二
「アシタ様。よろしいか。」
紫に黒の丸紋の直垂姿のスバルノミコトが口を開く、仮面をはずし、弥者達を見回した後に語り始める。
「ビャッコの参謀、織田刑部の力は忌々(ゆゆ)しきものである。」
「後々の対応に関わらず、幾多の企てを阻止されたのもこの者に拠る所が
大きい。我のヤシャヂカラも半ば看破されている。」
スバルの静かな声に、他の者達に動揺が走った。
「オオキミの力により、壊滅に近い状態であったビャッコの軍団は徐々に
力を取り戻し、烈火の侍のような者も生んだ。」
「我を含め、対侍の特別攻撃隊の編成を望む。」
スバルは一旦言葉を切った。ムツノナタが大きな音を立てて膝を叩く。
「よい案である。我が立ち、奴らを屠ろう。」
「ムツノナタ、我主は構成にいれておらぬ。スメロキを推す。」
「何と。スバル様。」
「ではスバルノミコト、貴方がスメロキノミコトと連れ立ち、対侍の攻撃隊の配下を持つという事ですか?」
キリヒトが尋ねた。ムツノナタは俯き、膝の上の拳を固めている。
「否、我らを統率する者、マカミノミコトにお任せしたい。」
皆の視線が、灰色の毛皮に藍の狩衣姿、獣を模した仮面のマカミノミコトに
集まる。一切の感情がないような静かな姿であった。
「スメロキ、いかな思いだ。」
「スバル様と共に戦います。」
「マカミ、どうだ? 」
「承った。」
オオジシの言葉に両名は即座に答える。
「では次。クサワケゴトの報告を私から行う。」
アシタノトラが話を進めた。
*
扉を開け放った縁台からは、緑の枝の間、長く続く石段とそこに集う者達の姿が見える。
弥者達が退去したタカマノミヤに、オオジシノミコトが一人座し、下界を眺めている。紐尾を解き、仮面を置いた。
堂々たる眉にしっかりとした鼻梁、逞しい骨格、金色の瞳。王としての威厳と戦士としての畏怖を併せ持つ容貌であった。
その隣にアシタノトラが静かに座る。三方をオオジシに差し出した。
「コウサコです。」
「お、これは良い。」
オオジシは大らかに微笑むと、砂糖を練り、花の形にした菓子を摘む。
アシタノトラも面を外した。黒髪に、優し気な瞳。思慮深い容貌の男ではあるが、面立ちがオオジシとよく似ている。
「スバルはスメロキを買っておるな。」
「若く類いまれな力と魂を持ったヤシャです。」
「先鋒となる事、お前は何を想う。」
「イクサガミとしての力は疑いのないところ。……しかし心根は優しく、賢い者です。あと一年は手元に置きたかったのですが。」
「そうもいかぬか。」
「スバルがあそこまで云うのなら。」
アシタノトラはコウサコを手にとったまま、薄紫の空を見つめている。
オオジシは穏やかな表情で菓子を咀嚼する。
「スバルは変わった。剣において自ら以外を決して認めない男であったが」
「マカミと交わり、変わりました。」
「良き事。」
オオジシは控える者に目で頷く。程なくして盆に酒を乗せて現れた。
「アシタ。」
杯を渡す。アシタノトラは手で遮った。
「兄上、まだ日が高く、仕事が控えております。」
「これも、良き事だ。」
オオジシの笑顔に根負けし、アシタノトラは杯を受け取った。
*
山門を出たスメロキの前後に付いていた弥者が深く頭を垂れ、送り出す。
スメロキは頷き、歩みだすが、脚を止めた。
「オフネ、アカネ。迎えはいいといったのに。」
品の良い白髪頭の老婆と体格のよい短髪の娘が笑顔でスメロキを待っている。
「ミコトともあろう方がそぞろ歩きはいけませぬ。」
「うち一人でいいっていったのに、オフネも来るって聞かないんさ。」
口々に言い立てる二人にスメロキは閉口する。
「ミコト、荷物は?」
「ないよ。」
すらりとしたスメロキノミコトよりも頭一つ背が高く、健やかさを絵に描いたような娘は、スメロキの背後から連れ立って歩く。老婆も矍鑠とした様子で、スメロキの編んだ髪を甲斐甲斐しく直す。
三人の横を、橙の直垂姿の弥者達が並び立っている。皆屈強で秀でた体格の者達であった。それを掻き分けるようにして、さらに巨大な弥者、ムツノナタノミコトが現れる。
スメロキとムツノナタは膝に手を置き、互いに深く礼を交わした。
「スバルノミコト程の方が其方を推した。これは中々ない事である。」
「大変、名誉な事を思っております。」
「ヤマトビトとの一騎打ちの戦士団。これは我も是非にと思ったが、漏れて
しまった。口惜しい限りだ。」
「ムツノナタ様は大きな戦、多数のヤシャビトを導く光を持つと思います。
また、スバル様はそこに大きな信頼を寄せています。」
「うむ。自らの場所で力を尽くすべきだな。」
「深慮と遠謀、痛みいります。」
「よせよせ、お前も尊い者なのだ。」
豪快に笑いながら、ムツノナタはスメロキの肩に手を置き、橙色の戦士団を
引き連れて階段を降りて行った。スメロキは頭を下げ、見送る。
すぐにアカネが大声をあげた。
「ミコト! 名誉な事って? 」
「何かあったのか?包み隠さずばばにいいなされ。」
「うん。館に帰って話すよ。」
「だめさ。今教えてよ。」
「そうじゃ。気になるわえ。」
「だから迎えはいいっていったのに。」
スメロキは困り顔でため息をついた。
「さあ、帰ろう。腹が減ったよ。オフネの魚を炊きこんだ飯がいいな。」
得意げなオフネの顔を見て、アカネが頬を膨らませる。
「あれは、うちも得意だもの。」
「アカネは蜜柑をいれて酸っぱくしたじゃないか。」
「あれ、失敗だもの! 」
アカネの金切り声で、スメロキは笑いながら階段を下りていく。
雨はやみ、暖かい陽が差すと共に、虹が輝いている。




