四
切り立った山々の谷、宮来街道と呼ばれる山路を悪兵衛達は進む。
不知火隊士五名と共に馬車二台、唐澤以下三名の輜重隊が続く。
紀野衛山系と呼ばれる険しい山あいを進むと標高があがり、積雪が増え気温も
落ちる。隊士達から白い息が漏れている。
晴れ間から冬の黄金色の光が差した。午後の遅い時刻に小休止を取る。
隊士達は生姜の香りの湯気のあがる飴湯を含み、瓦煎餅と呼ばれる焼き菓子を摂る。
「うまい。硬くてうまい。」
悪兵衛が盛大な音を立てて煎餅を噛み割った。
「悪兵衛、食いながら大声だすな。煎餅が顔にかかる。」
「お、胡麻が入ってるな。」
「唐澤さん、これおいしいね。」
「玄嶽の輜重隊の方に分けてもらったのよ。」
日が差す山道の途中、隊士達の表情も幾分明るい。
厳しい戦いであった早騨宿の戦いに勝利した不知火隊士達は、「遂げた」
感慨に包まれている。
山道の奥、深い木々の先から馬蹄が鳴る音が響いてくる。
「あれは」
「…麒麟だ。」
隊士達は立ち上がり路の先を凝視する。やがてうっすらと発光する随獣、
麒麟とそれを駆る風祭玲が木々の間から現れた。隊士達は直立で敬礼をとる。
「早騨宿奪還の報、聞いた。ご苦労。」
防寒の為の純白の外套に身を包んだ風祭が随獣から降りる。
焚火を囲み、風祭より作戦行動の内訳が告げられる。
「我々は神尾山南東の廃坑道より侵入。弥者、狗族を駆逐しつつ大斜坑を
目指す。その先で本隊と合流し、さらに下部に侵攻する。」
簡易的な踏査図の写しを元に、経路の説明を行う。複雑な坑道の行き交う
神尾鉱山内部全てを把握する事は不可能に思えた。
「副長、弥者の本拠は最下部という事でありますか?」
踏査図を頭に叩き込むように凝視しながら十字朗が問う。
「不明だ。が、大斜坑直下の南北と中央の立坑より敵出現の報があった。」
「地の底だね。」
バルザックが顎に手を置き、地図を見つめる。
「補給車両一台に武装、装備品、半日分の糧食を積載。残りを一台にまとめろ。
随獣で我々のみ進行、輜重隊は早騨宿方面に撤退。作業かかれ。」
風祭の号令一閃で隊士達が動き始める。
唐澤が風祭によりそい、小声で話した。
「玲、大丈夫なの?相当危険な気がするんだけど…。」
「うん。私たちは。それよりここから弥者の別働がいる危険性があるの。」
「補給隊を狙うのは奴らの常とう手段だから、彦ちゃん達の方がよほど危ない。」
「すごく嫌な予感がする。」
「大丈夫。屯所に帰ったら遥香とぶくろにいこう。」
「引き返す勇気、もってね。」
十年来の友人でもある唐澤に微笑むと、風祭は随獣に向かい、鞍を外し始めた。
*
兵員輸送用ではない荷馬車は酷い揺れであった。
風祭の随獣、モウカ号に引かれた台車で隊士達は固定した荷物にとりつき、
必死で振りおとされないようにしなければならない。
「この速度、人間六人と荷物を牽いているとは思えん。」
「一説には、随獣が信頼する人間と共にあるとき、その重量が消失するらしい。嘘だと思っていたが…」
「二人とも舌を噛むよ。」
バルザックが笑いながら言った。
土煙をあげ、土砂を跳ね上げて山道を駈ける。
麒麟は有蹄ではない。足底は肉食獣に近いそれで、長距離の移動の為に鉄製の足具を履かせている。轟く馬蹄音はそこから生まれる。
風祭は弥者の斥候が居た場合を考え、その注意を引くために敢て目立つ方法を
とった。輜重隊の安否に慮ったのである。
神尾山南壁東、今は打ち捨てられた採掘資材所跡がある。
希少な鉱石の採掘を狙った物であったが、坑道の老朽化、埋蔵資源の枯渇により
現在は閉められている。
不知火隊士達は、治水官の詰所であった簡易な屋敷に荷を解き、
突入の装備を始める。
「坑道にて弓は不利になる。一圓は直接攻撃用装備。一真は近距離射撃装備に
切り替えろ。大弓は必要ない。」
「各自、月旦抜きは三戦分用意。糧食はここに置いていく。今食せ。」
風祭のきびきびとした声が飛び、日の落ち始めた屋敷の土間で
隊士達は鬼門甲を身に付け、襷をまわす。魁音刀の振動はまだない。
「悪兵衛。」
「はっ。」
唐澤の用意した握り飯で頬を膨らませた悪兵衛が立ち上がる。
「よく聞け。旭光は使うな。」
「は、今何と。」
「旭光は使役してはならぬ。坑道の天井を支える梁を破壊した場合、崩落の
危険性がある。」
ごくり、と喉を鳴らして飯を飲み込んだ。
「立坑のうち、通気坑道と呼ばれるものは外部まで貫通している。そこならば
使用に耐えるかもしれぬ。しかしその機会があるかどうか。」
「崩落の場合、全滅の可能性がある。よいな。」
「承った。」
悪兵衛は硬い表情で答えた。
隊士達の装備を促し、見届けた風祭は表に出、随獣モウカ号に寄添う。
荷馬車を牽く為の鞍を外し、足回りを丁寧に確認する。
「ここより先、お前の体格では侵入は困難になる。南西方面、輜重隊を
追い、合流。早騨宿で待機せよ。」
薄闇のなか、モウカ号は大きく胴震いし、不満げにいななく。
その鬣の中から燃えるような紅眼で風祭を見つめている。
「我がままを言うな。」
風祭は苦笑しながらその首筋を撫でた。
「輜重隊を…私のともだちを、お前に守ってもらいたいのだ。」
風祭に額をあわせ暫し別れを惜しむと、モウカ号は走り抜けて来た街道を
目指し歩み始める。
その姿が消えるまで、風祭玲は見送った。




