羅刹燃ゆ
一
和賀藩は、大都市である浪華と旧首府の洛都のちょうど中間、山岳地帯を
擁する一地方藩であった。
鉱業の成功により経済力を増し、周辺の取り潰された藩民の受け入れを頻繁に
行う事により、緩やかな拡大政策を執っている。
採掘技術と経済に通じた藩主、阿黎哲興の辣腕は留まるところを知らず、
藩庁のある御処はすでに洛都の人口を上回っていた。
新興都市である御処の西のはずれ、古刹の集まる地区に和賀藩立の中高一貫の
手習い所があった。名を、予篠学園という。
かつての城址を利用した広大な土地の学園の一角、編入した学徒達が集められ
寮生活の手引きが行われている。
「君、制服の前を閉じなさい。」
「はあ。小さくて閉じられんのです。」
濃紺の詰襟服の前を開け放ち、腕をまくった悪兵衛がのんびりした調子で
教師に言った。
「制服の寸法があっておらんではないか。」
神経質そうな痩せぎすな眼鏡の教員が悪兵衛の制服の前を閉じようとするが、
大きく発達した胸筋のせいで、前衿がまったく届かない。
「腕はどうしたのかね?」
「袖を通した時に釦が取れました。」
「…支給された物が寸違えだったか。新たに交換するまでそれでいなさい。」
十名程の学徒が、火鉢の置かれた小教室で教師の説明を聞いている最中である。
「おい、不良。木刀はないのか。」
細身の制服が似合う一圓が悪兵衛の背後から声をかけた。
「他の連中の目が痛いよ。」
一圓の隣にかけた一真が笑いながら小声で話す。
「お前ら、俺は一年上だぞ。播磨くんといえ。」
悪兵衛の言に、兄弟は口を抑えて笑っている。
「そこの早騨宿組三名。私語は控えなさい。」
学期の途中ではあったが、事情があり転入が決まった者達が、午前中に教員から教室の振り分け、寮生活の規則と学園に関しての説明を受けた。
壊滅した早騨宿からの転入の悪兵衛と橘川兄弟の三名、
山間の過疎村の統廃合された手習い所から三名、
他藩からの編入が四名で、それぞれ男女学年共にばらばらであった。
昼食時になり、それぞれが集まって弁当をとっている。
悪兵衛は薄色の沢庵をばりばりと音をたて、塩味の大きな握り飯にかぶりついた。
雀拳で負けた一圓が鉄瓶から白湯を湯呑に注いでいる。
「早騨宿って戦争あったんだろう?」
編入組の目敏い男子が声を掛ける。
「うん。我らは大番役だったから里にはいなかったんだけど。」
一真が如才無く答える。
「じゃあ、本閥の侍も弥者も見てないのか。」
「避難勧告で帰れなかったからね。」
「狗族と弥者が百以上で、不知火と玄嶽合わせて二十人で皆殺しにしたそうな。」
「弥者の総大将が現れたけど、不知火の侍一人に撃退されたとか。」
小教室は早騨宿の噂でざわついている。
悪兵衛は満足そうに握り飯を二つ腹に納め、白湯を飲む。橘川兄弟は沢庵だけの
弁当に途中で箸を止めていた。
「香田君は本閥選を受けるんだ。いまに侍になるよ。」
先程の声を掛けた小柄な者が奥に座る体格の良い落ち着いた学徒を指した。
「よせ、岡島。」
「全国剣術会で三位だ。今期にでも本閥入り間違いなしだよ。」
「香田君は今何年生?」
「三年だ。」
統廃合組の女子が興味を持って声を掛ける。さらにいま一人も身を乗り出す。
「もう本閥選は受けたんですか?」
「一年次に一度受けたのだが、落ちた。厳しかったよ。」
「全国三位でも厳しいんだ。」
教室にため息が溢れる。
「播磨だっけ。同じ二年。冬麻浅海。」
白湯をすする悪兵衛に健康的な浅黒い肌の女子が声をかけてくる。
肩までの短髪、よく動く黒目がちな表情が印象的であった。
まじまじと悪兵衛の顔を見つめている。
「播磨悪兵衛でござる。」
「何か武道してるの? すごい身体してるね。」
悪兵衛は答えず、弁当箱を片付け、風呂敷で包む。
「悪兵衛。部活動はどこに入るんだ。強制らしいぞ。」
一圓が部の一覧の書付をひらひらとさせながら言った。一真も紙を受け取り、
興味深く読み込んでいる。
「書道部。」
「何、書道? 」
「こりゃいいや。悪兵衛は字が下手だからな。」
双子は大笑いしている。
「お前達は剣術部だな。」
「剣術? それは勘弁だよ。」
「一真の論法でいけば、だ。」
「ま、入ってみるか。」
一圓がにやにやと笑いながら言った。
学徒らしい騒めきが続く中、校舎外には雪がうず高くつもり、
灰色の空は薄青い山々、庭園を白く染めていく。
学園中央に黒々とした塔がそびえ立っている。
元は天守閣であったが、きらびやかな飾りは全て撤去され、
今は立ち上がった魔物の様な威容であった。




