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二人一役の調停者  作者: 襟端俊一
終章 最終日
98/100

「既に五感のほとんどを失っているですって?」

 注射器による遠隔波状攻撃を躱しながら、依衣は水無月括の話に耳を傾ける。


「人間には五感以外にも様々な感覚が存在するわん。でも五感を失ったらまともな日常生活を送れないのも事実。悟ちゃんに至っては四肢も失っているしねん」


 動きを止め、括が大きく一歩下がる。

 それは無数の注射器が向かってきている合図。

 再び依衣は囲まれてしまうが、雲隠を使うことで難なく脱出に成功する。

 背後に回った依衣に怯むことなく括は続ける。


「だから自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の舌で味わって、自分の鼻で嗅いで、自分の体で触れられて、自分の手足を操れる……そういう羨望術にしたのよん」

「……考えたものね」


 羨望術を使うことによる膨大なリスク。

 水無月悟の羨望術は、そのリスクをゼロにするという羨望術にした。

 と言っても、羨望術は幟天使の羨望の象徴。

 応用、派生させることはできても、根本的な部分は最初から決まっている。

 依衣が同じような羨望術を作ろうとしても絶対にできない。

 元々右腕を失っていたからこそ。

 普通を望んでいたからこそ、そういった羨望術を手にすることができたのだ。


「それで? 『貴女も薬で一時的に五感を復活させているのかしら』」

「んふふぅ」


 五感を失っていく妹にずっと付き添ってきた括が、自分だけ羨望術を使わずにいたなんてことは有り得ない。

 自らもまた、五感を復活させる術を手にしているということ。

 彼女の羨望術の根っこは、恐らく妹のための薬。

 これは別に、妹に使う薬に限定される訳ではない。


 妹の傍にいるため、妹の足手まといにならないため、妹の力になるため、妹の敵を排除するため。

 妹のために繋がるのなら、大抵のことは薬で実現できてしまう。

 現実に存在する事象、症状でなければ薬にできないという制限はあれど、応用力は並外れている。

 それが水無月括の羨望術だ。


「原因にもよるけどん。五感というのは現在の医療で全て再獲得できるわん。だからそういう薬を造る事自体は簡単だったわねん。残念ながら悟ちゃん程高性能ではないわん」


 そう言って括が掌の上に出現させたのは、市販で売られているものと全く同じゼリー飲料水だった。


「これを飲むと一時的に五感が復活するわん。効果は三十分。副作用はヒ・ミ・ツ」

「たった三十分……ね」


 効果を維持するには、三十分おきにあの飲料水を全て飲み干さなければならない。

 最長でも三十分の睡眠しか取れないということであり、アルマ・アカデミアの授業ですら途中で飲む必要がある。


 傍に妹がいる状況ならたっぷり睡眠を取ることもできるだろうが、彼女のことだ。

 妹の手を煩わせるような真似は絶対にしない。


「同情されちゃったかしらん? そんなつもりじゃなかったんだけど……ねん!!」

「!」


 またしても注射器。

 延々と回避し続け、無数の注射器に囲まれるも、依衣は雲隠で脱する。

 しかし、流石に三度同じ手は通じない。

 依衣が背後に回ったとき、括は既にこちらを向いて次の攻撃に移っていた。


 注射器に加えてビーカー、フラスコ、ピペット、試験管。

 容器の形状と中身の液体の色が違う実験器具を次々に出現させ、手当たり次第に放り投げてきたのだ。

 雲隠を使う余裕はない。

 依衣は全力で回避に専念する。

 そして三角フラスコが地面に落ちた瞬間――それは爆発した。


「爆薬!?」


 爆煙から目を守りながら視線を逸らさずにいると、他の実験器具も一気に効果を発した。

 試験管は四方に電撃を放ち、ビーカーはその場で小さな氷河を形成し、ピペットは強烈な風を起こしてそれぞれが依衣に牙を剥く。

 依衣は右に左にと大きく横に飛んで回避するが、爆風によって吹き飛ばされた所を雷撃に貫かれてしまう。


「ぐっ……!!」


 ピペットが依衣を飛び越えて後ろに着地し、風を呼び起こす。

 前方では既に三角フラスコが目の前に投げられている。

 風の勢い乗った依衣は、そのまま爆発の最中に飛び込む恰好だ。


「貰ったわよん!!」


 直後。

 大地を揺るがすほどの爆発があった。

 先程のものとは爆発の規模が違う。

 同じ三角フラスコでも、威力は括のさじ加減次第ということだ。

 まともに受ければ無事では済まなかっただろうが、


「全く。殺してはいけないというルールを忘れたのかしら」


 空高く舞い上がっていた依衣が悠々と着地して余裕を見せる。

 爆発に呑まれる寸前、扇子を見当違いの方向に投げたことで、戸沼幸太の羨望術から逃れる際に使った高飛を発動させ、瞬時に空へと逃げ延びていたのだ。


「……ふふぅ。こんな簡単に貴女が死ぬとは思ってないわよん」


 まあ、それくらいのことをしてでも力を示したいという気持ちの現れなのかもしれないが、流石にやりすぎだ。

 同じアカデミア生を殺したとあってはアルマ・アカデミアにいられなくなる。


「まだまだ行くわよん!」

「さて……」


 投げた扇子を手中に収めながら、依衣はこの勝負をどう帰結させるかを考え始めた。


(もう雲隠は使えないわね。元々防御に使うものではないのだけれど。とすれば……、)


 そうこうしている内に大量の実験器具がばらまかれる。

 種類は違えど、あれは導火線のないダイナマイトみたいなもの。

 迂闊に手を出せば爆発に呑み込まれ、雷撃に貫かれ、氷河に抉られ、風に吹き飛ばされてしまう。

 ならば。

 もっと大きいもので全て呑み込んでしまえば良い。

 向かってくる実験器具をすり抜ける形で扇子を投げ、括の足下に落とす。


徒波あだなみ


 何もない第一演習場の地面に。

 突如として巨大な波が出現する。


「なっ――」


 大量の実験器具は一瞬にして津波に呑み込まれ、その先に居た括をも巻き込んでその体を一気に後退させた。

 水浸しになった括が犬のように体を振って起き上がってくる。


「い、インドア派の私が海水の味を知ることになるなんてねん……っ」


 舌を出して渋い顔をしているが、括は水浸しになっただけで何一つ傷は負っていない。

 それもそのはず。

 津波というのは海があって周りに遮蔽物があるからこそ人々を震撼させる脅威になり得る。

 こんなだだっ広い場所では一風変わった水鉄砲に等しい。


「提案があるのだけれど。貴女の薬品は私に通じない。もしかしたらまだ隠し球があるのかもしれないけれど、私はもう、これ以上リスクを背負うのはごめん被るわ」

「リスクの話を私にして意味があると思うのかしらん?」

「思わないわ。けれど貴女の本来の目的は、妹さんの勝利のために私を削ること。ここでリスクを削ったところで大した意味がないのは分かっているはず」

「……そうねん。それはその通りだわん」


 依衣の提案が興味を持つに足る内容だと察したのか、括は両手に出現させていた実験器具を消してくれた。


「私が貴女を効率よく削れる勝負……一体どんな提案なのか。気になるわん」


 依衣は口角を釣り上げ、右拳を括に突き付けてこう言った。

「リスクなしの拳で語り合いましょう」

「ふ、ふふぅ。ふふふふふふぅ! 面白いわねん、貴女。お互いにどう見ても不得意な方法を選ぶなんてねん。でも、乗ったわん」


 ゆっくりとこちらに近付いてきて、依衣の拳に拳を合わせる括。

 互いに大きく後退して準備を整える。

 リスク無しの拳の語り合い。

 殴ったり蹴ったりが苦手な彼女達のキャットファイトは、同じ結論に至ったようだ。



「「《《人形の饗宴マリオネッテ・フェスト》》」」



 奇しくも、最初の一手に選んだのは両者共に頭突きだった。

 激痛が脳を揺らす。

 それでも、人形はただ操られるのみ。

 体を完全に守護精の支配下に置く人形の饗宴では、怯んだり臆したりと言ったことはない。


 頭突きは体格的に有利な括に軍配が上がった。

 括は勢いそのままに依衣を押し倒そうとしてくる。

 しかし、依衣も踏ん張る。

 地面に押し倒される前に両手を掴んで、逆に押し返していく。

 両手を握りつぶさんばかりに力を込める。

 守護精の力ではやはり依衣が上なのか、今度はこちらが主導権を握った。

 両手を掴んだまま、括の体を真上に投げたのだ。


 戦いの舞台は空中に移る。

 通常の格闘技では有り得ない角度から両手足が飛んでくる。

 そして有り得ない反応速度でそれらを躱し、受け流す。

 空中を自在に移動することができる二人の戦いは、もはや舞いに等しかった。

 括はバレエのような動きで華麗に攻撃し、依衣はブレイクダンスのような動きで的確に攻撃する。

 美しい光景なのに、二人には全く持って似合わなかった。

 両者一歩も譲らずに数分間殴り合っていたが、


(そろそろ……くっ)


 遂に限界が訪れた。

 それは守護精の活動限界ではなく、それぞれの本体の活動限界。

 普段使わない筋肉を酷使する人形の饗宴は、インドアな彼女達には負担が大きすぎる。

 先に人形の饗宴を解除したのは括だった。

 頭上からの回転蹴りを受けて地面に叩き落とされる形で、解除せざるを得なかったのだ。


 決着は付いた。

 仰向けになって倒れている括に歩み寄る。


「あ、貴女、やっぱり強いわねん。実はちょっと自信あったのにん」

「ふふ。守護精に自信を持っているのはこちらも同じよ。お互い、しばらくは筋肉痛に悩まされそうだけれど」

「でも……貴女を削ることができたわん。これで悟ちゃんの勝利は揺るぎないものに」

「そうかもしれない」


 依衣は架の戦場を見て、言う。

「けれど、そうならないかもしれない。未来ばかり見ていると、今を見失うわ」


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