奔流
序
厚く暗い雲の下、雪が雨に変わり、静かに降り続いている。
不知火隊長、伊庭辰之進は自室にて書簡に目を通し、それをまた
封に入れ直した。庭に面した障子をあけると、雨音が一際大きくなる。
「織田、参りました。」
織田刑部は入室し、伊庭に深く頭を下げる。
「玲は、出たのか。」
「は。今朝出立し現在半ば程かと。」
いま一人の不知火副長、風祭玲は伊庭の命を受け単身で首府、東京へ
向かっている。
「先程、届いた物だ。」
伊庭は分厚い冊子を文机に放り出した。
本土決戦軍閥師団、統合観閲式実施要項とつづられている。
「拝見いたします。」
「いや、後でよい。持ち帰り頭に叩き込んでくれ。俺には到底入らん。」
伊庭の軽口に刑部は微笑んだ。
統合観閲式とは、幕僚首脳と将軍に対し、本閥全軍が揃い拝謁する式典であ
る。大掛かりな作戦や創隊記念に執り行われる物であるが、それが四十日後に控えていた。副長、風祭は高官達の警護計画を立てるため、伊庭の代理と
して中央に赴いている。
「午後には俺も発つ。しかしここまで屯所が空になった事はねえな。」
「御意。幕僚向けには何と?」
「先行して安全な行程を調査、とかなんとかな。」
「玲と立場が逆では。」
「上からも同じことを言われたわ。」
伊庭は朗らかに笑いながら、花びらにあたり散る雨のしずくを眺めている。
「いま、月皓の報告を見ていた。やはり待ち伏せはある。が、その全容は
掴めていない。」
「では、不知火二分隊と月光が戦力という事に。」
「いや、玄嶽と共に内密に誓野に応援を要請した。輸送隊に戦闘部隊を差し込ませ、待機させる。」
「左様ですか。」
「不服そうだな、刑部。」
「いえ、環太積の協力を仰ぐのはしごく真っ当な作戦と思われます。が、
御頭には危機にあっていただかねば。」
「そいつは手厳しいな。」
「章雪の策故、拙者も驚きましたが……。」
「虚実どちらも用意済みなら、環太積以上の大船ってえ事よ。」
煙る雨を見つめる伊庭の背中に、刑部は頷いた。




