魔岳
一
十の世代を遡るむかし、神尾山は二つの頂を持つていたという。
天の戦に敗れた神将が長く尾を引く焔と共に一つの頂を砕き、
片側を抉った。それが神将の墓標になったとされ、神尾山と呼ばれる
所以になった。
その抉れ切立った壁にいくつもの坑道が開かれ、産業の中核となる
金属の採掘が行われている。だが現在坑道からは黒煙があがり、
賑わっていた宿場に人影はない。
天幕が張られ、続々と日の本の兵士が隊列を組み、百の単位で移動
している。篝火の中、鉱山の総管理官の屋敷がいまは軍本営とされ、
不知火、玄嶽、和賀藩の戦旗が並び立つ。
不知火隊長、伊庭辰之進中将が本営の総大将として任命され、
この戦局を任されている。
純白の陣羽織に鬼門甲、腰には鮮やかな本柴に銀の竜がうねる装飾の
魁音刀を差し、目をつぶり灰音の報告に聞き入る。
「…鸞の攻撃により、征羅比瑪を殲滅いたしましたが、
連続交戦時間の限界に達し、収容されております。再出撃に一日から一日半の
猶予が必要との事です。」
灰音章雪は報告書を読みつつ、伊庭に資料を提出する。
「征羅比瑪の爆撃の被害は。」
「は、全坑道二六か所中、十二までが崩落。日の本軍二百名以上の死者を
出しました。」
「また、来るな。」
「御意。」
本営には伊庭の本に風祭玲、灰音章雪、美浪結宇が侍り、作議を行っている。
「中将、玄嶽二大隊が到着いたしました。」
この地を管轄する日の本軍、和賀藩兵が伝える。程なくして、鎧の音と共に
玄嶽隊長、呉越蒙尊少将とその部下が現れた。
呉越は剃髪に顔を何本もの刀傷が走り、片目は見えていない。
濃緑の陣羽織の内に秘めた岩のような肉体が、五十を超えた男とは思えない
覇気を隠せずにいる。
「伊庭殿。」
「呉越。壮健だの。」
二人の本閥隊長は礼の後、卓についた。呉越の背後には三名の男が付き従う。
「第一大隊、藤本重義少佐であります。」
「第二大隊、八十田甚右衛門少佐であります。」
坊主頭の巨漢二名が低い声でいった。その隣、やや若い精悍な侍に、呉越が
目で促す。
「特務機動隊総隊長、柏崎壮之介中佐であります。」
伊庭が目を細め微笑む。
現在までの戦局を、灰音章雪が詳細に説明を始めた。
*
一旦玄嶽隊士は陣の設営指示に退出した。
その後、柏崎が小ぶりな樽を抱え不知火本営を訪れる。
連者隊総隊長と云えば、玄嶽攻撃隊の要である。その男が単身訪問する事に
灰音も美浪も首を傾げる。が、伊庭は快く通した。
「御頭。無沙汰をしておりました。」
散切り頭に日に焼けた笑顔で柏崎は深々と礼をする。
「壮之介。久しいではないか。」
伊庭も破顔し、柏崎の肩に手を置く。
「これ、御頭の好物。」
「地酒か。」
「征羅比瑪を焼いたらつまみになりますかね。」
柏崎の軽口に伊庭は大声で笑っている。
「壮之介。」
風祭も笑顔を見せる。柏崎もそれに答える。
「名残惜しいが、発たねばならぬ。」
「では玲さんが別動隊に?」
「うむ。御頭と呉越少将を頼むぞ。」
風祭は伊庭に礼をし、その場を離れた。柏崎は暫し談笑し、
玄嶽本陣に戻っていった。
「あれが今は連者隊総隊長か。」
微笑む伊庭は灰音と美浪に向き直る。
「お前たちの入隊前、柏崎壮之介は不知火隊士であった。」
「先士だ。仁悟朗と士道を鍛えたのはあの男よ。」




