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不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
110/210

七


弥者の遠吠えが、山々にこだまを呼ぶ。

夕日がその影を伸ばしながら、競う様に高く低く声をあげる。

大通洞と呼ばれる最大の坑道口、その前面に弥者達は陣取っている。

皆、黒茶のなめし皮の鎧に灰色の毛皮、金の装飾を施した武具を手にし、

所属する同じ部隊である事を示唆している。

弥者達に対して、玄嶽、和賀藩合同の第一大隊が展開しているが、

強力な飽和破常力と、複数戦闘にたけた軍団に攻めあぐねている。

百名程の弥者達は縦横無尽にその隊列を変え、五倍の兵力を持つ日の本軍を

翻弄する。大通洞の中に引き込み、個別での戦闘、大きく陣を移動しながらの遊撃、それに伴い坑道奥より出現する編切り、一本踏鞴、入道蜘蛛に手を焼き、

効果的な反撃は成功していない。

柏崎壮之介が連者隊を率いて、玄嶽第一大隊と合流した。

大隊を率いる藤本少佐は堅実で正攻法を好む宿将であり、変化に飛む戦闘に

苦虫を噛み潰した表情を見せる。

「弥者達の指令系統はどうなっている。」

戦況を聞いた柏崎は、藤本と側に侍る軍師達に問う。

「あらゆる戦局に対応した行動で、緻密な指令があると考えられますが…。」

「弥者にも、宗波のような連絡手段があるとしか。」

陣幕にも響く、嘲笑を含んだ弥者の遠吠え。

「もしくは、あの声か。」

柏崎は大通洞の麓に視線を走らせた。


*


「玄嶽、荒井少尉であります。不知火の状況をご報告賜ります。」

「伊庭だ。現在北壁東端の第九坑道に到着。搬出場を経て、下部第三斜坑に

向かう。」

「了解しました。」

「どうした。」

「現在、大通洞前にて戦闘が膠着。連者隊が合流いたしましたが、第一大隊より

不知火の吶喊に頼るべきと要望が出ました。」

灰音は伊庭を見つめ、ゆっくりと首を振った。伊庭は頷く。

「伊庭殿。」

「呉越であります。当初作戦通り、侵攻をお願いいたします。」

「うむ。背後より突く形にはなるが、それまで耐えられるか?」

「亀故に、耐えて見せます。」

呉越少将の笑いを含んだ思考が伊庭をうつ。

「後に会おう。」

宗波による通信を終え、不知火本隊は灯りの揺れる坑道を進みだした。

「章雪、なぜ玄嶽と和賀藩は倍以上の兵力を持ちながら膠着する?」

「弥者の軍の統率が、日の本を上回っているのでしょう。また、攻め込まず、

待避せず、その場で戦闘を続ける行動に意味があると思われます。」

灰音章雪の傍目八目の物言いに、伊庭は苦笑する。

「時間稼ぎと申すか。」

「恐らくは。」

「奴ら、何を待っている。」

伊庭の問いに灰音は黙し、淡々と歩み続ける。

玉杉桔梗は同じ坑道に侵攻しつつある、別動隊の男に心を馳せる。

「悪兵衛、ここでは旭光は使えぬ。今どうしている。」


*


波状の攻撃・撤退を繰り返す灰色の弥者の軍と、大通洞より出現した二十体以上

の一本踏鞴の足爆に、和賀藩兵と玄嶽は苦しめられていた。

防御的魁音撃で放射される爆風を避け、飛び込んだ連者隊が一本踏鞴を次々と

切り捨てる。またそれに対し、弥者達が攻撃を仕掛ける。攻め、守り、また攻めを

繰り返し、玄嶽・連者隊を先鋒とした魚鱗の陣をとる日の本軍と、大通洞を背後に

し、鳥雲の構えで迎え撃つ弥者達。互いに見合う状況となった。


弥者の一人が軍先鋒に歩み寄る。よく通る若い声で言い放った。

「ヤマトビト、我が主が単騎でのナシアイを望んでいる。」

玄嶽に騒めきが広がる。鋭い宗波が全軍に奔った。

「遠山中佐である。攻撃停止、弥者の伝令を聞く。」

「…ナシアイとは一騎打ちを指す。」

遠眼鏡で前線を観察する呉越に遠山勘解由傍点ふりがな中佐が向き直った。

黒髪を丁寧になでつけ、学者髷の穏やかな容貌の男である。実直な参謀で、

玄嶽の軍師連をまとめる呉越の右腕である。

「総司令、奴ら報告にある通りの例の傍点軍団だとしたら…」

「報告の真偽を確かめる事も出来るな。儂もまだこの目で見ていない。」

呉越は無表情に言い放った。


「ヤマトにマスラオ無しか。我が主の剣を受ける者は、数が頼り。」

弥者の声に背後の者達の勝ち誇る嘲笑が響く。勝利の遠吠えを上げる者もいる。

柏崎は桜花兜を脱ぎ捨て、配下に声を掛ける。

「俺がやつらの主を斬ったと同時に突撃。本隊と共に大通洞に侵攻せよ。」

いいながら弥者の前に歩んでいく。玄嶽から騒めきが起きる。

伝令の弥者は柏崎の姿を認め、満足気に陣の中に戻っていく。


やがて最奥より長身の弥者が現れた。

二本の角が垂直に屹立し、仮面にその表情は読み取れない。

灰色の毛皮と軽量な黒の革鎧に身を包み、しなやかで体重を感じさせない

歩みを見せる。腰に太刀、背に刀袋にいれた剣を背負っている。

弥者達は膝をつき、首《こうべ》を垂れ恭順と敬意を表す。

荒井少尉の宗波が伝わるが、恐怖に声が揺れる。

「未確認ながら尊級《みこときゅう》弥者出現。大通洞前、マカミノミコトを思われる者が

一騎打ちに現れました。玄嶽より連者隊、柏崎中佐が迎え撃ちます。」


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