十二
「畦倉殿、バルザック殿は玄嶽の號擲隊と共に、その装備を持って空爆を
開始してください。不知火本隊の侵攻と共に橘川兄弟、美浪殿、玉杉殿は
中距離遠隔攻撃、突入部隊の編制と戦闘指示は、頭目。」
灰音の落ち着いた声に悪兵衛は頷く。
「悪兵衛、央人に俺をいれろ。将軍を、斬る。」
伊庭に敬礼を返し、弥者に向き直る。
左にマカミノミコトの黒の軍団、右にキリヒトノミコトの灰の軍団、その
中央に二人の将軍が立つのが見える。どちらも仮面で表情は見えない。
悪兵衛は奥歯を噛みしめ、額に血の筋を浮かび上がらせる。
本土決戦軍閥師団、不知火と玄嶽の戦闘準備は整った。
「播磨少佐。」
呉越が一歩前に歩み寄る。
「宣戦布告を、頼む。」
「承った。」
「士魂と剣。」
「士魂と剣」
伊庭の声に不知火隊士達は気迫を込めた声で答える。
台地を踏みしめ、全身を士魂が巡る。血の流れが怒りと共に沸き立つ。
悪兵衛の背後には士魂を燃え上がらせる不知火隊士達が控える。
その大きな力を感じながら、宣戦布告書を懐から取り出し、払う様に
広げた。
眼前の弥者達はその数百名以上、本閥の侍の二倍は優に超える。
また、拝命殺戮を行う単独者ではなく、組織戦闘を訓練された軍団であった。
しかし、悪兵衛をはじめ侍達に、たたかいへの逡巡の表情は見えない。
悪兵衛は士魂を込め、宣戦布告を叫ぼうとする。
が、周囲の異変に気付いた。
蛍のような光の球体が明滅し、弥者達に向かう。その数は瞬く間に増し、
地底の空間全体から光球が生まれ、中央の弥者の将軍に集積しているように
見える。キリヒトが手にする何かに集光している。
「あれは…大量殺戮兵器か。」
「飽和破常力の使役は、ありません。」
次第に増す光におののきながらも、灰音の問いに美浪は答える。
神々しい光に猛々しさは無く、むしろ穏やかな意思をも感じる。
集積していく光はやがて巨大な構造物を形作っていった。
弥者達の背後に、黄金色に輝く鳥居が現れた。
明滅しながら突如として現れたそれは、台石から柱、控え柱の至る所に
弥者の文字が描かれ、厳かな光を放つ。
鳥居の先に、雄大な景色が見える。朝日に輝く山々とその麓の山林、
そこに至る舗装された大通りと、無数の弥者達が並び立っている。
現在の時刻は真夜中。異様な光景であった。
「何だ、あれは。」
「別の世界なのか。」
隊士達は圧倒され、ただそれを見つめる事しかできない。
弥者達は整然と鳥居を潜り、「向こう側」へと移動していく。
全ての者が朝焼けの大地に立つと残ったのは将軍二人であった。
キリヒトノミコトの手には、何か小さな物が握られ、眩い光を放っている。
弥者達の移動の終わりと共に、鳥居の逆側から黒煙が沸き上がった。
噴煙のように上空に向かって放たれたそれは、無数の鳥影に見える。
半透明の白色の胴に羽ばたく翼、触手をその背後になびかせている。
烏賊の姿にも似た、征羅比瑪と呼ばれる狗族であった。
「間に合いました。」
上空に円を描いて飛翔する征羅比瑪の群れを見上げ、キリヒトノミコトは
満足そうに呟く。
「時間だ。」
「攻撃を見届けなければ。」
マカミノミコトに応えた黒髪の弥者の手には手鏡が握られ、光を放っているが
それは徐々に弱まりつつある。
「皆、我主を待っておる。」
マカミノミコトはキリヒトノミコトの肩に手を置いた。頷いた黒髪は、
二人共に、鳥居を潜る。
手鏡の光が消失すると共に、黄金の鳥居は徐々に透明になり、空気の粒子に
なったように分解し、消えうせた。
本閥の侍達は、あまりの出来事に言葉を失い、立ち尽くしている。
「弥者の反応が消失しました。…この場には存在しておりませぬ。」
美浪の言葉に皆我に返った。
上空には無数の征羅比瑪が飛び、屹立する岩盤を中心に円を描いている。
「危険です。待避してください。」
努めて冷静な声を上げる灰音。その声と共に玄嶽にも待避の命令が伝わる。
同時に征羅比瑪が吐瀉物のような液体を雨のように降らせはじめた。
烏賊の漏斗とも呼ばれる口に似た部分から黒色の液体を吐きながら飛び回る。
岩石の表面と足場に付着したそれは、一瞬の間の後に赤熱化、爆発が起きた。
雨のように爆破液が降り注ぎ、岩盤と足場が破壊されていく。液体同士の
誘爆により大きな破裂音と共に地響きが起きる。
本閥の侍達は爆撃を避け、大空洞の端まで待避するが、狙われた場合ひとたまりも
ない。上空を飛翔する征羅比瑪に対する攻撃手段を持ち合わせていなかった。
「劫壁を対空防御に展開、中央を迂回しつつ第六斜坑へ向かい、待避する。」
呉越の声と共に不知火隊士を中心に玄嶽隊士が周りを固める。
伊庭は上空を見上げ考える。劫壁による防御は二度か三度の爆撃を耐える。
が、征羅比瑪の数は優に千を超え、豪雨のような爆撃を行っている。
今はその標的が何故か中央の岩石ではあるが、隊に向かった場合、防ぐ事は
物理的に不可能であった。
「破双で走り抜けますか。」
伊庭と同様の思考に至った遠山が進言する。
「危険です。戦技を使用する事による士魂に狗族が反応します。」
灰音が蒼白な表情で返す。
一塊になった本閥の侍達に、征羅比瑪の一団が向かってくる。
その数は数百。
「南無八幡。」
悪兵衛は呟きながら桔梗を背に庇った。




