといった手がかりは掴めていない。
起こった事と言えば、荷運びの縄張りを巡って問屋の老人同士が揉みあいに
なったのと、回し手と浪人が酒場で言い争いになり、脚を少し切られた、位であった。
煮炊き場でどっと笑い声が起きる。
見ると半纏を脱いだバルザックが他の人足と力こぶの大きさ比べをしている。
笑い声や拍手で賑やかな様子であった。
「あれは、人を集めるな。」
「バルザックを嫌う者を見た事が無い。」
悪兵衛と仁悟朗は笑いながらその様子を見て、おおきく欠伸をした。
「士道くらいか。道場でいがみ合ってるのは。」
「あれは両方でかいから、狭くて互いが邪魔なんだろう。」
悪兵衛の辛辣な言葉に、仁悟朗は大声で笑っている。
「仁悟、あれは。」
悪兵衛の視線の先、逆側の桟橋に何名かの浪人が集う。うらびれた着流しや、
継ぎだらけの袴姿の者達で腰に二本差している。
そこに係留された屋形船より、きらびやかな衣服に身を包んだ女性が何人も上がってきた。浪人たちはその前後につき、目を光らせる。
「番役に雇われてる浪人と、女達はなんだ?」
仁悟朗もその異様な組み合わせの者らに眉を寄せる。
「あれが旅芸人一座だね。作戦指示にあったでしょ。」
背後に立ち、丼を持ったバルザックが、啜りながら答えた。
化粧を施し、髪を整え、派手な小袖や振袖に着飾った女たちが桟橋を上がると、人足達が集まりだす。浪人がそれを追い払っている。
「指示書にあった。本閥向けの慰労に派遣された者どもだな。という事はあの中に……。」
女達の中に、きっちりと化粧をし、派手な髪飾りを付けた間宮桃乃介を三人
は同時に見つけた。周りで騒ぐ人足達を歯牙にもかけない態度で歩いて行く。
普段はおきゃんな桃の変貌に、しばし隊士達は呆気にとられた。




