十
「烈火の侍。……いつも炎と共に現れるな。」
スメロキノミコトが落ち着いた声で言い放つ。すでに二人は剣の間合いに
入っているが、腰の太刀には指先すら触れていない。
深い緑の瞳が悪兵衛をじっと見つめている。
「斬る。斬って取り戻す。」
悪兵衛は両手に琿青を握り、ゆっくりと変形上段に構えた。低い金属音を上げて
刀身が吠える。
燃え広がる炎と同様に、憎しみと怒りで身悶えする獣の表情がふと、
無となった。
眼前の弥者の将軍すら悪兵衛の眼に映らない。
暗闇の中に幾つもの光が生まれ、全身に充溢する。
「旭光」
閃光と強大な破壊、衝撃の渦で形成された死の爆壁が撃ち上がった。
「お前達も異常な戦闘力を持っていると聞いた。ビャッコのサムライか。」
橘川兄弟の眼前にスメロキノミコトが立っていた。
その向こうに旭光を射出した悪兵衛が見えている。
異様な光景であった。スメロキノミコトは移動したわけではない。
「最初から其処にいた様」であった。腰の太刀をゆっくりと引き抜く。
橘川兄弟は両翼に破双で飛び出した。同時に一圓は小剣、一真は弓を射出する。
左右同時に飛び道具の的になる。その射手は天才の二人である。躱せるはずも
無い。だが朧丸は見た。瞬間にスメロキノミコトの全身が発光する。
次いで、旭光を射出した悪兵衛が「何もない空間」に向かって剣を立て、防御の姿勢をとる。そこに、スメロキノミコトは出現した。
全身が黄金に光り、放電している。
稲光の塊のような剣が悪兵衛を撃った。構えて受けた悪兵衛はそのまま
吹き飛ばされる。空中で姿勢を制御し、かろうじて膝をついた。
「何だ奴の破常力は。」
「一瞬で移動してる。」
橘川兄弟が叫んだ。朧丸の脳裏に(神代の力)という言葉が浮かぶ。が、すぐに
それを振り払った。
いつのまにか天守の柱まで炎が包み、天井板に燃え広がっている。
炎の波がうねり、旭光に破壊された梁が崩れ落ちた。
一瞬で出現したスメロキノミコトが桐山を抱え、階段の位置まで配下を
下がらせる。中央の御座に炎に包まれた梁が次々と落下した。
朧丸は恐慌を来している冬麻と澤居の帯に金具を通し、柱から鎧戸に伸びる
鋼線と縄で接続する。同様に鋼線に掛ける金具を橘川兄弟に渡した。
鋼線は鎧戸の外、城外に向かって伸びている。
「帯に繋げ。滑降して脱出する。悪兵衛! 」
炎の壁の向こう、スメロキノミコトと対峙する悪兵衛の背中に、朧丸は叫んだ。
「悪兵衛。お前は炎の中より立ち上がり、我の前に現れる。」
スメロキノミコトの言葉が業火の中で響く。琿青が振動し、その声を
再生しているようであった。
「だが焔はいつか」
「お前自身を焼き尽くす。その身も、その魂も。」
悪兵衛は琿青を握り、絶叫した。
天守閣全体が炎に包まれ、めりめりと悲鳴をあげている。
「悪兵衛。」
朧丸が悪兵衛の腕を握った。
「仲間が待っている。播磨少佐。」
*
天守閣から堀を跨ぎ、周辺の木立の中でも一際大きな欅に鋼線は繋がれていた。
朧丸が最後に滑空する途中で、鋼線が切断されると共に、炎に包まれた天守が
崩落を始める。
着地地点には灰音章雪が待っていた。
「話は後程伺います。学園に多数の弥者が潜伏している事がわかりました。
包囲されるまえに脱出します。」
膝をつき、放心している悪兵衛に灰音は寄添った。
「悪兵衛殿。報復とは。」
「……報復とは不なる攻撃に対し正なる行いを持って同等の打撃を用い報いる事
なり。」
灰音の言葉に悪兵衛は反応し、繰り返し唱えた隊規を反芻する。
「章さん。」
立ち上がった悪兵衛の肩に手を置き、灰音は頷いた。
「外堀に脱出用の船舶を用意しております。」
木立の陰から朧丸が現れた。
橘川兄弟が燃え落ちる天守を見上げている。
「あの炎で弥者達が死ぬとは思えん。」
「破常力無しで勝負を仕掛けてくるとはね。」
「そういえばあの二人、よく勝てたな。」
一圓の視線の先に呆然と灰音に従う、冬麻浅海と澤居今日子がいる。
「中佐、私達は。」
「戦闘なら参加できます。」
「いえ、今回はあくまでも訓練です。まさか弥者との戦闘を想定はしていませんでした。貴方達を危険な目に合わせてしまいましたね。」
灰音と女子学徒達の会話に、悪兵衛と橘川兄弟は顔を見合わせた。
「章さん、どういう事なんだ。」
「彼女たちは来期の本閥選に合格した、新卒の不知火隊士です。」
「学園生活という事で内偵の訓練に参加していたのですが、飛んだ事になってしまいました。黙っていて申し訳ありません。」
灰音の言に、三人は絶句した。
冬麻と澤居は改めて敬礼をしている。
「灰音殿、こやつらは命を落とす所でした。」
一圓の言葉に灰音は立ち止まった。
燃える天守閣を背に、その表情は陰になって読み取れない。
「そこで終わるのであれば、不知火は務まりませぬ。……貴方達もよくわかって
いる筈。」
灰音の静かな言葉に、冬麻と澤居は震撼した。
篝火のように輝く天守閣を後にしながら、不知火隊士達が船に揺られている。
外堀はやがて畿瀬川と接続し、その先に環太積の用意した脱出艇が控えている。
暗闇の中、悪兵衛は目をつぶった。
業火の中で対峙する弥者の姿が鮮やかに浮かぶ。
「だが焔はいつか」
「お前自身を焼き尽くす。その身も、その魂も。」
スメロキノミコトが残した言葉が、何度も残響していた。
羅刹燃ゆ 了




