十一
不知火本隊と別動隊は合流した。
弥者達を全て土中に埋める程の崩落は、半球状に形成された氷の橋梁によって
防がれ、土砂はそれによって支えられている。
「無茶しやがって。」
笑う伊庭に悪兵衛をはじめ別動隊の隊士達が敬礼する。
「バルザックにも言われました。申し訳ありませぬ。」
「人質を下すぞ。」
磔にされた五十名もの人々は早騨宿の者であった。消耗が激しく、
すでに事切れている老人もいる。
美浪の宗波が呉越宛に送られる。現状の報告と救出の要請である。
「マカミノミコトの軍団は大通洞内を後退、我々はそれを追っております。
しかし治水官殿の進言により、大人数での移動は危険とされ、現在特務機動隊と
第一大隊の選抜した者で侵攻、拙者も同道しております。」
呉越の思考を受け、伊庭は沈思する。現在の不知火は敵に挟まれているのか傍点、
弥者二軍を追って傍点状況いるのか。
「章雪。」
「マカミノミコトの軍を挟撃し、玄嶽と合流した後にキリヒトノミコトを
追うべきかと思われます。」
「悪兵衛。」
伊庭に問われた悪兵衛は俯き、拳を握る。怒りの表情を浮かべて顔を上げた。
「黒髪が、人質を殺すのを目撃しました。」
「ご下命あらば、拙者一人でも追って報復します。斬ります。」
悪兵衛の瞳を見つめながら、伊庭は宗波に乗った。
「呉越、現在地は。」
「北立坑を降下中であります。」
「了解した。不知火はキリヒトノミコトを追い、侵攻する。」
集結した不知火隊士は伊庭辰之進の本、最深部を目指す。
「もう少しで岩の下敷きだったぞ。」
桔梗が悪兵衛の肩をこずいた。
「申し訳ない。」
「私は避けるけど。危なすぎるだろ。」
桃乃介も同様にこずく。
「すまぬ。副長の命令だった。」
「たわけ、嘘を申すな。」
すかさず風祭の怒声が飛び、隊員達は笑う。
大居通道の最奥から下部第五斜坑を下り、通常の採掘では最深部にあたる
下部第二通道に到達する。この先が幕僚管轄の採掘現場となる。
マカミノミコトの軍が背部から現れるのか、それとも追っているのかは不明で
あり、危険な状態が依然続いている。
不知火隊士が十三名、同一の作戦行動に参加する事は近年無い。
本閥最強とも言える戦闘力を誇るが、それでもマカミノミコトとキリヒトノミコト
という弥者の将軍達に対し、勝利できるかどうかは五分五分と伊庭は考える。
玄嶽含め、不知火も死者を出す事を覚悟しなければならなかった。
先に逝った柏崎壮之介に思いを馳せ、若い隊士達の背を見回す。
「俺の番が来たな。」
「御頭?」
風祭が伊庭の独り言に問う。
「いや、なんでもねえよ。」
優しく微笑む伊庭の横顔を風祭は見つめた。
*
呉越蒙尊率いる玄嶽は、特務機動隊を含め四十名で侵攻している。
北立坑を降下し、大居通道に到達した。
崩落後の通道の強度は未確認であり、氷の橋梁の倒壊に再び崩落を起こす
可能性がある。玄嶽は人質達の救護と共に通道の補強に奔走する。
「総司令、呉羽であります。」
連者隊副長である呉羽布目少佐他二名に斥候が命じられ、先行していた。
呉羽から緊急の宗波が届く。
「現在、下部第六斜坑にて不知火と合流。」
「何?合流だと。」
参謀である遠山勘解由中佐は眉間に皺をよせ考え込む。
呉越は呉羽に指示を与え、宗波から抜けた。
「マカミノミコトの軍はどの通道を通ったのだ。煙のように不知火を追い越して
いったのか。」
「大通洞より斜坑を経て、南立坑を進めば玄嶽とも不知火とも遭遇せずに
侵攻はできますが…大幅な周り道になりますゆえ、それほどの速度で移動したとは
考えられませぬ。」
「では最深部には向かわず、鉱山自体から撤退したのか。」
遠山は細密な踏査図を取り出し、今一度調べる。
揺れる常夜灯のもと、通道を調べる遠山の額に汗が浮かび上がった。
「総司令、マカミノミコトの軍は、我が玄嶽空挺隊と同様の能力を持つ可能性が
あると思われますか。」
「破常力を用いた降下部隊に遭遇した事がある。そういった能力もあるだろう。」
遠山は踏査図の一点を指した。
「大通洞の南端、大立坑があります。これは山頂まで突き抜ける縦穴ですが、
通行ではなく、空気の取入れと物資の運搬の為にあります。」
「そうか。大立坑は最深部まで穿たれているのか。」
「御意。もしマカミノミコトの軍が降下したのであれば、すでに…。」
「弥者達は合流し、不知火は弥者全軍と尊級二名と対峙する事になる。
全隊招集せよ。急ぎ不知火を追う。」
遠山は脇差を抜き、宗波を飛ばした。
*
不知火隊士は第六斜坑の突き当りで呉羽少佐率いる連者隊二名と合流し、
小休止をとっている。
篝火の周りに腰を下ろし、マカミノミコト対柏崎中佐の対決の顛末を聞いた。
呉越からの連絡により、マカミノミコトの軍とキリヒトノミコトの軍が集結して
いる可能性が高く、玄嶽と合流の後に侵攻という判断からであった。
「壮之介様の紫電が発動した直後、すべての士魂が消失したかのようでした。」
色白で丹精な顔つき、沈鬱な中に怒りを滾らせて呉羽は語る。玄嶽では珍しい総髪
で、長い髪を結わえて垂らしている。
「章さん、空間型の破常力かな。」
悪兵衛は数々の戦闘の経験を振り返り、灰音に尋ねた。
「紫電は弾丸のような初速で敵目標に突出します。発動後に士魂を失っても
その質量と速度は変わらず攻撃できるはず。それが強みでもあるからです。」
「では、その速度さえ奪う破常力という事か。」
「情報が少ないですね。ですがその構造を看破せねば、戦闘に勝利する事、
難しいでしょう。」
「奴は、私が斬ります。命にかえて。」
呉羽が低い声を上げた。目は血走り、髪が逆立っている。
伊庭が声を掛け、立ち上がり二人は不知火の輪から外れ静かに話す。
何度か呉羽が涙を拭った。
半刻もまたず、玄嶽本隊が不知火と合流する。本閥の侍のみで構成された
決死隊五十五名、現在はこの人員で弥者と相対するしかない。
とうとう神尾鉱山最深部、大空洞と呼ばれる幕僚管轄の採掘場前まで
歩を進めた。
眼前に鉄製の大扉があり、大空洞そのものを封印しているかのようである。
玄嶽隊士が十名がかりでその扉を開けていく。
内部は地底とは思えない広大な空間が広がり、地上五階程の高さまで
丸天井が広がっている。天球の中心の縦穴が遥か上空まで延び、
篝火が星のように頭上にまたたく。
中央に巨大な岩盤が隆起したように屹立している。
黒色に輝き、断層から出土したものではなく、剣が突き立っているような
姿をしている。その周囲を保護するように足場が組まれている。
人間に畏怖を与える神々しい岩であった。
その麓、いくつもの篝火が焚かれている。
燃え上がる炎を背にして、弥者の軍団が本閥の侍を見据えていた。




