四
アシワラの国と呼ばれる弥者の王国。その首都たるのがここセイシュウの都である。上品で繊細な寝殿造の寺院と質素ながら機能的な長屋が立ち並び、其々王と呼ばれる八名の将軍達もこの地に居を構えている。
午後、柔らかな陽が差す町外れの訓練場に、若い弥者達が集い、教練に勤しむ。年齢が十そこそこの若年組も走り込みや組打ちを行い、東屋になっている道場の周りにその父母たちがはらはらと見守っている。
中央の運動場の脇に砂場があり、その周囲に人垣が出来ている。
カクリャキと呼ばれる格闘技の試合が行われていた。
均整の取れた筋肉質な細身の上半身に下履き、腕を固く麻布で固めた
ウネビノヒコが両拳を前に突き出して、身体を揺らし、攻撃の隙を伺う。
対しているのは子供のような小柄な男で、同様の姿をしているが、やや年長の顔つき、発達した胸筋と腹が波打ち、背を丸めた姿は獣のようであった。
ウネビが一歩飛び出し、しなるような下段蹴りを繰り出すと同時に、小柄な男はその胸元に飛びだし、素早い鉤突きを放つ。体制を崩しながらもウネビは肘をあげて防御するが、飛び出した攻撃自体が「誘い」であり、すぐに着地した男は、地を掃くように回し蹴りを放つ。
ウネビはしたたかに脛を打たれ、もつれる様に倒れた。小柄な男はとびかかり固めた肘をウネビの眉間に打ち下ろそうとする。が、すんでの所で止め、
身体を離した。
「打たないのか?罠を張っていたんだが。」
ウネビはにっこりと笑いながら起き上がる。対する男は見下ろしながら睨む。
「訓練にならん。ミハカノヌシ、手を合わせんか。」
腕を組んでみつめていたミハカが口を開く。
「俺は手加減できぬぞ。」
「望むところだ。貴様らイハノビトが我らと作戦を共にする話は聞いているだろう。少々選定せねば、脚を引かれるわ。」
男は侮蔑の表情を見せた。
「貴様、ロシノヒコ。」
ミョウケンが髪を逆立たせ、燃えるような瞳で睨みながら一歩前に出る。
「そこまで。」
床几に腰をかけていた銀色の髭を蓄えた屈強な老人が静かに声をかける。
一触即発であった両者は一歩引き、頭を下げた。
「イハノビト。お前達は年若く力がある。ヤシャビトの未来をその背に負う
責任がある。経験多い年長の者に教えを乞うのは決して恥ではない。」
「タケオビト。お前達はマカミノミコトの元で力を揮う精鋭である。それは
ヤシャビトみなの剣であり盾である。年若い者を正しく導くのも在るべき理由ではないのか。」
老人の静かな声に両者は首を下げたままであった。
「では、打ち込みの後に型に入る。」
紅の陽が差し、若者たちの影が伸びる。一段となって走り込む者達の向こう、
訓練を終えた数名の者が、髭の老人の元に集っている。
ロシノヒコと呼ばれた小柄な男が改めて老人に頭を下げる。
「クロマシラ様。訓練では畏まりました。」
「もうよい、ロシノヒコ。」
「しかし、連中の鼻は今のうちに折らねば戦場で死ぬぞ。」
無精髭の長身の男が言った。他の者も頷く。
「あれらはマコツヤシャ。元々もった気質だろう。」
涼しげな瞳をした長髪の男がやや笑いを含んだ声色で言った。
マコツヤシャとは、人間が変貌した弥者ではない。弥者の両親を持つ、生まれついての者である。
一般に、生来もっている破常力も強力で、その自尊心も高いと言われている。
対する多くの者はイリノヤシャと呼ばれ、マコツヤシャはそれを下に見る性質があった。
「打ち負かすのではない。力を見せ、共に学び、ぶつけ、認めてやらねば、若者は決してついては来ぬ。お前達が護ってやるのだ。」
タケオビトと呼ばれるマカミノミコト直轄の弥者達のまとめ役がこのクロマシラノカミと呼ばれる老人であった。有能な参謀であり、マカミの右腕である。
クロマシラはタケオビトを引き連れ、訓練場を去る。
その姿をミハカノヌシが腕を組んで見つめている。
*
星が瞬き、遠く黒い山々を眺める縁側にマカミノミコトが座している。
山上には細く弓なりの朱い月があがった。
背後にはクロマシラノカミが控え、本日の顛末を報告した後である。
マカミは静かに杯を飲み干した。
「能々(よくよく)言い聞かせましたが……あの人びとは相容れない物が強く根差して
おりますようで。」
マカミは杯をクロマシラに渡し、酒を注いだ。
クロマシラは一息に飲み込み、息を吐く。
「いかなしましょうや。アガキミ。」
雲間に細い月が見え隠れする。
マカミは静かに眺めたまま黙している。




