八
柏崎はマカミノミコトと思しき弥者の眼前に立つ。
純白の襟巻が一陣の風になびいた。
相手からは何の気も感じられない。が、仮面の奥の灰色の瞳が
柏崎を射るように見通している。
二人を大きく円を描くように玄嶽、弥者が取り巻く。
「桜花進勅聯隊、玄嶽。柏崎壮之介中佐である。」
「弥者の長と見受け、一騎打ちを承る。」
「秋霜烈日、日の本ある処玄嶽あり。いざ尋常に勝負。」
「勝負」
玄嶽隊士全員から勝負の二文字の言霊が轟く。
柏崎は腰の魁音刀、新井浦を流れるように抜く。黄金色の火花が
鮮やかに散った。
弥者の長はナシアイと呼ばれる一騎打ちを受けた男の口上を聞くと、
腰の太刀を鞘ごと外し、部下に渡す。
背に負った刀袋を解き、漆黒の拵えの打ち刀を腰に差した。
「あれは…」
「まさか」
「魁音刀ではないのか。」
「鹵獲した我らの武装を」
玄嶽隊士から騒めきが起きる。弥者にとって天敵とも呼べる本閥の武装、
魁音刀を弥者の長は腰に差しているのだ。
「マカミノミコト。」
人と獣が混じり合ったような声色で、短く言い放つ。腰を落とし、刀に手をかける。
柏崎が目を見張った。
黒絹に光る柄をゆるやかに握り、マカミノミコトはゆっくりと抜いていく。
激しい黄金色の火花が散り、その仮面を照らしている。
魁音刀は、使役者の士魂の生成に反応し、振動を始める。
その振動の固有の波形ともに、抜刀時の鞘内部が擦過される事により、
激しい炸薬音、火花が生じるのである。
マカミノミコトが抜いた魁音刀は奪い取られ、使役されているものではなく、
「生きている」。士魂を通し、唸り声を上げている。
「貴様、侍なのか」
柏崎は我が目を疑う事実を前に叫んだ。
マカミノミコトは答えず、八双からやや剣を倒した変形の中断に構える。
「連者隊副長、呉羽少佐であります。」
「尊級弥者はマカミノミコトを名乗り、魁音刀で武装しております。」
新たな宗波が奔った。
「なに。」
「ばかな。魁音刀だと?」
不知火隊士が立ち止まり、口々に言った。
「御頭。」
みなの視線が伊庭に集まる。
「事実だ。一部の者にしか伝えられてはいなかったが。」
「恐らく、本閥の侍が弥者帰りした者であろう。」
伊庭の冷徹な声が響いた。
柏崎の鋭い袈裟切りを一歩引いて避けたマカミノミコトは、刀を返しながら
同様に斬り付ける。柏崎は剣で受け、激しい衝撃光が溢れた。
一瞬の鍔迫り合いで見合った後すぐに刀を流し、右手を柄から離し突き上げる。
マカミノミコトは同様に左手を離し、柏崎の拳を受けた。電光の素早さで
足底を柏崎の懐に当てる。柏崎の破双の後退と、マカミノミコトの蹴破の
炸裂が同時に起きた。
柏崎は飛び退りながら回転して着地する。その間にマカミノミコトはまた
ゆっくりと中断に構えた。
「中佐の拳禍を防いだぞ。」
「先刻の技は蹴破。やはり本閥の者か。」
玄嶽隊士から動揺の声が広がる。マカミノミコトの戦技はわが身の術として
完全に身につけられた物であるように見える。
「矛を倒しまにするか、弥者。」
柏崎は怒りに燃え、叫んだ。地を踏みしめ、突きの姿勢に入る。辺りの空気が
収束し、身体を白みがかった紫の光が包む。必殺の構えであった。
マカミノミコトは大きく身体を開き、左の掌を柏崎に向け、意識を統一する。
「紫電」
気合一閃と共に、破双を超える速度で柏崎は衝撃の塊となり、突進する。
「ア ワ イ ク ジ リ」
マカミノミコトの言葉の直後、剣先を弥者の眉間に突き立てようとした柏崎の
全身から、士魂が消失した。あと半歩の距離である。
正体不明の虚脱感に目眩を感じ、剣を持ち、立っているだけの力しか残っていない。
弥者は柏崎をすり抜けるように飛び出し、剣光が閃く。
柏崎の両の腿が真一文字に斬られ、鮮血が迸った。膝をつき、俯く。
マカミノミコトは音もなくその横に立った。柏崎は震える腕でわずかに刀を
持ち上げる。マカミノミコトの打ち下ろしと同時であった。
柏崎の頭部が落ち、転がった。
純白の襟巻が首元から鮮血に染まる。
弥者達の勝利の遠吠えが響いた。
マカミノミコトは刀を振り、腕で刀身を挟み血糊を拭いた後、納刀する。
玄嶽隊士達を見回し、踵を返して大通洞に歩み去った。
「そうか。わかった。」
伊庭は呉越より個人宛の宗波を受け取る。
眉間に皺が寄り苦渋の顔つきをみせる。すぐに前方を向き歩み始めた。
灰音章雪は直観的に、マカミノミコトの一騎打ちを受けた侍の敗北を知った。




