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不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
139/210

七


御輪堂三階は中央に環輪状の足場の畳が敷かれ、その周囲を弓と弩弓、投剣を

携えた赤服の学徒達が腰を下ろしている。

練習用の小弓と矢羽を二本持った一真の対角線上向かえに、紫の制服の大柄な

女子が大弓を構えている。燃えるような赤髪に日に焼けた肌、とび色の大きな瞳

が一真を見つめる。

階段を上がり切った一圓はその状況を一瞥した。

「射斗《しゃとう》か。手は。」

「無手。」

一真は答えながら前方の女子を眺めている。

射斗とは弓術における模擬戦である。円状の足場を回転移動しながら射手同士で

撃ち合う。防具無しで行うのは非常に危険な試合であった。

射撃回数が決められており、二射で行われる一手、四射の二手、射撃回数が無制限は無手と呼ばれる。紫服の傍らに赤服の女子学徒が侍り、取矢方《とりやがた》と呼ばれる矢筒を持ち補給する役目を担う。

「取矢をやろうか?」

「いらない。」

一圓は腕を組んで不敵に微笑みながら一真の言葉に頷く。一手で勝負をつける

つもりである。その表情はいつも通りで気負いは全くない。

階段を冬麻と澤居が上がって来た。

共に口元や鼻血を拭った跡、瞼が腫れている。

「お、何だ。勝ったのか。」

一圓の気楽な物言いに二人は頷いた。必死で戦ってきた表情が見て取れる。

「二人同時に相手をするって女子武芸総長が。」

「それでも相手を倒したなら立派立派。」

冬麻と澤居は二人がかりで辛くも勝利したが、剣術部にて一圓が男子武芸総長を

事もなく打ちとった事を知っており、戦慄を覚えている。

そんな思いも束の間、澤居は一真の相対する者を見て息を飲む。

「射斗……投擲武芸総長。」

「一真君、辞めた方がいい。彼女は異常者よ。」

一真の背後から震える声をかける。

「穂乃村《ほのむら》絹。練習仕合で見たの。射斗で眉間を狙えるなんて。」

環輪状の足場を移動しながら相手を狙い討つ射斗は、まず当てる事が難しく

基本的に胴、または下半身を狙う。頭部に的中させるのはほぼ偶然で、

狙って行う事は非常に高い技術が必要であり、闘技者間の実力に隔たりがある

場合であった。

一真は澤居の言を聞きながらすり足で移動する。穂乃村は睨みつけながら

その対角線状を進む。

彼女は大弓をおろし、構えた矢は足元を指している。不意に一気に弦を引き、

矢羽を撃った。武道場の中心辺りで床に跳弾した矢羽はまっすぐに一真の頭部に

向かう。冬麻と澤居は息を飲んだ。

一真は首を傾け、その矢を避ける。速度、威力共に恐るべき膂力で撃ち出された

射撃であった。

「悪兵衛は上がったよ。先に行っていい。」

「奴は一人でどうにかなるだろ。面白そうだから見物する。」

一真の言に一圓は普段通りに答えた。

「橘川一真。撃たぬのか?」

穂乃村は鋭く声を上げながら二射目を放つ。武道場中央の柱の一本に当たり、

またも跳弾で一真を狙う。一真は予期していたように半身で避けた。

「手妻《たづま》で勝負するのかい?」

跳弾の技術を曲芸と侮蔑した一真の言葉に、穂乃村は色を変える。

眉が吊り上がり唇を引き結ぶ。

緩やかに歩んでいた脚を止め、力強い打起こしの動作から引分けに入る。

水をうったような道場に、きりきりと大弓を軋ませる音が響いた。

一真はあえて的になるかのように脚を止め、矢羽を口に含んだ。

弓弦の鳴りと共に矢がはしる。一真は穂乃村の気が満ち、矢が放たれる直前に

小弓を構え、撃った。

乾いた音と共に穂乃村の放った矢羽は一真の矢に砕かれた。直後その軌道上の

二撃目が穂乃村の眉間に直撃する。白目をむいて穂乃村は倒れた。


冬麻と澤居は息を飲み、何が起きたか理解できない。

一真は走り羽と呼ばれる上向きの羽に口中で水分を与え、矢の軌道が不安定に

なる代わり、強烈な回転をあたえて穂乃村の「矢を射撃」した。一真の挑発に

怒った穂乃村が、眉間を狙ってくる事はわかっていた。次いで、

小弓の機動性を利用し電光石火の二撃目を射出したのだった。

「草壁殿の技じゃないか。」

「悔しかったからね。練習していたんだ。」

橘川兄弟が道場の中央を歩み、階段に向かう。女子二人は慌てて後を追った。

「これ、借りていくか。」

一真が穂乃村の使っていた大弓を拾う。

「一真君。やっぱり君は逸鏑流の。」

澤居に詰め寄られ、一真は仕方なく頷いた。

「本家……家元なの?」

「いや、総師範だ。家元は俺も叶わない天才がいるからね。」

一真は先に階段を上がる一圓を見上げて笑った。


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