五
すべての戦果を神に納め奉る納式を行い、式委員長の訓示により神前仕合は
終えられた。
本閥四軍の者はそれぞれの控え所に戻り、帰隊準備を行う。
納式中より、風祭の弩髪、天を衝くようであり、不知火以外の者もそれを見て
肝を冷やすほどであった。
三名の敗北に関して、風祭はまだ何も言及していない。
式委員の刑部が雑務を終え、控え所に戻るとその様子を見て苦笑する。
悪兵衛、桔梗、玄真は荷物を纏めて座し、顔を真っ赤にした風祭が仁王のように
立ち尽くしている。
「刑部殿。人選と作戦に関してお考えを伺いたい。」
風祭の煮える鉄のような声が響いた。
「玲、そう怒るでない。」
「みな、ご苦労であったな。」
刑部は腰を下ろす。その正面に風祭も正座した。
「狗族が侍の士魂を感知するのは、どの程度の燃焼具合であったか。」
刑部の唐突な言葉に風祭は出鼻をくじかれ、首を捻る。
「士魂の大小あれど、おおよそ使役者が七割以上の力で燃焼した時、多くの狗族が
それを感知すると、技研の報告があったな。」
「悪兵衛、旭光を射出する際、最小の士魂の燃焼は自らの中でどれ程だ?」
「七割五分と感じています。」
「桔梗、神居鋲は?」
「七割です。」
「玄真はいわずもがなだが。このように、今回の人選は自身の内で、燃焼を微細に
制御できる者を選んだ。仁悟朗や士道は毎回十割燃やすのでな。」
「何故…?」
「それは、神前仕合中、七割までの士魂の燃焼のみ許したからだ。その旨は事前に
各自に伝えておる。もし、玲にその事実を話していれば、試合中の激昂は
なかったであろうな。」
「隊士達には控えた士魂の燃焼で勝利を模索せよと伝えていた。内密にな。」
「さすがに本閥えり抜きの侍達には通用しなかったが。」
そこまで言って、刑部は傍らの白湯を飲み干した。
「刑部殿、神前仕合での士魂の燃焼と隊士の戦力を狗族が測っていたと?」
「それを確かめねばならぬ。お前は芝居を打てるような者ではない。わかるな?」
刑部に静かに諭され、風祭の表情はようやく穏やかに戻っていく。
刑部の言葉が事実であれば、不知火の戦力を隠し、他本閥を囮にするような
作戦行動になる。その為あえて引率である風祭に激怒させてみせた。
それを躊躇なく指示し、平然と行う刑部に風祭は空恐ろしさを覚えている。
*
環太積隊士達は荷物を引き払い、輜重隊の牛車一台と共に帰途につく。
参謀長である霧島は幕僚向けの会議で残留、他四名の隊士が宿を発った。
それを、陣羽織に丁服、小袴姿の悪兵衛が待ち受けている。
「何用か。」
上条源之助が鹿爪らしい表情で問う。
「織田刑部殿より、環太積の皆様と帰路を共にせよとの達しです。」
悪兵衛は呑気な表情で言った。
「ああ、聞いている。上条、そういう訳だ。」
阿波野が間に入った。
「何故だ。」
「はあ。少々の間でも環太積隊士の方と関わり、武を学ぶようにと。」
「ふん、そういう事か。ならば着いて来い。」
傲然と歩みだす上条に苦笑しながら阿波野が着いていく。
環太積隊士達はその後に従った。
半刻程街道を歩き、賑やかな人どおりも少なくなっていく。
環太積本部は東京から徒歩で丸一日の距離にある、洲干大港と呼ばれる
日の本最大の軍港に位置する。
本閥の侍の脚ならば夜までには充分到着する。
悪兵衛は懐に手をいれ、白絹の錦守を握る。不知火隊士がそれぞれに他本閥との
帰投を命じられた際、桔梗が悪兵衛に渡したものだ。
「母から頂いたものだ。かならず持って屯所に戻れ。」
桔梗の真摯な眼差しに悪兵衛は力強く頷いた。それほど、この道程には危険が
潜んでいるとの刑部の見立てであった。
「悪の字。」
春之丞の声に悪兵衛は我に返った。袖を引かれ隊列の最後まで下がり、
輜重隊の牛車と並ぶ。
「貴様、どういうつもりだ。あの試合は。」
「どういうつもり、とは。」
「とぼけるな。あれは…そうだな、限界までの能力で剣を振っていない。」
無言で俯いた悪兵衛を見つめ、春之丞は苦笑した。
「相変わらずだな。訳があるという事か。俺はお前と手合わせしているから
わかるが、他の不知火隊士も何らかの縛りの元に参加していたのだな。」
牛車の背後を歩んでいた吉房七重が目をむいて耳をそばだてる。
「すまぬ、何があるかわからぬ。屯所まで内密にしてくれ。」
「わかった。だが、知られれば上条殿は激怒するぞ。」
平坦な小杉街道を南下し、広大な大澗川を左手に見ながら歩を進める。
神前仕合で三勝を挙げた環太積隊士達の表情は明るい。
西日の差す頃、全行程の半ばを過ぎ、来登呂宿で休憩をとる。
街道の向かい側には自然堤防が続き、その向こうに松林と日に輝く海が見える。
床几に腰をおろし、久寿餅と呼ばれるきな粉をまぶした白濁した餅を
隊士達は笑顔で食している。
ただ一人、悪兵衛は腰を下ろさず辺りを見回す。腰の琿青に手をかけている。
上条と談笑していた阿波野が席を立ち、悪兵衛の元に歩み寄って来た。
「播磨少佐、久寿餅はいかがか。」
「結構でござる。」
「他の不知火の皆様もそれぞれ本閥三軍に別れて?」
「拙者以外の帰投路は関知しておりませぬ。」
硬い表情の悪兵衛を見つめ、阿波野はにやりと笑った。
「護衛、でしょうね。何から。」
悪兵衛は答えない。
「私は貴方の士魂の燃焼を目撃している。あの廃寺で。」
「仕合では最大限まで出していない。…上条は自らの攻め手に夢中で
気付いていませんが。」
「自らの実力を隠し、他本閥の護衛につく理由は。」
阿波野の瞳に耐えられず、悪兵衛は口を開く。
「不確定な情報の上での作戦行動でござる。これ以上はご容赦願いたい。」
しばらく悪兵衛の横顔を見つめ、阿波野は笑った。
「承った。戦闘に入った場合、不知火頭目の貴方の指示の手並みを見たい。」
「お引き受けいたす。」
上条が大声で阿波野を呼ぶ。負け犬と何を話すかと怒声を浴びせるが、
阿波野が差し出した餅を頬張り、大人しくなった。




