七
風祭玲の魁音刀、馳駆紫が咆哮を上げている。月旦抜きを注入し、
刀身から白煙があがった。
玉杉桔梗は静かに剣を鞘に納める。
足元には鮮やかな橙色の衣の弥者が倒れ込んでいる。その数二名。
風祭の眼前には焼け焦げて散りじりになった人型の影だけが残っている。
弥者四名の残滓であった。
「お見事でした。」
崎坂少佐が歩み寄る。
「周囲を索敵。恐らくはこの小隊だけであろうが。」
風祭の号令と共に暁輝隊士達が散った。
「大佐、環太積、玄嶽にも同様の刺客が?」
弥者の遺骸を見分しながら崎坂が声をあげる。
「本閥隊士の戦力の査定をしていたならば、もっとも兵力を割くのは
環太積であろうな。」
「何と。弥者が本閥の侍に対して拝殺を。」
「しかし、その情報の出所は。弥者の企みを事前に察知するなど、現在まで
例をみない事柄でござる。
「私も詳しくはわからぬ。作戦のみ刑部殿より拝命したのだ。」
「副長、悪兵衛が。」
弥者を前にして眉も動かさず斬って捨てた桔梗が、不安の色を隠せずに叫ぶ。
「我が頭目を信じよ。」
風祭は目を閉じ静かに言い聞かせた。
*
穏やかな海面に西日が輝いている。
白砂青松の中、悪兵衛と環太積隊士達の眼前に、仮面の男達が対峙している。
その数五名。鮮やかな橙色の直垂姿、繊細で美しい衣に身を包みながら、内面の
充溢した力を感じさせる屈強な肉体、それぞれが頭部に長大な角を屹立させる。
弥者の戦士団であった。
砂浜の前後に人影は無く、異様な静けさに波の音だけが聞こえる。
「吉房少尉、輜重隊と共に来登呂宿まで撤収、報告と援軍の要請。播磨少佐、
戦闘指示。」
平常と変わらぬ阿波野の声で時間が動き出したようであった。
吉房七重と輜重隊士の背後を護るように隊士達は移動し、同軸を回転
するように弥者達もその位置を変える。訓練された戦闘団の動作である。
弥者達の中心、一際上背のある者が上半身を肌蹴る。隆々とした筋骨が
西日の逆光の中に黒い影を落とす。身体の中心に明滅する光源があり、
それは脈々と左腕に流れ込んでいる。
「上条中佐右翼、久世中尉左翼の弥者二名に対峙、防御主体で応戦。阿波野中佐
中距離戦闘支援。抜刀。」
悪兵衛の叫びにそれぞれが魁音刀を引き抜く。
刃鳴りと炸裂音、緑青に輝く火花が飛び散る。ただ一人、悪兵衛は中央の男から
視線を逸らさず静かに立ち尽くしている。
四人の弥者も同時に背の太刀を抜いた。白銀が西日に煌めく。
「宣戦布告。」
「本土決戦軍閥師団である。弥者の戦士と見受ける。」
「いまここに戦端を開く。殲滅する。申し出異論なくば、いざ尋常に」
「勝負。」
「勝負」
悪兵衛の宣戦、侍達の怒号が響き渡った。
「我らタヂカビト。ミカヅチの護りとカクリャキのちから。主の命により
ヤマトビトの宣戦を受ける。」
中央の弥者の深く落ち着いた声が響く。その佇まいに幾多の戦闘を潜り抜けた
者の威圧を感じ、侍達の表情が厳しく引き締まる。
「明、生、流」
上条の鋭い言霊が擦過する、痺れるような感覚を受けた弥者二名が殺到した。
「巌、心」
続いて久世の言霊。発生すると同時に破双で下がり戦線を横に伸ばす。
左翼の弥者二名が列になり追う。
中央の男はじっと推移を見つめている。
「阿波野中佐、久世側後衛の弥者に攻撃。」
悪兵衛の声と共に阿波野は破双で飛んだ。
獣のような絶叫が響く。上条の剣が弥者の腕を斬り飛ばした。
中央の男はその声に反応するように、上条側に移動する。悪兵衛は目を離さず
対峙しながら砂浜を駈ける。
「定壁」
上条の気合声、太刀を振りかぶった弥者の右半身が消失し、太刀が落ちる。
「マ ガ ネ ノ カ イ ナ」
中央の弥者の左腕が強く輝く。爆発するように砂が舞い上がり、破壊の衝撃が
弥者の拳を包む。破双を凌駕する弾丸のような速度で突進した。
その標的は魁音撃を射出した上条であった。触れれば人間の肉体を粉々に破壊する
その破常力は、将軍、ムツノナタノミコトが使役する物と同様に見える。
破常力の発動と同時に悪兵衛は砂を蹴り、上条に激突する勢いの破双で飛び出す。
重い衝撃が走る。上条、悪兵衛、弥者を中心に砂が噴き上がり、破裂音と共に
弥者は拳を突き出した姿勢で踏鞴を踏んで後退した。
悪兵衛の雲凱が発現していた。上条を護り、必殺の突撃を防ぎ切ったその姿勢は、灰音が見せた手の甲に士魂を集中する物ではなく、掌をかざして受ける独特の構え
であった。
悪兵衛は間髪を入れず、踏み込んで逆の拳を打ち込む。強烈な回転の波動に
弥者は姿勢を崩し、苦痛の表情を浮かべながら身体の平衡を保つ為、大きく全身を
振った。
「旭光」
刀を抜いた青い火花が舞い散る中、破壊の爆壁が生成され、弥者を足元から
消し飛ばしていく。仮面の奥で弥者は悪兵衛を見つめる。天に昇る瀑布のような力に全てが掻き消され、粒子となった。
片腕を斬り飛ばされた弥者が、砂煙をあげて突撃する。その速度は旭光に殺傷
された弥者と同様で、またその残った拳も光を帯びている。まったく同じ
飽和破常力であった。魁音撃を射出した直後の一瞬の脱力で、悪兵衛は回避する
事が出来ない。
轟音が響く。悪兵衛の傍ら、上条が片腕を上げ、突撃した弥者を吹き飛ばした。
強力な雲凱であった。
「旭光」
さらに踏み出した悪兵衛の必殺の魁音撃が炸裂する。砂塵をまきあげ、衝撃の爆壁が拳に光を宿す弥者を殲滅していく。断末魔の咆哮を残し、弥者が下半身から
分解され、上空に打ち上げられる。輝く破壊球が上昇し、消失した。
人知を超えた兇悪とも言える破壊力に、上条も瞠目した。
やがて、砂浜には静かな波音のみ残る。




