四
明くる日、午前中の授業を終えた学徒達は校庭に集められた。
演武台が設置され、松の紋様の校章のついた陣幕が張られている。
空には雲一つなく、輝く陽が校庭に残る雪を溶かしつつある。
予篠総会と呼ばれる全校集会が期に一度催される、本日はその日であった。
学徒は所属する部でまとまり、割り当てられた場に腰を下ろす。
剣術部の末席の橘川兄弟が、いち早く書道部、女子学徒の端で肩をすぼめている
悪兵衛をみつけ、笑いを堪えている。
演武台の正面に五つの床几が設われ、その周りを赤服の学徒達が直立不動の
姿勢で囲む。
教員達もすべて揃い全員が起立する中、鮮やかな紫の詰襟に身を包んだ一団が
現れた。
五名の紫の男女がそれぞれ床几に腰かける。
「あれが、武団会か。」
「そうみたいだ。」
一真が細かにその学徒達を観察する。朧丸からの学園の情報にあった、在校生の
自治の指導者達である。男子武道系、女子武道系、投擲武道系の総長と共に
会長、副会長で構成され、学徒の頂点の者達であるという。
「一圓、会長と副会長をみなよ。」
今紫の制帽と詰襟に身を包んだ学徒総会長は、細身の長身に白塗りの仮面、
詰襟の上に外套を羽織った副会長は総髪に黒の仮面であった。
(仮面。弥者のようだ。)
悪兵衛は向こう正面方向に座している学徒総会長を見つめる。
静かなその立ち居振る舞いに心がざわつく。仮面の黒い孔からはその瞳が
読み取れない。言いようのない不快感を感じ、視線を下した。
初老の校長の挨拶の後、教員から地方大会における部団の成績が発表され、
その部長達が壇上で表彰を受ける。精彩を欠く内容であったが、発表の度に
ぱらぱらと拍手が起きた。
次いで、武団を代表して剣術部の長と部員の計三名の赤服が壇上にあがり、
演武を披露する。構え、振り、戻る。東国風の優美な型が連続して行われていく。
「心揮流だな。」
「香田さん、わかりますか。」
「流れが悪い。踏み込みの修練が足りぬな。」
鷹揚に語る香田に、岡島が相づちを打つ。
脚を崩してぼんやりと眺めている一圓に、一真が袖を引いて書道部の一角を
指さした。陽の光のした、女子たちの末席の悪兵衛が居眠りをしている。
凡庸な演武が終わり、さざなみのような拍手と共に赤服達が礼をした。
「香田行信、三年。昨日剣術部の門を叩いた。」
香田が立ち上がり、割れるような大声で言い放った。
「剣術に力をいれ、全国大会での結果を残すためには現行の部長では心許ない。
自分が立つと共に、稽古の内容を変えていきたい。」
「ついてはこの場で部長に試合を所望する。勝負如何によってはこちらの要望を
通してもらいたい。」
転入組達の驚きの歓声が沸いた。
対して、在校生は水を打ったような静けさである。
「剣術部部長、村山一之進。お受けいたします。」
細面の赤服が抑揚のない声で答え、蹲踞の姿勢をとる。香田は肩をいからせ
ながら壇上に上がり、刀袋より木刀を取り出した。
転入組の者達が声援を送る中、試合が始まる。
香田は踏み込みと同時に鋭い振り下ろしを三度、四度と打ち込む。が、赤服は
のらりくらりと受け、躱し、距離をとる。焦れた香田が突きを狙った瞬間、
それまで見せなかった素早い剣で、香田の小手はしたたかに打ち付けられた。
右の手首が骨折している。
香田は腕を抑え、座り込む。勝負はついたかに見えた。
村山は上段に構え、座り込んだ香田の延髄にむかって無造作に振り下ろす。
その腕を悪兵衛が抑えた。
「何をする。死ぬぞ。」
初めて在校生達が騒めいた。異変を感じた悪兵衛は、破双で壇上に飛び上がり
既の所で赤服の剣を止めていた。
「何だ貴様は。氏名と学年、所属を言え。」
身動きの取れない村山は、その膂力に驚きながらも表情を変えずに問う。
「播磨悪兵衛。二年、書道部。」
悪兵衛の低い声が流れた。決して大声ではない。が、腹の底に響く。
紫の詰襟の者達が一斉に立ち上がった。
白の仮面の総会長のみ、座したまま悪兵衛を見つめているように見える。
「貴様が仕合をするつもりか。ならば剣をとれ。」
怒りに震え、村山が腕を振りほどこうともがく。悪兵衛は無言で左の腕も
極め、背後に回って投げ上げた。両腕を決められた状態で中空に弧を描いて
放たれた村山は受け身も取れず、壇上から転げ落ちた。
裏閂投げと呼ばれる技であったが、本来は組みつきを解かず、地面に激突するまで腕を極めたままで落とす。
悪兵衛が行ったのは、殺傷力を極力抑え、戦闘力を奪うために放り投げる型で
あった。
手首の激痛に唸る香田に肩を貸し、悪兵衛は壇上から降りようとする。
その時、全身を包む、怒りと憎悪の奔流を感じた。
紫の詰襟の者達、五名の武団会の学徒から、湧き上がる黒雲のような感情の
迸りを感じる。黒の仮面の副会長が、腰に差した木刀を抜き、壇上に上がろうと
する。それを総会長が無言で手をかざして止めた。
純白の絹手袋に包まれた手をさらにもう一振りし、ゆっくりと立ち上がって
退出する。武団会の他の者達も従い、後に続く。
最後に残った副会長が悪兵衛をその黒い孔から射る様に見つめている。やがて
踵を巡らせ、会場を去った。
香田を剣術部まで運び、学徒が群がる中、橘川兄弟と悪兵衛は共に騒然とする
会場から抜け出した。
「しばらく大人しくと言われたじゃないか。」
「ありゃ、書道部の組みつきだ。」
「ばか、人をぶん投げる書道部なんて聞いた事がない。」
笑っている一圓と呆れ顔の一真と連れ立ち、校舎近くまで裏道を戻る。
「目をつけられたな。」
「仕方がないか。悪兵衛が入らなければあの三年生は打ち殺されていた。」
「赤服の剣に迷いが無かった。今までもこんな事があったのかもしれない。」
「悪兵衛、どうした?」
考え込む悪兵衛の顔を一真がのぞき込んだ。
「壇上で今まで感じた事の無い怒りをぶつけられた。強烈な憎しみだ。」
「誰からだ。紫の連中か。」
「そうだ。……俺を知っている者達のように思える。」
「弥者なら売るほど恨みを買ってるぜ。」
「武団会がそうだっていうのかい?」
「わからん。が、奴らは恐らく早急に報復に出るだろう。一圓、一真、手伝え。
帰りにでもおびき寄せ、迎え撃つ。」
「よし。一番討った者の少ない奴が今夜の茶くみだ。」
「いいね。では授業終わりで玄関で待つよ。」
橘川兄弟はうきうきとした表情で校舎に入っていった。
悪兵衛はふと視線を感じ、天守閣を見上げる。
なぜか、あの白の仮面が見下ろしているように思えた。




