九
格子壁の向こう、広間の中央に御座があり、白の仮面の総会長が座している。
その頭部からは見事な一対の角が屹立し、全身から靄のような気が漂っている。
背後には紫の制服に身を包んだ武団会の長達、その手前にミハカノヌシと
呼ばれた副会長が背を向けている。
皆、うずまく戦気を見にまとった弥者に変貌していた。
一真が矢を引く。天井に縄で括り付けてある金具を撃ち抜き、箱階段の天板を
下した。これで背後から学徒達の弥者が迫る事はない。
総会長の左隣り、桐山優佳が寄添っている。その額には小振りな角が生え、
髪色が槿花色に変色しつつある。
「桐山殿。」
思わず悪兵衛が声をあげた。桐山は答えず、微笑を貼り付けたような表情を
している。背後の男子武芸総長が鞘を鳴らして見事な長剣を抜いた。
武団会達は皆、弥者の物と思われる精緻な装飾を施された武具を手にしている。
ミハカノヌシは、翡翠の宝玉の飾りの両刃の剣を抜いた。その柄には美しい
組紐が下がり、先端に黄金色の錘が揺れている。
「あの女。俺たちの事は筒抜けだったって事か。」
「なぜ全員で待ち伏せしなかったんだろう。」
「どうも、恨みのある俺と其々が手合わせしたかったようだな。」
悪兵衛の言と共に、ミハカノヌシが紐を回転させる。高い、笛のような音が、
黄金の錘から響き始める。
「カ ゴ ノ ハ」
呪言と共にミハカノヌシは錘を撃ち出した。悪兵衛は咄嗟に木刀で受ける。
強烈な衝撃と共に、奇妙な感覚が襲った。
撃ち出された錘の打撃が、接触した刃に連続で伝わってくる。
一撃を耐えた筈が、同一個所にわずかに時間をずらし九度。悪兵衛の木刀は
砕け、内部の芯鉄は熔解した。
あまりの衝撃に悪兵衛は手元に残った柄を取り落とした。震えがきている。
「悪兵衛。」
「連続攻撃の破常力と思われる。強力だ。」
ミハカノヌシは錘を鋭く回転させ続ける。
「私がやる。」
異国風の刃先の薙刀を持った女子武芸総長が歩み出た。八坂静枝と
名乗ったが、その容姿はすでに弥者の戦士のそれであり、同様に変貌した姿の
男子武芸総長、鏑木が割って入って止めた。
「俺だ。ヤマトビトの姿では窮屈でいかん。」
「どけ。仇を討つ時が来たのだ。」
「カタガイ、ウネビ、控えなさい。ミコトの御前であります。」
桐山が静かに二人を諫め、両名は剣を下した。同時に総会長が立ち上がる。
他の者は皆膝をつき、頭を下げた。
総会長は静かに紐を解き、仮面を落とす。
細面の端正な顔つきの青年であった。碧玉のような瞳をし、栗色の豊かな髪を
細かい装飾具で編み、背後に流している。
「スメロキ。」
悪兵衛が喉の底から声を絞り出した。
スメロキと呼ばれた弥者の長は静かに見つめている。
「こいつがスメロキノミコトか。」
「悪兵衛、尊級に配下の戦闘型弥者四名は手に余るよ。こちらには民間人も
いるんだ。」
顔色を変えた一真が悪兵衛に耳打ちする。悪兵衛は振り返り、冬麻と澤居を見た。
「悪兵衛、無理だ。兵装も無しで戦えるか。」
「お前たちは彼女たちと共に降下破双で脱出せよ。」
「お前は?」
「スメロキを殺す。」
髪を逆立て、拳を握りしめてスメロキを射る様に睨む。
武団会を名乗っていた弥者達は薄ら笑いを浮かべて悪兵衛を眺めている。
夫々が対侍との戦闘に習熟し、かつ悪兵衛の旭光をも知っている。それ故の
余裕の態度に見えた。今は無手の若者三人と女子学徒。勝負になりえぬ対立で
あった。
悪兵衛は弥者の長に一矢報い、橘川兄弟達を脱出させる事が、自分の最後の
任務と覚悟を決めた。
「粗忽者め。丸腰で尊級と殺し合うつもりか。」
鎧戸が外れ、黒装束の男が顔を覗かせている。朧丸であった。
「中佐からだ。」
刀袋を悪兵衛に放る。受け取った瞬間、その重量に不敵な笑みが零れた。
黒漆の濡れたような光を放つ鞘を腰に差す。手にしっかりと馴染んだ拵えが
触れた刹那、自信と戦意が溢れる。
悪兵衛は道場の中央に歩みながら、ゆっくりと琿青を抜いた。
青い火花が迸り、床に落ちて爆ぜる。
予篠総会で感じた憎しみの奔流を全身に受けた。
魁音刀を手にした悪兵衛に対し、弥者達の表情は悪鬼のように歪む。
配下の者達は一歩引き、絶対の攻撃手段を持つ侍に警戒した。
中央のスメロキノミコトだけは、静かに悪兵衛に見つめていたが不意に左右に
視線を走らせる。
一対の太い天守の柱から黒煙が上がり始めている。ぶち抜きの構造の階下から
であった。床板の彼方此方からも煙が漏れている。
階下からは学徒の姿を模していた者達の騒めく声が響く。
弥者達の一刹那の隙をつき、朧丸が飛び出す。腰の皮筒の液体を半円に撒いた。
残りを口に含み、一気に火炎として吹き出す。
悪兵衛達と弥者達を分断するように、炎の柱があがった。
「悪兵衛、行くぞ。」
朧丸は踵を返そうとするが、我が目を疑いもう一度前方を見つめる。
スメロキノミコトが炎の壁を越えて悪兵衛と相対していた。




