八
久世の魁音刀が屹立した砂壁に突き立っている。
その背後、二名の弥者の遺体が横たわる。
「弥者の襲撃を不知火は察知していたのですか。」
久世から脇差を受け取り、納めながら阿波野が歩み寄る。
「は。作戦行動でした。」
悪兵衛は琿青に月旦抜きを施し、ゆっくりと納刀した。
「上条中佐、助命頂きかたじけない。」
「その前にお主が俺を護った。貸し借り無しだ。」
頭を下げた悪兵衛は上条の明快な言葉に笑顔を見せた。
「敵戦力や戦術も播磨少佐は知っていたようであったが。」
阿波野は眼鏡の奥の瞳で、射るように悪兵衛を見つめる。
「いえ、それは全く。たまたまでござる。」
「悪の字、阿波野殿への目標指示は何故あっての事だ。」
砂壁に突き立った魁音刀をようやく引き抜いた久世が言葉を発する。
やがて砂壁はゆっくりと崩れ、音を立てて砂浜に戻った。
久世が対峙した弥者の破常力の残滓である。
「お前に向かった二名が列を組んだからだ。順列がある以上攻撃の手順がある。
まず、お前の攻撃手段を奪う者が先行し、後の者が仕留める配置だ。」
「俺に向かった物は二名同時だったが。」
上条に向き直り悪兵衛は事も無く話す。
「どちらも攻撃主体の破常力を持つ者だったのでしょう。一人は恐らく直前に
発動した破常力を真似る…というか、同様に顕現させる能力だったのでは」
「最初に旭光を打ち込んだ者はいかにしてその能力を見定めたのですか。」
「あれは、似た技を使う者と対峙した事がありました。敗北しましたが。」
阿波野は感じている。悪兵衛はいま、戦闘を反芻しながら自らの行動を言葉で
表している。が、実際には考えずに感覚で動き、指示を出していたのだろう。
そうでなければ、あの速度で戦闘指示を出す事は不可能に思えた。
(吶喊白兵衆参、不知火の頭目か。攻撃力もさる事ながら、この若さで恐ろしい
程の状況判断だ。こやつ、斬り合い、殺し合うために生まれてきたのか。)
「播磨、貴様燃え上がる士魂を感じたぞ。なぜ神前仕合でそれをださぬ。」
上条は眉間に皺を寄せ、悪兵衛に詰め寄る。久世が「まずい」という表情で
止めようと歩みだす。
「あれは…旭光です。旭光を撃ち出さねば、士魂を燃やす事難しく。試合では
魁音撃は使用不可であったためでござる。」
あたふたとした悪兵衛の説明に上条は腕組みする。
「ふん。あの旭光も団長にくらぶれば練りが足らぬ。」
「では、あの老人は環太積団長の、誓野総士郎様でしたか。」
「あ。」
「ばか、上条。」
阿波野が上条の肩を抱いて連れて行く。
「おい、何を言う。あれは内密にせよとのお達しだったではないか。」
「しまった。つい。すまん。」
「お前は全く」
阿波野はがっくりと首を落とす。上条は困り顔で阿波野を見つめる。
久世が悪兵衛にことのあらましを聞き、大笑いしている。
*
来登呂宿まで後戻りし、吉房七重と悪兵衛達は合流した。
洲干大港まで残り二刻半の距離ではあったが、陽も落ち、弥者の襲撃に備える
為、宿を取ることになった。
食事の用意を待つ間、上条源之助は悪兵衛と連れ添い、宿の中庭に降りる。
その姿を見かけた久世春之丞はすぐに後を追った。
「よし、集中せよ。」
上条の声と共に悪兵衛は体重を落とし、士魂を凝縮させ、雲凱の構えをとった。
指を大きく開いた掌を外側に向け、逆の腕を引き、体重を利き足にかける。
「成る程。発動点が手の甲ではなく、たなごころに現れている。」
悪兵衛の姿勢と腕を調べながら上条は言った。
「上条殿、お願いいたします。」
「よし。」
気合声と共に上条が手の甲を眼前に持ち上げ、両脚を力強く踏みしめる。
雲凱が発動し、周辺の空気が振動する。悪兵衛とは比べものにならない程、
強力な技であった。その姿勢は道場で見せた灰音章雪と寸分たがわない。
「防御力に雲泥の差があるように思われる。姿勢の差でしょうか。」
「関係ない。発動すれば良い。士魂の練りのみの話しよ。」
上条は悪兵衛に対し誓野総士郎と対峙した時の、傲岸不遜な若者の印象を持っていた。が、今は真摯に技を追及する一侍であり、戦闘に関して類いまれな才能を持つ者という見方に変わりつつある。
「播磨、形というのは流れゆく水のようなものだ。本質は同じ。お前自身を研ぎ
澄ませばよいのだ。」
「悪兵衛で結構でござる。」
不知火屯所の道場で、玉杉桔梗は悪兵衛の士魂の発動点が手の甲でなく手のひらに
現れる事を発見した。その後に雲凱自体の姿勢を変え、稽古をしてきた。
完全に習得したのが、まさに一昨日の事であり、その結果が勝利に繋がった。
(また、玉杉殿に助けて頂いた。)
悪兵衛は桔梗を想い、胸の中が熱く満たされていくのを感じている。
「悪兵衛。神前仕合の仕切り直しだ。魁音撃ありでやるぞ。」
上条が腕を振りまわしながら木刀を持ちだしている。
「中佐、宿の飯の用意が出来ました。船盛りがあります!」
久世が中庭に現れ、大声をあげた。
「なに、船盛りだと。よし、悪兵衛、試合は後だ。」
上条はうきうきと裾を絡げて宿に入っていった。
「春之丞、船盛りとは何だ。」
「船の形をした大きな器に、山のように刺身を盛った料理だ。」
「なに、それはすごいな。我らも行こう。」
「いや、あれは嘘だ。上条中佐の注意を引くためだ。俺たちは風呂にいくぞ。」
「嘘なのか。」
「嘘だ。」
二人は大声で笑いながら、宿に上がった。
二階の張出から、浴衣姿の阿波野が見下している。
「阿波野中佐、吉房です。」
「入れ。」
長着に陣羽織姿の吉房七重が現れた。
「あらましは聞いただろう。玄嶽の護衛が夜半に到着予定だ。」
「はい。本部への帰還はいつに。」
「それは私も与り知らぬ。幕僚直下の下命故な。お前はもう技研所属扱いに
変わる。」
「承りました。」
「食事後、自室にて待機せよ。」
硬い表情のまま、七重は阿波野の本より退去した。
阿波野は手にした作戦行動書に目を落とす。
「新型魁音兵装特殊支援部隊、御門。」
かすかに聞こえる波音に、阿波野の呟きは掻き消された。




