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二人一役の調停者  作者: 襟端俊一
終章 最終日
95/100

 一定の距離を保ったまま、依衣と括は自分達の戦場を東に向かって歩く。

 そして照や優太の声援が微かに聞こえるくらいの場所で立ち止まった。


 懐から鉄扇を取りだして敵を見据える。

 まさかこんな大一番で覚えたばかりの鉄扇術を披露することになるとは。

 本当は架に見せて驚かせてやろうくらいにしか思っていなかったのだが、悪戯にリスクを背負うことはない。

 存分に試させてもらおう。


「最初にこれだけは言っておくわん」

「?」

「私は貴女に敵わないわん。でも渡橋君も悟ちゃんには敵わないわん」


 決して自分の実力を卑下しているのではない。

 これまでに得た情報と、先日の戦い振りを見て正確な力量を測っただけ。


「殊勝なのは結構だけれど。それだと枠を奪うという目的に反しているわ」


 他に選択肢があるのに、敵わないと分かっている依衣に勝負を挑む。

 それでいて妹の勝利を確信している。

 水無月括の考えていることがいまいち理解できない。


「確かに枠を奪うだけなら簡単ねん。でも勝って当たり前の勝負を挑んだところで理事長のお眼鏡には適わないわん。せめて良い勝負を見せないとねん」


 理事長。

 アカデミア生が誰一人として信用していないであろう相手にして、否が応でも信用しなければならない相手。


「勿論勝てるにこしたことはけどねん。一番重要なのは理事長に実力を見せることよん」

「……、あまり信用しない方が良いと思うけれど」

「信用なんてしていないわん。でも理事長のお気に入りの駒になることが、現状では一番手っ取り早い方法なのよん。パラディースとの距離を縮めるにはねん」


 つまり水無月姉妹が狙っているのは、枠は枠でも理事長の優秀な駒という枠。

 彼女達も幟天使であることからそれなりに理事長とは縁があるのだろうが、その距離をもっと近づけたい。

 より具体的に言うと、架のポジションを狙っている。

 架に妹をぶつけ、自分が依衣と戦うことを選んだのもそれが理由だ。


「タイミングにもよるけれど、架先輩が負けて私が勝ったら、復讐権は私が使うことになるわ。それも計算の内かしら」

「そうよん。私の役目は一番の実力者である貴女を削ること。これで悟ちゃんが渡橋君の枠に収まれば、私達は名実共に理事長の目に留まるわん」


 理事長のお気に入りになりさえすれば、もはや枠など関係ない。

 水無月姉妹は水無月姉妹としてパラディースに潜入できるようになる。確固たる後ろ盾を得た上で。


「思いの外長くなってしまったわねん。早速始めるわよん!」


 両手に八本の注射器を出現させ、即座にそれを依衣に向かって投げてくる。

 特に複雑な軌道を描く訳でもなく、八本の注射器は真っ直ぐに飛んできている。

 鉄扇で全て叩き落とすこともできるが、


(羨望術で生み出した注射器。その中身はうかがい知れるというもの。ここは避けるのが賢明でしょうね)


 突然角度を変える可能性を考慮し、余裕を持って右に回避する。

 追尾性能もなし、ブーメランのように戻ってくることもない。


「!」


 しかし、次が来ていた。

 よくよく考えてみれば、あれは羨望術。

 本物の飛び道具のように投げて無くなる物ではない。

 外れたら次を投げれば良い。


 立て続けに飛んでくる注射器。

 今度は四本ずつ、両手を交互に使って投げている。

 それも、依衣が躱す方向を予測した上で投げているため躱すのがより難しくなっている。


 だがその程度だ。

 鉄扇も羨望術も使わずに体一つで回避が可能な時点で、リスクを背負って使うほどの性能ではない。


 数百本は投げただろうか。

 たったこれだけで息を荒くしている括に同情した依衣は、注射器を躱しながら語りかけることにした。


「このままだと貴女、自滅するわ。私を削るという目的は何処へ? もっと別の……薬品を使えば良いでしょう」

「油断してると当たっちゃうわよん!」


 羨望術の行使は必要最低限に止めている依衣からすれば、括の行動は愚かすぎる。

 目的のために全力を尽くすのは良いが、その目的だって五感を一つでも失えば途端に難しくなるだろうに。

 まさか舐められているのだろうか。

 勝てないと公言しておきながら。


 我慢できなくなった依衣は、これまでとは違って姿勢を低くすることで注射器を回避、同時に深く踏み込んで一気に括との距離を詰めた。


「っ」

「少しは冷静になれたかしら」

 鉄扇を喉元に突き付けて括の動きを止める。


「貴女の羨望術で作った薬は、現実に存在するありとあらゆる事象、症状を引き起こす。架先輩に使ったのは酒癖の一つ、キス魔の症状を再現した薬。アカデミア生を操ったのは夢遊病ね。そして効果の程や副作用は実際に使ってみるまで分からない。架先輩の記憶が蘇ったことに関心を示していたのはそういうことでしょう?」

「……流石の洞察力ねん」


 投げようとして指の間に挟んでいた注射器を消して両手を上げる括。

 一見するとお手上げのポーズだが、当然降参するつもりはないだろう。


「でもそれだけじゃない。実戦向きの、もっと強力な薬品を羨望術で生み出すことも可能なはずよ。何故使わないの?」

「ふふぅ。答えは単純よん。『まだ使っていないだけ』」


 まだ、というニュアンスが引っ掛かった。

 最初からとっておきを出す馬鹿はいない。

 どれだけ格上が相手でも……いや、格上が相手だからこそ、どんな攻撃が有効なのかを模索する必要がある。

 少しずつ少しずつ手の内を見せていく。


 まだ使っていないだけ。

 つまり、未だ括は最初の攻撃が通じるかを試している段階ということになる。


「!?」


 気付いた直後だった。

 依衣の視界――目の前にいる括の向こうに、異様な光景を見た。


 先端を光らせた無数の注射器が、こちらに向かって飛んできている。

 慌てて左右に首を振る。

 依衣の想像通り左右の光景も前方と全く同じ。

 この分だと後方もだろう。

 三百六十度全てが注射器で埋め尽くされている。


(時間差で追尾するタイプだった? いいえ、それだけなら一定方向に偏るはず。ある程度自在に操れるということに――!?)


 急速に思考を巡らせていた依衣の下腹部に鈍い痛みが走る。

 括の前蹴りによって蹴り飛ばされたのだ。

 堪らず地面に尻餅をつく依衣。

 すぐさま立ち上がるも、既に括は向かってくる注射器の外側に移動していた。

 周囲の空間は隙間などないくらいに注射器で埋め尽くされていたのにだ。

 そこだけ注射器を消して逃げるスペースを作ったに違いない。


 依衣もそこを通って逃げ延びたいところだが、生憎とそこは新たに生み出された注射器によって塞がれてしまっている。

 逃げ道は――残されていない。

 依衣のパウルが発動する。

 命の危険が迫っていると、執拗に警告してくる。


(舐めていたのは私の方だったようね)


 諦めたように息を吐いた依衣は、本命の道具に手を掛け、それらを自らに課したルールに則って地面へと落とす。


「雲隠」


 瞬間。

 無数の注射器はその全てが依衣の体に突き刺さった。

 かに見えたが、依衣の体は煙に包まれてその場から消え、水無月括の背後に回って再び姿を現して鉄扇による攻撃を放った。


「っと、危ないわねん」


 流石の反応だった。

 戦闘経験がかなり豊富であることが窺える。

 依衣が視界から消えたため、即座に背後に回ったことを察したのだろう。


「ふふふぅ。ようやく『魅せて』くれたわねん。成る程成る程、蝶々の上に扇子ねん」


 ピアスと扇子はすぐに回収したはずだが、括はめざとく注射器が交差した場所の地面を見ていたようだ。

 幟天使同士の戦闘は、相手の羨望術をどれだけ早く見極められるかで決まる。

 依衣の羨望術、投扇興はパターンこそ多いものの、全てのパターンを把握されてしまうと少々厄介だ。

 まあ、本当に厄介なのは彼女の思考能力や反応速度ではなく、見極めようがない羨望術なのだが。


(正直、危なかったわ。彼女が羨望術で生み出した注射器……当然中身は何かしらの薬品が入っている。一発でも打たれれば終わり。破壊して薬品を浴びるのも危険が伴う。見極めるために観察することができない)


「うふふぅ。まだまだ行くわよん!」


 再び両手に注射器を出現させる括。

 まだまだ手の内を見せるつもりはないようだ。


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