三
青緑の光の中、竹林が風で揺れる。
朝日が差し込む先に、瀟洒な館が見える。
広大な屋敷ではあるが、飾り気のない門に白木と檜皮葺一枚の屋根が
その主の気質を映しているようであった。
面姿のスメロキが門番の弥者に招き入れられる。
内には左手に車宿があり、見事な牛車が止められ、その傍らには馴染みの
巨大な牛が佇んでいる。灰色に白斑の額を撫で、その足で屋敷に上がり、女孺
と呼ばれる官女が奥へと案内する。
殿所を超えた先、丁度門と東西逆の位置に西の対と呼ばれる書間があり、
スメロキは膝を着いて明かり障子を開けた。
「御師さま、お早うそうらいます。」
「おはよう。」
書間の奥から穏やかな声を掛けた男は、アシタノトラノミコトであった。
タカマノミヤでの厳粛な服装とは打って変わり、結いあげた黒髪の両脇の角は織物で隠され、黒に灰の刺繍の質素で美しい衣に身を包んでいる。
しずかに書付を広げ、注釈を書き足している。
スメロキは卓につき、革袋より巻物と筆箱を取り出し、準備を始める。
「では、昨日の続きからだ。カミシロの山の鉱石について。」
唄のような朗々たるアシタノトラの声が響き、ゆったりと勉学の時間が過ぎて行った。
中天に陽が輝いているが、竹林は風の葉擦れの音と共にその温度も吹き攫ってしまう。
アシタノトラの館の者達はにわかに昼の用意に動き出した。
午前中の手習いを終え、西の対を出たスメロキは庭を横切り、東廊に入る。
その先には東の対の間があり、すでに騒がしい声が聞こえてきている。
開け放した妻戸から、元気の良い子供達が飛び出してくるが、皆スメロキを
認めるとその場に立ち止まり、深く頭を下げた。
スメロキは微笑みながら一人ひとりの頭に手を置く。その最後に、嫋やかな女官服の女性が現れる。長い黒髪に細面、優し気な表情をしている。
「ユリオ様。」
スメロキは居住まいをただし、目礼する。
「ミコト、本日のマナビネリは?」
「覚えねば成らぬ地名と技術が多数。算術の方が好きです。」
「得意な事ばかりはいけませぬ。」
優しく笑いながらユリオと呼ばれた女性はスメロキの肩に手を置き、作泉を
望む手摺にむかう。
「主人は、イクサビトの編成の件は話しましたか?」
「いいえ。一言も。」
「そうですか。イハノビトの皆が気を揉んでいます。心ここにあらず。」
「私から話します。」
「その方がよろしい。」
ユリオノヒメはアシタノトラノミコトの妻である。
また、アシタノトラと共に子供達に勉学を教授している。彼女が気にかけている学徒、イハノビトと呼ばれる者達はスメロキ直属の配下だが、皆若年であり、
スメロキ共々日々勉学に励まねばならなかった。
東の対の間をのぞき込み、スメロキは思わず苦笑を漏らす。
束帯姿の若者達が口々に声をあげながら机に向かっている。
「マカミ様はわかる。誰もが認めるイクサガミのヤシャだ。文句は無い。」
「だがその配下のタケオビトの連中と我らが一緒にされては叶わん。」
両脚と筆を投げ出し、天を仰いで青年が言い放った。
弥者が大量に潜入工作を行っていた予篠学園。その頂点である武団会において男子武芸総長の鏑木と名乗っていた弥者、ウネビノヒコである。
その隣には長身の大弓使いの女子、穂乃村。弥者の名をミョウケンノヒメという。背後に小柄な女子武芸総長、八坂。同じくカタガイノヒメといった。
三人は渋々ユリオよりもたらされた書き取りの練習を行っている。
「ウネビが騒いでマナビネリが遅れた。」
鼻を鳴らしてカタガイが言った。若年に見えるが他の者と年は二つしか
違わない。今年十六である。
「口を閉じて終わらせねば、お昼に間に合いませんよ。」
三人を笑いながら見つめるのは、桐山と名乗っていた女性で、ウツセミノヌシ。その横に立つ元副会長、ミハカノヌシがスメロキノミコトに気が付き、首を垂れる。
「ミコト、お恥ずかしい。」
「どうしたんだ。外まで聞こえていたぞ。」
皆スメロキに向かい、改めて礼をする。
「マナビネリの最中にウネビが攻撃隊の編成の話しをミハカにして、騒ぎ出したのです。この、あほう。」
「あほうとはなんだ。このでか女。」
ウネビとミョウケンが歯をむき出してにらみ合っている。
「やめないか。ユリオ様より頂いた書き取り、終わらねば昼飯はないぞ。私も手伝おう。」
スメロキは苦笑しながらウネビの元に膝をつき、書き取りの手順を見てやる。
ようやく三人共肩を落とし、おとなしく筆を走らせ始めた。
「やれやれ。我がミコトおらねば手綱がとれぬ。」
困り顔のミハカが漏らす。ウツセミが笑いながら頷いている。




