二
伊庭と呉越は玄嶽大隊と不知火の連携に関して、それぞれを統率する
藤本、八十田、不知火からは灰音、美浪と共に作議を行った。
侵攻に関して大まかな同意を得、部下をつれ玄嶽本陣より一旦本営に戻る。
屋敷からは野太い怒号が響いている。
「あれは…」
いいながら伊庭は舌打ちをした。呉越は眉をしかめ、ため息を漏らす。
「阿黎殿がいらっしゃっていますな。」
「ここまで出張ってくるとは。奇特な方だ。」
本閥総帥の二人に苦虫を噛み潰すような表情をさせているのは、阿黎哲興、
神尾山の所領藩である和賀藩主である。
剣呑で荒れた土地である山岳部を領地とする和賀藩は代々貧しい藩であったが、
先代藩主の縁者にあたる哲興がその地位を継ぐと、鉱山の採掘に乗り出した。
元地質学者であった哲興の慧眼と、近隣先進国より招いた採掘技術者により
産業の中核になりえる鉄鉱、石炭、胴、錫等の採掘に成功する。
中でも莫大な利益となったのが神尾山の銀山であった。
他藩に抜きんでた財力を持った和賀藩主、阿黎哲興は幕僚として迎え入れられ
その発言力を増していった。
特に本土決戦軍閥師団に対しての資金の供与と政治的な賛同は大きな影響力が
あり、本閥総帥といえどその発言を無碍には出来ない。
「伊庭中将、呉越少将。よくぞ。」
齢六十を超える阿黎は黒々した揉み上げに炯々と光る目が剛健すぎる
印象を与える男で、体つきも大きく声が通る。伊庭と呉越を認め相貌を崩して
いる。
「本閥総帥二名が直接率いるとは。軍神ここに現れり。」
上機嫌で笑いながら席を勧める。
「明日にでも和賀藩兵四百名の援軍が到着する。今は鉱山に突入し
化け物どもを詰めてしまえばよかろう。」
叱責するように声を荒げるその先には、痩せた白髪の老人が座している。
厚い眼鏡の奥でしわがれた瞼が痙攣し、その脇に官吏らしい部下が三名着く。
「阿黎殿。あちらの方は。」
見慣れぬ人物に伊庭が問う。
「幕閣直属の地方治水官殿じゃ。あー…吉本殿であったか。」
「吉木幸之助、でございます。」
老人は気の弱そうな声を上げた。
「こちらの踏査図を見ていただければわかりますように…坑道は
一時に五十名もの人が入るだけで一杯で御座います。落盤、足場の損壊の
危険性もあり…突入は不可能で。」
古びた鉱山の地図を広げながら、吉木は途切れ途切れに説明をした。
「何を府抜けた事を。」
「突入じゃ。」
「まあまあ。阿黎殿。和賀藩兵には坑道から出現する狗族及び弥者の
追討に加わって頂く。小人数での侵攻は任せていただきたい。」
「伊庭中将がそういわれるなら…」
「玄嶽より、特務機動隊も出動いたします。」
「おお、呉越殿、連者隊が出るのか。」
「玄嶽本陣に出撃待機しております。よろしければ視察等いかがか。」
「それは見たい。是非お願いしたい。」
呉越の言葉に阿黎は上機嫌で笑いながら席を立った。
首を振る呉越に伊庭は苦笑する。灰音は憮然とした表情で視線を落としている。
「昨日、伊庭様よりご要望のありました精細な坑道図を作成いたします。」
吉木が立ち上がる。疲労によろめき、部下の者がその腕を支えた。
「その件でご足労願えたか。よろしく頼む。」
伊庭の言葉と共に治水官達は退室した。その後を美浪が小走りで追う。
作議室の外、縁側に続く廊下で吉木の部下の一人、官僚らしき者を
美浪は呼び止めた。
「もし、少々よろしいか。」
「は、何でございましょう。」
気弱そうな若者で太い眼鏡、左目の縁に大きな痣がある。
「朧丸だな。」
「…ほう、さすがだな。報告にあった。何らかの力で擬装をみやぶると。」
背筋を伸ばした朧丸は体つきまで違って見える。眼鏡を外すと精悍な別人の
表情で、にやりと笑った。
縁側を人のいない方向に歩きつつ、美浪は朧丸に問いかける。
「なぜ出張っている。弥者との全面戦争に間諜もあるまい。」
「俺一人ではない。月光本隊が別件で動いている。」
「月光本隊だと?」
「うむ。幕閣からの官僚と和賀藩兵への輜重隊、他藩からの技術者。
本閥と藩兵以外の者に多数偽装している。」
「なぜそんな大掛かりな査察をこの戦の最中に行っているのだ。」
「美浪殿には隠しようがない。治水官として赴任した吉木幸之助。あれは
我が隠密諜報部隊、月光首領、月皓半蔵だ。」
美浪は絶句した。
「今次の戦とは別に調査を賜っている。上意だ。その内容は言えぬ。半蔵の件は
伊庭隊長に報告して構わぬ。だが、そこで留め置いて欲しい。」
「わかった。そのようにお伝えする。」
「恩に着る。美浪殿、我々には厄介な能力をお持ちだな。」
朧丸は笑いながら庭の植え込みに消えた。美浪は暫し黙考し、踵を返した。




