三
学園の食堂、静粛な中にかすかに食器の音が鳴る。
大広間に学徒が思い思いに座り、食事を摂る。一番奥にやや賑やかな話し声で
固まっている一団は、香田と岡島と中心とする転入組の六名程であった。
悪兵衛と橘川兄弟は、給仕所で角盆に食器を並べてもらい、席につく。
鰈の煮つけに麦飯、里芋の味噌汁に山菜と油揚げの和え物。
悪兵衛が腹を鳴らし続け、笑いながら三人は手を合わせて食事を始める。
「屯所で一人で食うのと同じ位静かだな。」
「うん。この感じは組の休み時間も同じだ。不気味な程だね。」
静まり返る広間を見回して、橘川兄弟は忌々しげに会話する。
一番奥側の固まっている転入組の馬鹿笑いがここまで聞こえてくる。
悪兵衛は飯釜に赴き、お代わりの麦飯をよそってもらった。
戻り際、隣席に華やかな女子学生達が座りこむのが見える。
冬麻、澤居、そして今一人。
「転入組の桐山優佳です。三年で、播磨さんと同じ書道部です。」
黒髪の豊かな、目じりがやや下がった優し気な顔つきの上級生であった。
明るく少年の様な雰囲気の冬麻と、凛々しい引き締まった澤居に比べると、
丸く、肉感的な体型で穏やかな話し方である。
「お、どうですか。奴は書道部では。」
一圓が好奇に溢れた顔つきで聞く。
「そうですね、男子が一人だけで後十人以上女子なので少し寂しいかも
しれませんね。」
女子に囲まれて、脂汗を流して書に取り組む悪兵衛の姿を想像し、一真は
くすくすと笑っている。
「播磨って書は達者なのですか?」
ぱくぱくと煮つけを口に運びながら、冬麻が声をあげた。
「ううん、元気は良いのですが。太い、鰻のような文字で。」
男女ともに笑いに包まれる。悪兵衛がばつの悪い顔で席に戻った。
「桐山先輩でしたか。部では世話になり申した。」
悪兵衛は頭をさげ、また黙々と食事をつづける。
「ここは、ずいぶん静かだね。」
「おしゃべりを注意されるわけじゃないみたいだけど。」
「そうですねえ。」
女子三人も異様な静けさの広間に、やや居心地の悪さを感じている。
自然と雑談も声を潜めたものになった。
「播磨、橘川兄弟。後見の方が面会にいらしている。」
食事を終えた頃、寮監より声がかかった。
「桐山先輩はかなり乳がでかい。」
「うん。あれは不便だ。」
「胸当てでも収まり切れまい。弓にはむかんな。」
「悪兵衛はどう思う。」
「俺は乳より尻が大きい人が好きだ。」
「ばか、そんな話はしていない。」
取り留めのない話に笑いながら、寮の入り口近く、面会の為の書間に
あがる。灰音章雪が微笑んで座していた。
「章さん。」
「灰音殿。」
「聞いてください。ここは何かおかしい。」
三人が一斉に話し始めたのを、頷きながら灰音は聞き入っている。
ひとしきり学園の印象や雰囲気を話した所で、灰音は懐から書付を
差し出した。
「明日以降の事を記しております。各々記憶した後、破棄してください。」
作戦指示書であった。
書間は障子が開け放たれており、他に面会の家族が二組、談話をしている。
聞かれているとは言い切れないが、灰音の警戒を感じた。
「こちらの町は、広く他藩の人間の流入を受け入れています。貴方達も含め。
労働者と学徒だけに留まらず、藩庁でさえ絶えず新規人員が採用されています。」
悪兵衛は作議の間で、刑部よりうけた説明を思い出す。
「長年の追跡調査により、特異な藩性がつまびらかになった。和賀藩は莫大な
経済力を背景に、優秀な人材を輩出し、幕僚内に出仕する者が多い。その一方で
鉱山事業、土地開発による事故による死傷、行方不明者が多発している。」
「そこに弥者の関わりがあるという事ですか。」
「報告を行っているのは潜入している月光からだ。公になった人死にと
行方不明者の数の実数が合っていない。恐らくだが、何らかの破常力による
隠蔽工作が行われている恐れがあるという事だ。しかもそれは和賀藩、藩庁絡みと
みられている。」
「お前たちは藩の人材育成の礎である予篠学園に潜入、日常生活からその異常性を
探れ。今回に関してはそう簡単に結果がでるとは思えぬ。何期かにわけて内偵を
進める。」
「藩庁にて学園の事を色々と知りました。武道に力を入れているのは事実の
ようですね。」
灰音の言葉に悪兵衛は我に返った。
「部活動中に熱が入り、事故も発生しているようなのです。転入組の人員の
配置や管理をするのが小普請世話役という部署です。私は一日その内容を
追っていました。」
「ひと月に二名程、死亡事故が発生しています。また失踪事件も。」
灰音の言葉に各々顔を見合わせた。
「充分、活動には気を付けてください。またそのような事故が発生した場合、
詳しく聞かせてください。」
*
作戦指示書が、行燈の灯で燃えていく。
延びる炎が悪兵衛の黒目に映る。行燈を元に戻すと、渡り廊下に佇む橘川兄弟に
向かい合った。指示書には学園での生活規範と教師、他学徒の言動を記す事、
学園についての調査を聞き込みをしてはならない事等が記されていた。
「聞き込みをしてはならないというのはどういう事だ。」
「どこに間諜が潜んでいるかわからないって事じゃない。」
橘川兄弟の言に悪兵衛は黙り込む。
「お前達以外、全員敵という事もあるからだ、侍。」
廊下の外、整えられた庭先にいつのまにか黒い影がたたずんでいた。
「誰だ。」
一圓が鋭く誰何し、懐に手をいれる。一真も隠し持っていた打根と呼ばれる
小型の矢羽を構える。
「待て。大丈夫だ。陰足だ。」
悪兵衛の声と共に、黒装束に面頬を下した隠密が歩み寄る。
「朧丸。探りはどこまで進んでいる。」
「灰音中佐の指示があった。学園の管理者の周辺を調べている。」
「藩庁内部ではなく、か。」
「そうだ。我々には盲点であった。かなり、臭いな。」
「いずれ学園内で異変が起きる。それ故お前達の内偵が進められているのだ。」
「異変とは?」
「わからぬ。暫くはおとなしく生活している事だ。これは学園内の情報を
記してある。中佐に渡すよう言われた。読後、燃やせ。」
悪兵衛が書付を受け取り、暫し考え込む。
「何もせずに待つって事?」
「下手に動くなって事か。」
二人の言葉を聞き、悪兵衛は顔を上げて朧丸に問おうとする。が、すでに
人影もその気配も消失していた。
闇夜の中、渡り廊下の行燈が揺らめいている。




