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不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
129/210

九


晴れ渡った輝く空から、花びらのような雪が舞い落ちる。

不知火屯所、伊庭辰之進は自室より庭を眺めている。

神前仕合を終え、帰所した織田刑部がその報告を終えた所であった。

「月皓の言がまことであった、という事になるな。」

「は。本閥三軍、すべて襲撃を受けました。」

「幕僚内に弥者の間者が存在するというのか。」

伊庭の苦渋の声に、刑部は黙り込み、しばし沈黙の時が流れた。

余りの事の重大さに空気すら淀む錯覚を覚える。


「内々に神前仕合が決まったのは今より半年の前。どの時点で情報が

漏れたかだが。」

刑部が顔をあげた。

「今回、神尾山襲撃の際のような組織的な戦闘行為を想定した敵では

ありませんでした。例えるなら…戦闘準備を始めたのがここ数日のような。」

「拙者と宇都見双角殿、その護衛の侍を拝殺する為に兵力を準備する暇《いとま》なく、

スバルノミコトが直々に現れたのが極端な例です。」

「では弥者は直近になって神前仕合を知り、本閥の侍の戦力の査定と共に

拝殺に現れた、と。」

「恐らくは。」

伊庭は火鉢に手をあて考え込む。

「刑部、その見立てを報告書に記す事、あい為らぬ。」

「御意。月光の月皓殿に提供してはいかがでしょうか。」

「うむ。お前が直接話すのがよかろう。俺は幕僚長に直々に伺う。」

「承りました。」

「…まさか、幕僚長筋に間者がという事は。」

「ま、そうなったら俺もお前も本閥も、おしめえよ。」

伊庭の気楽な言葉に刑部は苦笑した。


*


洲干大港、環太積本拠より水路で不知火屯所に戻った悪兵衛は、

早々に灰音章雪に報告を行う。雲凱の成功とその効果を聞き、灰音は

殊の外喜んだ。しかし、廃寺での対決した相手が環太積団長の誓野と聞き、

その表情が曇る。

魁音撃は全て年鑑にまとめられ、認定年ごとに更新される。

効果、攻撃力、殺傷した敵等詳細に記されているが、その使役者は軍事機密と

なる。秘匿情報が洩れた場合、強力な魁音撃の使い手が拝殺目標にされる事を懸念

されたからであった。

侍が宣戦布告を行う時、その使命と所属、階級まで明かす。それは戦闘準備の為の

士魂を燃やし、覚悟の上剣を揮う為であり、基本的にはその場の敵は鏖殺するのが

前提である。

「噂には聞いた事がありましたが、やはり誓野中将が旭光を。」

人の口に蓋をする事は出来ぬ。強力な魁音撃、特に唯技は度々隊士の噂に

なる事があった。公然の秘密になっている者も存在する。

暫し灰音は考え込んだが、やがて顔をあげて微笑む。

「これは、内々にしておきましょう。隊士にも口外はなりませんよ。」

悪兵衛は胡麻を練り込んだ煎餅をばりばりと食べながら頷いた。


格技場では気合声と剣を打ち合う音が響いている。

入り口の渡り廊下で、悪兵衛はその音を聞き目をつぶる。何にも代えがたい

好ましい場所であった。所在なく立ち尽くしていると、道着に着替えた玉杉桔梗と

間宮桃乃介がこちらに向かってくる。

「悪兵衛、帰ったのか。」

「一人で船旅だったらしいね。」

桃の軽口に苦笑いしながら、悪兵衛はやや神妙な面持ちで桔梗を見つめる。

「玉杉殿、少々よろしいか。」

「うん。どうした?」

桃はニヤニヤと笑いながら格技場にむかった。その後姿が消えるまで見届けた後、

悪兵衛は懐より白絹の錦守を差し出した。

「お返しいたします。」

「先だっての弥者との戦闘に於いて、雲凱を使役いたしました。」

「どうだったのだ。」

「玉杉殿のお陰で、この命救われました。まことに」

悪兵衛は膝をつき、頭を下げた。

「たて。」

桔梗は悪兵衛の手をとり、立たせて掌に念珠を握らせる。

赤・白・灰の不揃いな錦石が連なる小さな物であった。

「私もこれを返す。」

悪兵衛が錦守を渡された時、同時に悪兵衛も桔梗に持たせた物であった。

「悪兵衛、これは。」

「父の形見でござる。」

桔梗の体温がやどる念珠を握りしめ、懐にしまう。


悪兵衛は俯き、静かな声で語る。

「聞かれているかもしれませぬが、父は、弥者に斬られました。」

「五体をばらばらにされました。拙者はその腕を拾いました。」

悪兵衛の髪が逆立ち、見せた事のない表情と全身を燃え上がらせる憎悪の

炎から、桔梗は目を背けた。

目に涙をためた顔をあげると、去っていく悪兵衛の背中が見えた。

一歩踏み出すが、桔梗は声を出す事が出来ない。

静かに、雪が舞い落ちている。




神前仕合  了

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