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不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
112/210

九


不知火本隊は緩やかな下り坂に階段を設えた斜坑を過ぎ、

中央立坑と呼ばれる巨大な縦穴を降りる。鉱山には主要な立坑が三か所、

北、南と中央があり、弥者の出現は北立坑より確認された。その先、裏手に

回り込んだ形である。垂直に降りる坑道を取り囲むように足場があり、

一部は縄梯子を使って降下しなければならなかった。

ぽつりぽつりと常夜灯が灯る先は暗黒の空間で、まさに地の底である。

立坑の最下層は下部通道と呼ばれる集積と移動の中央空間に接続しており、

その先は有毒な瘴気漏れを防ぐための壁がいくつか、さらに神尾鉱山最深部に

向かう下部第五斜坑がある。

通称大戸通道と呼ばれる下部通道は灯りと篝火が焚かれ、静まり返る。

斜坑へ向かう扉の前に灰の狩衣に錫杖と太刀で武装した弥者が二名、

立つ。その存在は美浪がいち早く発見していた。


岩肌の陰からその姿を認めた灰音は静かに指示を下す。

「桔梗殿、間宮殿、魁音撃を用い二名の弥者を無音で斬ってください。」

二人は頷き、刀の柄に手をかけて踏み出す。

その瞬間に空気より重く、淀んだ「何か」に踏み出した事を感じる。

先行する桔梗と桃乃介の頭上に青白い炎の塊が燃え、二人を仄明るく照らし

だした。

「これは。」

「まずい、破常力の罠だ。」

桔梗は破双で飛び出し、桃も続く。不知火本隊もその後を追った。

門前の広場に到着した時、すでに扉が閉められ閂をかける音が響く。

やがて二人の頭上の炎も消滅した。


「申し訳ありません。」

灰音が首を垂れる。

「索敵に特化した破常力だろう。気付かなくてあたりめえよ。」

伝法な口調で伊庭がいいながら、扉を調べる。

「仁悟朗、士道。やってくれ。」

巨漢二名が伊庭に礼をし、扉の前に立つ。各々片足を扉に当てた。

「一斉の」

「せ。」

掛け声と共に爆音が響き土煙と共に鉄の門扉が吹き飛んだ。その奥は通道が続き

同様の閂扉があり、弥者の姿はない。

「美浪殿。」

灰音の声に美浪が刀を薄く抜き、刃鳴りを残してまた納刀する。

「弥者はこの空間には存在しておりませぬ。すでに扉の奥に。」

伊庭の目くばせで仁悟朗と士道はさらに奥の扉を蹴破で破壊した。

壁際で美浪が浮環で内部の様子を探る。遮蔽物があった場合浮環の波が

遮られ、侍や弥者の存在は感知出来ない。

「弥者、二十一…二十二名、それに、多数人間がいます。人数把握できず。」

「坑夫か。」

「逃げ遅れた者や行方不明の者はおりますが、少数です。」

「救出と同時に弥者を殲滅する。間宮、美浪、士道で状況を見て救出。

残りの者は吶喊。全員抜刀。」

隊士達の魁音刀の火花が散った。


*


悪兵衛達別動隊は、途中遭遇した弥者の索敵団を切り倒し、南立抗を経て

下部通道に達した。この先で不知火本隊と合流の予定であったが…

「だめです。まったく復旧が進んでいません。」

大居通道への道が大きな崩落によって塞がれている。あちこちを調べた

悪兵衛と十字朗が戻り報告した。

「南立抗へ引き返して、中央まで進んで降下するか。最も弥者と狗族の

出現を目撃されている。簡単には進めそうもないな。」

風祭の言葉に、暫し、不知火別動隊は次手を模索する。

「あ、そうだ。南立抗の奥に、中央と北の間に通じる避難路があります。」

バルザックが声をあげた。

「まことか。」

「はい、先ほどみた踏査図に。」

灯りを待ちより、簡易の踏査図を確認する。掠れた文字で小さく下部連絡抗、

避難時に使用と書き込みがあった。

「バルザックは酒を飲まんと頼りになるな。」

一圓の軽口に笑いが漏れる。確かに立抗の通道の逆側、最奥に潜り戸を発見した。

内部は人ひとりがようやく通行できる広さで灯りは無い。

別動隊は十字朗を筆頭に一定の間隔で連絡路に入っていった。


*


不知火本隊が到達した、大戸通道の最奥には異様な光景が待っていた。

空間を大きく塞ぐ金網とそこに張り付けられた人間。両腕と脚が縛り付けられ

呻いている。その奥に同様の金網、大人の男、女、老人、子供と皆一様に

磔にされ、その金網自体を屈強な弥者五人で支える。

人間の数は優に五十名は超えている。半死半生の体で意識を無くしている者が

多い。恐らく長い時間この戒めを受け、その服装からごく一般の人々であろうこと

がわかる。身体の大きな男性は手首を杭で貫通させ金網に縛り付けられている事から、弥者達の擬態ではなかった。

扉を開け、踏み込んだ不知火隊士達の頭上に青白い炎が燃える。

位置特定の破常力がここにも巡らされ、薄暗い通道でも侍達の行動が可視化され

ている。周到な罠であった。

「待避。」

一瞬で状況を見た灰音の指令で、隊士達はうず高く積まれた採掘用の鉄籠に身を

隠す。そこに針のような固形物が降り注ぎ地面と鉄籠を突き刺した。

仁悟朗は足元の襲来した固形物を手に取る。

「氷か。」

氷で生成された釘状の投擲武器であった。白煙をあげている。

士道が地を蹴って仁悟朗の下へ転がる。その位置を正確に氷の鋲が射撃した。

その手から氷を受け取り、調べる。

「灰音殿、純粋な氷結物だ。内部に金属等はない。」

士道の言葉を受けた灰音の表情が曇る。

「通常の魁音撃では人質を巻き込むな。」

伊庭は敵陣に視線を走らせ言った。手にする白銀の刀身の魁音刀が低い唸り声を

あげている。

「御意。玉杉殿、神言錨で金網の弥者を狙撃できますか?」

「金網が移動しながら二重にあります。誤射するか貫通してしまいます。」

灰音の言葉に桔梗が応えた。金網は左右に移動しつつ、わずかずつ此方に距離

を狭めている。

「俺がやるか。」

伊庭の言葉と共に魁音刀の唸りが大きくなった。

「なりませぬ。マカミノミコトの出現の報が。恐らく、もう一人尊級弥者が

存在しております。御頭は御控えください。」

灰音の言葉に伊庭は踏みとどまる。

「攻撃の間隔とその精度を見ます。深町殿と畦倉殿で陽動、破双にて敵前を

交差してください。被弾した場合撤退します。」

灰音の指示を受け、士道と仁悟朗は通道の端まで進み、左右同時に通路に飛び出た。

すかさず氷弾が襲う。二人は破双でそれを避け、敵中央を交差するように移動した。

頭上で燃える炎を狙ってか、その狙撃は正確で絶え間なく二人の位置に氷が

降り注ぐ。通道の端まで移動した後、二人は鉄籠に身を隠しながら合流した。

「一度の射撃で五発、連続で四度。その単位で射角と方位角も変えています。」

「灰音殿、今の攻撃で破常力を行使した者は二名です。」

美浪の言葉に灰音は頷いた。伊庭が顔をあげる。

「一人の弥者が五発射撃を二度。指の数か。」

「御意。毎回弾頭を生成するのが果たしてどの程度可能なのかと。」

「無から有を生み出す飽和破常力は使役する弥者にも負担となる。せいぜい

三度か四度だが…。」

「その数にしては、金網に人質を磔にしたこの陣は異様です。恒久的な防衛を

目的としているように思えます。」

「同様の破常力を使役できる弥者が控えておるのかもしれぬ。敵戦力の消耗と

残弾を調査すると共に、攻撃を加える。」

伊庭の号令の元に、灰音の指示が隊士に与えられた。

仁悟朗を先頭にその背後に桃、士道と続き灰音が殿《しんがり》の隊列を組む。

伊庭と美浪、桔梗は鉄籠に身を隠す。

「吶喊する。」

仁悟朗の言葉と共に隊士達が敵陣の前面に飛び出した。


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