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二人一役の調停者  作者: 襟端俊一
終章 最終日
96/100

 空から釣り上げられているかのように浮遊する悟を見て、架は自分がどれだけぼけていたかを痛感した。

 別に括でなくとも、補助する存在はいるではないか。


 守護精ニュンフェ

 依衣くらいの猛者でなければ、ノータイムで体を預ける守護精との意思の疎通とやらはできないはずだが、水無月姉妹が拉致された時期はかなり早い。

 幟天使としての年季も相当なものだ。


 架もツムに体を預けて窮地を脱した経験がある。

 散々痛めつけられた体でも大丈夫だったことから、精神的な繋がりがあっても肉体的には繋がっていない。

 紡は体を預ける際、こう言っていた。

 人形の饗宴マリオネッテ・フェストと。


 人形とは守護精のことではなく、操られる人間のことを指している。

 糸で人形を操る傀儡師の如く、守護精に操られる状態なのだろう。

 だから例え四肢を失っていても、代わりになるものがそこにあれば問題なく操ることができる。

 水無月悟にとっては正におあつらえ向きの力ということだ。


「向こうは始まった」

「!」


 東の戦場に視線を移すような愚行は犯さない。

 目の前で今正に地面に足を付けた悟に意識を集中させる。

 意識まで乗っ取られていないということは、やはり意思の疎通が完璧ということ。

 一時の油断が勝敗を決めかねない。


(こうして見ると……そこまで小柄って訳でもないのか。照と依衣の中間くらいかね)


 車いすに座っていたときは、弱々しいイメージが先行してどうしてもか弱く見えてしまったが、こうやって真っ直ぐ立った姿は美しいとすら感じる迫力がある。

 機械仕掛けの義肢が鎧の一部分にも見え、中世の騎士を彷彿とさせる。

 とはいえ、彼女は何一つ獲物を装備していない。


(素手……って言って良いんだろうか。義肢もそれ用の頑丈なものなのかもしれない)


「こちらもそろそろ始める」

「ああ、そうだな」


 いつでも来いとばかりに叢雨を構え、イメージを膨らませる。

 架が狙っているのは義肢の破壊だ。

 あれさえ破壊してしまえば、人形の饗宴による体術の大部分は無効化できる。

 色んな意味で怖いのは人形の饗宴のまま羨望術を行使されることだが、体術を封じれば対策も取りやすくなる。


「先手必勝」

「……、」


 悟がやったのは、右の義手を上げて架に向けるという、至って普通の動作。

 ただの意思表示にも見えるこの意味不明な動作にも理由がある。


(最初は体術で来るかと思ってたけど。いきなりかよ)


 羨望術。

 架は抜刀術の構えを取り、何が来ても対応できるように目を懲らした。

 ところが。


「――!?」


 唐突に。

 架は後方数メートルまで吹っ飛ばされた。

 腹に何らかの攻撃を受けたようだ。


(いっつ……な、何だ今のは)


 一瞬。

 架が吹っ飛ばされる瞬間、悟の腕がぶれたように見えた。

 いや、突然現れた別の腕が義手に添えられた、という表現が正しいかもしれない。

 とにかく、義手ではない別の腕が現れて、その直後に架は吹っ飛ばされた。


(見極め――っ)


 もう一度、今度はより集中して悟の右腕を観察する。

 またしても吹っ飛ばされてしまったが、やはり別の腕が現れて、その腕が衝撃波か何かを飛ばしていると考えるのが自然だ。

 何だろう、ぱっと見の質感が、人間の腕にしてはやけに綺麗だった気がする。


(何にせよ、俺の反応速度じゃ躱しきれない。的を絞らせないようにしないと)


 受け身でいると一方的に攻撃されるだけ。

 ならばと攻勢に移る。

 紡の殺人向日葵から逃げたときと同様に、渦を巻くようにして距離を詰めていく。

 架の進行方向を先読みして悟も攻撃を繰り返すが、こちらもそれは想定済み。

 時折不規則な移動を織り交ぜることでどうにか的を外させる。


「……私に近付きたいの? ならこっちから行ってあげる」


 空中を水平移動して一気に距離を詰められる。

 手間が省けたと余裕綽々に言えたらどれだけ良かったか。

 架は抜刀術の構えこそ取っているが、下手に手を出しても確実に痛い目を見る。


「遅い」


 謎の腕にばかり気を取られていたのがまずかった。

 彼女は人形の饗宴状態にある。

 別に腕を出さずとも体術があるのだ。


(まずい、体勢を立て直)

「遅い」

 止まらない。

「遅い」

 悟の義肢による重い乱撃が悉く架の体を痛めつける。

「遅い」


 鞭のようにしなる蹴撃。

 撃ち抜かれてしまいそうな程に鋭い殴打。

 裏拳や肘鉄、膝蹴り、踵落とし、頭突きに至るまで。

 葉身を纏っていた紡程の殺傷力はないが、目に見えないダメージが蓄積されていく感覚はそれ以上かもしれない。

 あまりにも早すぎて対応しきれないため、架は常時ガードを固めておくしかない。


「弱い」


 突然ラッシュが収まったと思いきや、先程の弾丸のような一撃が架を襲う。

 ガードの上からでもその衝撃は凄まじく、架は三度後方に吹っ飛ばされてしまった。


「終わり?」

「まさか」


 再び抜刀術の構えを取る。

 だが今度は構えを取るだけでは終わらない。

 三メートルほどの距離が離れているのにも拘わらず、架はその場で抜刀術を放った。

 鞘の中で溜め込んでいた冷気を、抜刀術に乗せて一気に放出する。


 アカデミア生の軍勢に向けて放ったときとは速度が桁違いだった。

 やはり振りの速度で冷気が飛ぶ速度も変化するらしい。


 完全に悟の虚を突いた攻撃。

 冷気に触れた瞬間に架のイメージは具現化する。

 前方に突然巨大な遮蔽物でも現れれば別だが、この距離で防ぐ手立てはない。

 そのはずなのに。


「なっ――」


 想定よりも随分と早く、架のイメージは具現化された。

 見えない壁に阻まれたミズオでの一幕のような違和感。

 その正体は、今し方架が想定した可能性そのものだった。


「悟が……もう一人……?」


 架が放った冷気は対象に触れた瞬間氷を発生させ、手足を拘束するようなイメージだった。

 実際それは成功し、目の前の悟らしき人物は両手両足を封じられ、彫刻のように身動きが取れずにいる。


 だがこれは悟じゃない。

 鋼鉄の鎧を身に纏っていて巨大な盾まで持っているし、何より義肢を装着していない。


「余所見厳禁」

「ぐっ!!」


 脇腹に蹴りを入れられるも、どうにか踏みとどまって蹴った張本人を見据える。

 氷に囚われた鎧姿の悟と、先程までの悟。

 やはり違う。

 違うが、悟が増えたことに変わりはない。


(死神? ってこの子は幟天使だぞ。冷静になれ。守護精? そういえば依衣は実際にその目で見て話せるんだったか。けどそれは本人だけのはず……俺に見えるのはおかしい。だとすれば)


 答えは一つ。

 羨望術によって自身の分身を生みだしたと考えるしかない。


 それもただの分身ではない。

 冷気に触れられたことから、実体を持つ分身であることが分かる。

 恐らく衝撃波を放つあの右腕も、分身の一部を一瞬だけ出現させていた。

 そうすれば必要以上に手の内を見せることもない。

 ちゃんと考えられている。


「ここまで見せるのは想定外。この氷、持続時間は?」

「さてね」

「ケチ」


 みすみす情報を渡すつもりはない。

 というかまだまだ実験段階の羨望術なので、分からないだけだが。

 まあ、自分で自分の力が分からないというのも情報には違いない。


「別に良いけど。こっちで消すし」


 どういう意味だ? と返す暇もなく、氷に囚われていた悟の分身は透き通るように消えてしまった。

 出し入れは自由。

 分身に対する攻撃は無駄な労力ということ。

 とはいえ、架の手札は少ない。

 再び叢雨を鞘に納めて冷気を纏わせる。


「グロ姉には復讐戦まで取っておけと言われてたけど。もう隠す意味もないから。私の秘密、教えて上げる」

「そりゃ気前が良いな」



「私は五感の内、既に視覚、聴覚、味覚、触覚を失っている」



「……は?」


 有り得ない。

 彼女はこれまで、架を見て、架の声を聞いて、架と話してきた。

 全て守護精に通訳してもらっていたとでも言うのだろうか。

 守護精が目で見た光景を伝え、守護精が聞いた声を伝え、守護精が感じた味を伝えていたとでも。


 視覚に関しては納得がいく。

 架に専門的な知識がなくとも、あの虚ろな瞳を見れば納得できてしまう。

 他の五感も、常に守護精に操られているのなら大抵のことはこなせるだろう。


 だが聴覚は別だ。

 完全に聴覚を失うと自分の声が聞こえないため、丁寧に喋ることができないはず。

 失ったばかりならまだしも、五感の減退は視覚と聴覚が最初に来ると依衣は言っていた。


「答えは私の羨望術に」


 再び現れた分身は、鎧の姿ではなかった。

 深いスリットのはいったチャイナドレス。

 際どく片足を上げている姿が、如何にも格闘術に長けてますよとでも言わんばかりの風体をしている。


(俺の疑問の答えが羨望術にある……つまりそれは……)


「その分身。五感を有している上に感覚が君と繋がってるのか」

「正解」


 あの分身が見た景色、聞いた音、感じた味、触った感触は、全て本体に伝わっている。

 腕だけでなく、何処かに目や耳も出現させていたのだろう。

 これは分身と言うより、もはや水無月悟がもう一人増えたようなものだ。

 彼女が羨望した健康体。

 この羨望術はそれをそのまま体現している。


(はは……やばいな。これってもしかしなくても)


 五感のほとんどと四肢を失っている悟が、自分の体を自分で動かすのは難しい。

 彼女にとって自分の体は融通の利かない不自由なもの。

 しかしそんな自分の体も、守護精に全て任せてしまうことで戦う人形と化す。

 手の空いた自身は、完全な分身を自分の体として操って戦いに参加する。


「二対一ってこと?」

「コスチュームは多彩。覚悟して」


 二人の悟による、圧倒的な手数の暴力が架に迫る。


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