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二人一役の調停者  作者: 襟端俊一
終章 最終日
99/100

 二対一。

 数だけなら数千のアカデミア生の方が脅威と言えるだろうが、個々のポテンシャルは桁違いだ。

 人形の饗宴マリオネッテ・フェストがどれだけ恐ろしいかは、紡との戦いで経験している。

 守護精によって動きは違えど、それが脅威であることに変わりはない。


「逃がさない」

「くっ――」


 問題は、これだ。

 羨望術によって生み出された、水無月悟の分身による体術。

 本人はコスチュームと言っていた。

 先程は鎧姿の分身が身代わりになっていたことから、恐らくコスチュームごとに得意とする役割が決まっている。

 チャイナ服の分身は中国武術を操るようだが、種類が豊富過ぎて架は有名なものしか知らない。


(くそ、こっちの動きが読まれてる。それにさっきから……距離を取らせてもらえない。間合いが狭いのか?)


 極めて至近距離で効果を発揮する中国武術と言えば八極拳が真っ先に思い浮かぶが、本当にこれは八極拳なのだろうか。

 人形の饗宴状態にある本体と、八極拳を操る分身に同時に攻撃されたら、架が今こうして無事でいるのはおかしい。

 考える時間が欲しかった。

 架は再び後退しようと試みる。


「逃がさないって言ってる」

「痛っ……こ、この」


 まただ。

 架が分身から離れようとすると、守護精の支配下にある本体が素早く回り込んで痛烈な回し蹴りを放ってくる。

 接触面が義肢な分、ただの回し蹴りが相当な威力になっている。


「隙だらけ」

「!?」


 懐に入り込まれ、腹から数㎜の場所に拳があてがわれる。

 しかし架が受けたのは、極めて攻撃動作が少ないだけのただの打撃だった。


 肝を冷やす。

 絶対に寸剄が来ると覚悟していたのに。

 極めつけは分身の納得のいかなそうな顔だ。

 これで確信した。


(分身の体術はブラフ。ほぼ見様見真似ってことだ。考えてみれば当たり前か……この子の羨望術は分身を作り出すことであって、操っているのはこの子自身なんだから)


 コスチュームはただの飾り。

 コスチュームに応じて悟が生兵法を披露するだけ。

 とくれば、警戒すべきは分身ではなく本体だ。

 最初の狙い通り義肢を破壊するか、気は引けるが体に攻撃を加えるしかない。

 そうすれば羨望術を維持することもできなくなるはず。

 結果的にそれは、二対一の状況を覆すことにも繋がる。


 本体に意識を集中させ、叢雨を抜こうとする。

 が。

 中郷武術が上手く機能していないとみるや、悟は分身を使って架を後ろから羽交い締めにしてきた。

 本体にはないその両腕で、確かに架の肩をガッチリと固めている。


「流石に無視は傷付く」

「は、離せ! う」


 守護精によって操られた悟の本体が架の前に降り立つ。

 艶めかしい動作で架の顎を撫で、そして。

 渾身のアッパーを土手っ腹にぶち込んできた。


「……っ」


 胃液を吐き出すも声は出ない。

 内臓が押し上げられて、口から飛び出てしまったんじゃないかと本気で心配してしまった。

 羽交い締めにされた架はサンドバッグと同義。

 当然、攻撃は止まらない。


 前のめりになった架の顔が、殴打によって左右に揺さぶられる。

 両肩、脇腹、太股、脹脛。

 隙間を縫うように、全身をくまなく殴打される。

 もはや何処が痛むのか分からないくらいだ。

 口の中が切れたのか、唇の端から一筋の血が流れ落ちる。

 直後だった。


「!?」


 架の口元から紅い蒸気のようなものが立ち上り、水無月悟と守護精の意識が一瞬だけ逸れた。

 その好機を逃さず、架は分身を振りはらってすかさず抜刀術を放つ。

 義肢の一つが切断される。

 水無月悟の右の義手を無効化することに成功した架は、すぐさま両者の間から大きく後退して距離を取り、叢雨を鞘に納める。

 やっと。

 やっと一矢報いた。


「植物を無効化する液体窒素……迂闊だった。貴方のそれは見ていたのに」

「戦ってるところも見られてたのか……」


 架の戦い方を見ていただけではない。

 研究されている。

 おまけに紡と違って二人で対応されては手も足も出ない。

 戦略を根本的に見直す必要がある。


(このまま義肢を全て破壊すれば……いや、体さえあれば凶器になり得るのが人形の饗宴の怖いところだ。やっぱり直接攻撃するしかないのか)


「やっぱり鍛錬が必要な武術を組み込むのは無理があったかも。コス気に入ってるし別に良いけど。他に何か良いのあったっけ」


 何やら独り言? を呟き始める悟。

 本体も片腕の義手で腕を組んで首を傾げていることから、架と同様に戦略を見直しているのかもしれない。きっと、守護精と相談することで。

 隙だらけだが、考える時間を自ら潰すつもりはない。

 架も必死に頭を回転させる。


(分身と本体は感覚が繋がってる。今までとは逆に分身を攻撃すれば……って、守護精の支配下じゃ意味無いか。……いや、待てよ。そうとも限らないかもしれない)


 ただ、それだって肉体的なダメージになり得る。

 例えば叢雨を使って分身を滅多切りにしたとして、その痛みが全て本体に伝わったとしたらショック死してしまうかもしれない。

 首を切ったり心臓を刺し貫いたりの、死に直結する痛みを味わわせるのは駄目だ。


 他の部位も危険なことに変わりない。

 脳が勘違いして内臓や神経がどうにかなってしまう可能性だってある。

 例えそれが、四肢を失って尚も自分の死神を殺してみせた少女であっても、可能性がある以上は無闇矢鱈と傷付けることはできない。

 これは未来に生かせる戦いなのだから。


(だったら……ある意味、これは一番残酷だけど。やるしかないな)


 とはいえ、今みたいな隙を作ることはもうできない。

 冷気による攻撃は既に見せている。

 分身が立ちはだかるだけで防御できてしまう攻撃では怯ませることもできないだろう。

 氷柱を生み出せば驚かせることくらいはできるかもしれないが、そこから先が繋がらない。

 あくまで、分身の至近距離で決定的な隙を作らなければ意味がない。


「決めた」

「!」


 チャイナドレスを身に纏っていた分身が消え、すぐにまた別の分身が姿を現す。


「これなら技術なんていらない」


 忍刀を両手に持ち、忍び装束に身を包んだ……忍者。

 悟の場合はくノ一と言った方が適切だろうか。まあ、実際のくノ一は随分と違ったようだが。


「鎧姿の分身が持ってた盾同様、武器もコスチュームの一部ってことか」

「無視できる?」

「……無理だな」


 忍刀を扱う技術が拙くとも、両手に刃物を持っていれば赤ん坊だって脅威になる。

 分身を無視するつもりがないことを悟られる訳にはいかない。

 本体に意識を集中していると思わせつつ、隙を見て分身を攻撃する。

 だが、その隙を作る手段が今の架にはない。



(って訳で、手詰まりなんだけど。そろそろ目を覚ましてくれないか)



 心の中で囁く。

 紡との戦闘以来、パウル以外では全く音沙汰なかった自分の守護精、ツムに対して。

 力を貸して欲しいと伝える。


「覚悟して」


 分身が姿勢を低くしてこちらに向かってくる。

 架は叢雨を抜いて鞘との疑似二刀流で対応するが、特殊な持ち方をした忍刀の二連撃をソードレスリングの要領で受け止めることはできない。

 まずは躱してその太刀筋を見る。

 今度は背後にもちゃんと気を配って、本体の攻撃もすんでの所で回避する。


「生意気」

「お互い様だ!」


 再びの猛襲。

 右の忍刀を鞘で受け、間髪入れずに来る二撃目を叢雨で受ける。

 瞬間。

 架の脇腹が本体の強烈な回し蹴りによって抉られた。

 そのまま体を持っていかれそうになるも堪え、どうにか追撃をいなして距離を取る。


(き、効いた……っ。やっぱり二対一で戦い続けるのは無茶だ。頼む、伝わっててくれよ)


 ツムからの反応はない。

 架は自分の意図が伝わってくれていることを信じ、向かってくる分身の攻撃を再び受け止めた。

 このままでいてはまた本体に攻撃される。

 すぐに分身を押し返して本体に対応する必要がある。


 それでも架は動かなかった。

 信じていたから。

 きっとやってくれると、信じて待っていたから。


「《!!》」


 忍び装束を身に纏った分身と、本体を操っている守護精が同時に目を剥く。

 架の体が、そのままの状態でふわりと浮遊したのだ。

 誰よりもそれを使いこなしている悟は、警戒せざるを得なかった。

 これは人形の饗宴の兆候だと。



 幟天使になったばかりの架に、人形の饗宴が使いこなせる訳がないのに。



「なんてな」

「え」


 忍刀を受け止めていた叢雨で袈裟斬りを放つ。

 悟は分身が攻撃されるとは思っていなかった。

 その上大きな隙を作ってしまった悟にそれを防ぐ手立てはなく。

 片手で振るった叢雨の刃でも、容易く分身の右腕を切断することができた。

 もう一度隙が作れればそれで良かったのだ。

 何故なら。

 後は勝手に、痛みで隙が生まれるから。


「いっ――あああああああああああ!!」


 本来なら、守護精の支配下に置かれた状態であれば本体に痛みは伝わらない。

 それは架自身が実体に体験したことなので確かだ。

 意識以外、体は完全な人形になるということ。

 だが水無月悟の羨望術によって生み出されたこの分身は、本体が失ってしまった感覚すらも有している、水無月悟そのものと言っても良い存在だ。

 分身が痛ければ、当然悟自身も痛いに決まっている。


 斬る。

 斬り続ける。

 ほとんど生身と言っても良いくらいに生々しい少女の肢体を、躊躇無く斬りつけていく。


「うぅ! ああああ!! いやああああああ!!」


 本体は何のダメージも受けていない。

 架の斬撃に傷付き、反応しているのもまた分身なので、本体を惨殺している気分だ。


「何して――ああっ! は、早くこの男を止め――ああああああああああああああ!!」


 先程までとは一転して、悟の呼びかけに応じようとしない守護精。

 不気味極まりないが、架としてはこの好機を逃したら勝ち目がない。

 精神を削りながらも、痛みで泣き叫ぶ少女をひたすらに傷付けていく。



《悟、もうやめよう》



 異質な声にギョッとする。

 ツムの声ではない。

 恐らく悟の守護精の声だ。

 彼女は本体の体を操って、とうとうへたり込んでしまった悟の分身の下に歩み寄って、


《彼はこの期に及んで悟の体を気遣ってくれている》

「何を、言って! これの何処が気遣ってるって言うの!?」


 血こそ出ていないが、分身の体は既に五体満足とはいかない状態にある。

 改めて、これをやったのが自分だと思うと恐ろしくなってくる。


《気遣ってくれているよ。だって、悟が斬りつけられているのは四肢だけじゃないか》

「!?」

《本体に影響がないように、敢えて本体にはない四肢を狙ってくれた。そうだよね?》

「……、」


 その通り、ではある。

 だが架がやったことは残酷極まりない。

 水無月悟がかつて味わった地獄の苦しみ。トラウマ。

 架はそれを、何度も何度も思い出させた。

 そして悟が自ら降参するまで、非道な拷問のような行為を延々と続けるつもりだった。

 気遣ってくれたなんて思われるのは間違っている。


「……もう良い。私一人でやるから。下がってて」

「ま、そうなるわな」


 傷付いた分身を捨て、新たに生まれた分身。

 それは、最初に衝撃波で以て架を吹っ飛ばして見せたあの右腕を有する分身だった。

 固定砲台としても成立しそうな、未来の兵器らしきものが全身に装着されている。

 何処か機械的な水無月悟と妙にマッチしている。


「あれか? SFとかで見るアンドロイド的な」

「正解。殺傷力がありすぎて分身として使うのは気が引けたけど。もう容赦しない」


 その迫力に圧倒される。

 もはや架を殺しても構わない。

 それくらいにこの勝負に執着を持ち始めている。


(当たり前か。自分が選んだ道を強引にねじ曲げられそうなんだから。ま、それなら)

 架も叢雨を抜いて冷気を纏わせる。


「とことんやり合うか」


 そうして。

 両者が一足飛びに距離を縮めようとした刹那のことだった。


「悟ちゃん大丈夫おーよしよし何があったの何処が痛いの怪我してない悟ちゃんを苛める奴は許さない絶対にお姉ちゃんがぶっ殺してあげるからねん!!!!!!」


 そんな妄言を吐きながら、どこからともなくやって来た水無月括が悟に飛びついた。

 摩擦で煙が上がりそうな程に頬ずりされ、悟は顔を歪ませて戦闘態勢を解いた。

 というより、脱力して解いてしまったのだろう。


「さー渡橋君! 悟ちゃんを傷付けた代償は大きいわよん!! ここからは姉妹であだっ」


 ゆらりと忍び寄った守護精に叩かれる括。

 架も叢雨を鞘に納め、溜息混じりに呟いた。


「大っぴらに共闘を宣言した時点で……勝負はお終いだな」


 忘れてはならない。

 これは入れ替え戦の一幕だということを。

 一対一が原則の勝負に、口を挟むどころか割って入って共闘しようとした。

 明らかなルール違反である。


「この……馬鹿グロ姉」

「てへん」


 可愛く舌を出して誤魔化そうとする括。

 その仕草にイラッと来たのだろう。

 分身による容赦のない右ストレートが括の腹に炸裂した。


 括の妹馬鹿っぷりに架は感謝せねばなるまい。

 この勝負が勝負のまま終わったのは、間違いなく彼女の功績なのだから。


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