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不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
121/210

一

一


「どう違うかって言われても。うーん、灰音殿は、硬い。悪兵衛は

ぼんやりしている。」

玉杉桔梗の感想に灰音と悪兵衛は顔を見合わせ、首を捻る。

寒風が板戸を鳴らす。火鉢の横でリンドウが眠りこけている。

屯所格技場、雲凱《うんがい》と呼ばれる防御戦技の習得を目指し、日々訓練を行って

いた悪兵衛ではあったが完成には至っていない。

「士魂の集中が足りないのであろうか。」

「それはあなたが最も得手の筈。使い方、でしょうね。」

「玉杉殿、神居鋲の習得時にどのような考え方で訓練を行いましたか?」

「…射刃は面で撃つから、その精度と威力を上げようと思って。魁音撃の

範囲を線に、点に、って突き詰めていきました。」

「恐らく、これも同じなのです。」

「どういう意味だ?」

「あなたは腕全面に士魂を集中する事は出来ている。しかしそれは面なのです。

腕の中心をとおる線に束ね、やがてそれを集中させる点にまで凝縮します。」

「ここです。」

灰音は悪兵衛の手の甲の一点を指した。

「やってみよう。」

道着姿の悪兵衛は構えて息を整え、士魂を集中する。

桔梗はその眼前に立ち、すり足で近づく。

桔梗の鋭い足刀と共に破裂音が響いた。悪兵衛が吹き飛ばされ転がる。

リンドウが起き上がって鼻を鳴らしていたが、また座布団の位置を確かめて

昼寝に戻った。

「先ほどより出来てないですね。」

灰音が顎に手を当てて考え込む。桔梗があきれ顔で悪兵衛をみつめる。

「なんだか、まったく士魂を感じなかったぞ。当たらなかった。」

悪兵衛がよろよろを起き上がる。鼻から血を吹いた。

「士魂を感じない。収束されていなかったのですか?悪兵衛殿、士魂が尽きて

いるのですか?」

「いや、まだまだ。今まで一番練られたと思う。」

「悪兵衛。構えてみて。」

雲凱の構えをとる悪兵衛に腕を握って桔梗が調べる。

「はい、集中して。」

桔梗の声と共に大きく息を吐きながら腹の底の士魂を燃やし、

下碗に集中させ、やがて手の甲まで収束させる。額に筋を浮かべ、首筋まで

紅潮し、脂汗が吹き出る。

「あ、わかった。これじゃあ出来るわけがないよ。」


*


作議の間で伊庭と刑部が二人の男と相対している。

一人の老人は茶がかった白髪の総髪を後ろにまとめ、眉間と目元、口元に刻まれた

皺が厳しい容貌を際立たせる。黒目に光は無く唇を引き結んでいる。

「隠密諜報部隊、月光。首領の月皓《つきしろ》半蔵でございます。」

ふわりと頭を下げた。いま一人、その背後に気配を消して付き従う細面の青年を

指す。

「これなるは、月光三班を纏めます、首代《しゅでい》の霧丸にございます。」

頭を下げた青年は年は三十に手が届かないくらい、切れ長で吊りあがっている

目が半蔵とよく似ている。

月皓半蔵は、神尾鉱山にて地方治水官の吉木幸之助に扮していた。今はまったくの別人といっていい。その身の変わりに伊庭は内心舌を巻いた。

「吶喊白兵衆参、不知火。隊長の伊庭でござる。」

「副長の織田刑部と申します。」

「月光とはかねてより共に任務を全ういたしておりましたが、こうして面前に

御出で頂くのは初めてでござるな。」

「我ら、陰足の職務の為、ご容赦願いたい。」

陰語の蔑称をあえて用い、月皓はにやりと笑った。背後の霧丸の無表情は

仮面を貼り付けているようである。


「さて…本日伊庭様にお目通り願いましたのは、ご報告あってのこと。」

「月光本隊が捜査しておりました、幕僚内部の調査の結果ですが、早急に

不知火に対応して頂きたい事柄がありまする。」

「聞こう。」


二刻後、月皓は、霧丸を伴って不知火屯所を出る。

すぐに編笠に顔を隠した浪人風の男達がその前後につく。霧丸は背後の男を

ちらと見て、歩調を合わせた。

「おぼろ、俺は城に顔を出してくる。」

「困ります。この後、丹組《にうぐみ》と百組《びゃくくみ》が合流します。兄上がおらねば。」

「お前がまとめろ。もうできるはずだ。」

霧丸は屯所では見せなかった微笑みを見せる。編笠の下で朧丸は困り顔で

兄をにらむ。

「そうふくれるな。土産を買ってきてやる。」

「金鍔には騙されません。」

霧丸は笑いながら朧丸の頬をぺたぺたと撫でて、一瞬の後、列から消えた。


明くる日、選抜された不知火隊士が刑部の元に参集、本閥四軍の神前仕合

に参加する為、東京《あずまみやこ》への出立を言い渡される。

刑部と風祭を筆頭として、悪兵衛、桔梗、玄真が屯所を発った。

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