六
青い炎の蝋燭が並ぶ一室。照らされた金の壁には古の神々が描かれている。
それらは大きな円の中に順列を持って並び、雲上より下界を見下ろす。
部屋には黒衣に身を包んだキリヒトノミコトと、その正面に紫の袿姿の者が
首を下げ、控えている。静かにその細面をあげたのはユウギリノヌシであった。衣服の袖の中に腕はなく、裾を組紐でまとめている。
「どうだ、アサツキでの生活は。」
「ミコトの思し召しにより滞りなく。」
ユウギリの声は掠れ、時々空気が漏れる。対不知火戦での影響は重く、以前の高く美しい声は失われていた。
「義手を願ったそうだな。」
キリヒトの静かな問いにユウギリは答えず、俯いている。
「お前は幼少の頃より私の下でよく動いてくれた。もう、良い。」
ぴくり、とユウギリの眉が動く。
「この後、若き者を育て、楽曲に勤しむがよい。」
キリヒトの言にユウギリは顔を上げた。
「ヤツヒロノイクサガミが降りたち、二年。」
「我等の力は日々増し、ミコトの中にマホロバへの道が出来ていると感じています。戦が、始まります。」
「ここで、命をかけねば。父祖に顔向けできませぬ。」
一息に言葉を発した。キリヒトは目を閉じている。
「貴方様は、この戦で自らと共に世界とヤマトビトを亡ぼす御積もりです」
「その礎となるのは、タマミズ率いるこのわたくし以外おりませぬ。」
キリヒトは立ち上がり、明かり障子を開けた。
暗い山道に点々と星のような松明が続き、その頂点のタカマノミヤを照らしている。
「滅びと共にヤマトビトを根絶やしにする道筋は探してはならぬ。」
「また、それが起きたとしてもヤシャビトの世界は続いていく。人々を戦に導き、戦で命終えるのは我々だけで充分なのだ。」
ユウギリノヌシは震えながら俯いた。キリヒトがその横に寄添う。
「お前はもう、自らの涙を拭う事も出来ぬ。」
絹の手布でその頬を押さえてやり、いい聞かせる。
「戦の場にて徒に命を散らしてはならぬ。ヤシャは宝なのだ。」
「タマミズを抜けよ。我の最後の命である。」
キリヒトの静かな一言は、雷のようにユウギリを撃った。
障子の外に光が差した。
漆黒の山影の頂上、紫と白の焔の柱が立ち上っている。
その先は雲を突き抜け夜空へと延びる。
山頂の光を認めた若者が、ムツノナタに報告した。
賑やかな宴の間、弥者達は言葉を潜めて山頂の光に首を垂れる。
ムツノナタは杯を持ったまま、その焔を見つめる。
母屋に続く小振りな橋の途中、欄干に手をついてスバルは見上げた。
黒影の山頂から白い焔が立ち上る。見つめながら表情を引き締めた。
その背後には羽衣と桂姿の儚げな女が寄添っている。
「託宣のお光だ。」
アカネが障子を開け放ち、見つめた。オフネと共に膝を着き、頭を下げる。
スメロキは箸を置き、その紫の焔を見上げる。雲を分け、燃え上がるように、
突き刺すように伸びる光り。畏怖の表情が浮かんだ。
マカミの灰色の瞳が、仮面の奥より打ち粉を振った刀身を見つめている。
白く煙るような粉のついた刃は、闇のような黒色で波間の紋様の刃文も黒い。
クロマシラが手布を渡す。ゆっくりと刀身を拭った先、山上から光が立ち上るのが見えた。
「おお、託宣の」
マカミはクロマシラの言葉に一目見上げ、また丁寧に刀身を拭っていく。
星一つない夜空のような打ち刀であった。
黄金の装飾が篝火で輝く、豪壮な姿の山門の中央。オオジシが振り向いて
山頂を見上げた。
紫と白の焔が雲をわけて天に向かう。前後の弥者達が畏怖の声をあげた。
屹立する焔は天の先に消え、分けられた雲間から星々が見える。
「アシタノトラ。」
我知らず、弟の名が口に出た。
アサツキの宮を退去したキリヒトは石畳を歩みつつ見上げる。
街の灯に山腹まで照らされたタカマガハラの頂上、
白く輝き、屹立していた焔の柱がやや弱まり、紫の煙のように棚引き、
やがて消失した。
「乾坤穿つは、あの火か。ヤシャか。」




