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二人一役の調停者  作者: 襟端俊一
第五章 四日目
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10

「ふふぅ。やはり記憶の復元に関してもこれまでと変わらずねん。私は水無月括。改めてよろしくねん」


 白衣の裾を広げ、何処ぞのお嬢様のような振る舞いでお辞儀をする水無月括。

 身嗜みが滅茶苦茶なせいで、言動も挙動も全てが皮肉に思えてくる。


「テメェはあのときの……そうか、薬ってのはテメェがファリンに渡したんだな」

「ちょっとした副作用があるだけで、身体能力を強化する薬としてはまともな方だと思うけどん? 実際、彼女は間に合ったのよん」

「よく言うわ。間に合ったんじゃない。間に合わせたんでしょう。アカデミア生が動き出すタイミングを操作して」


 ある程度予想はしていた架達とは違って、メイファン達は眉をひそめた。

 驚くよりも理解が追いつかないといった風だ。

 羨望術を知らない彼女達は、パウルのような不可思議な力が存在することは認めていても、それが地球の人間に備わっているとは思っていない。

 恐らく、水無月括がパラディースの諜報員である可能性を考えているのだろう。


「うふふぅ。黒渦さん、正解。もっとも、半分の人は見えないでしょうけどねん」

 水無月括はそう言って、両手を猫のようにしてこちらに見せてくる。


「見えない……?」

「何なのよ?」

「俺にも見えないってことは……、」

「……、」


 彼女は両手の指の間に、それぞれ四本ずつ注射器を挟んでいる。

 優太、メイファン、プリへーリヤの三人に見えなくて、架、依衣、照の三人に見える。

 つまりは、そういうこと。

 幟天使に昇華した地球人は、架達以外にも存在していたのだ。


(作業っちゃ作業だけど……確かに羨望術で作った注射器なら、いくらアカデミア生が相手でも簡単に打てる。最初の三日間で……いや、薬の効果を自在に発動させることができるなら、前哨戦の時点でアカデミア生はこいつの術中だったことになる)


「あんたの目的は? 初日のあれと言い、今日のこれと言い。架に執着してるように見えるけど」

「パラディースとの和解なんて考えてるお馬鹿さんに、お灸を据えることよん」

「和解!? テメェ、そんなトチ狂ったこと考えてやがったのか」

「ボージェモイ!」


 こんな形でメイファン達に知られることになるとは。

 経緯を何も話さずに結論だけ伝わっている状態では理解を得られるはずがない。


「そう、トチ狂ってるわん。けど彼は絶対に相容れないはずの相手と実際に和解してみせたわん。正直、心配なのよねん」

「何がだ」

「私の愛する妹ちゃんの、心の焔が消えてしまわないかが、よん」


 羨望術を使える事からも、水無月括とその妹の身に紆余曲折あったのは想像に容易い。

 自分達の身に起こった出来事もそうだが、依衣から聞いた話は特に重かった。


「その口ぶりだと……生きてはいるんだな。何があった? 君と、妹に」

「知ってどうするというのん? 貴女の妹の死神のように、懐柔するつもりかしらん?」

「ああ、その通りだよ。そのためにはまず、君達に何があったのかを知る必要がある」

「ふふふふぅ……良いわん。それで貴方の決意が揺らぐ可能性もあるしねん。と、その前に人払いをしないとん」


 水無月括が取りだしたのは、随分と年季の入った目覚まし時計だった。

 それを弄って数秒後、けたたましい音が鳴り響く。

 耳を塞ぎたくなるくらいの喧しさ。

 そう感じたのは架達だけではなかったようで、昏倒していたアカデミア生達が次々に起き上がり始めた。

 彼等は架達が警戒するよりも早く、全く同じ方向に向かって行進を開始する。

 そう。校舎群、寮がある方向へ。


(ここまで自在に操れるものなのか……)


 皆が呆気にとられる中、水無月括は架達に背中を向けた。

 敢えて無防備な姿を晒すことで、真実を口にしていることをアピールするつもりだろうか。

 どちらにせよ、架は彼女の言葉を信じるほかない。

 括は後ろ手に組んで話し始めた。


「私達姉妹が攫われた経緯については、まあそう珍しいことでないから省くわねん。私達が他の拉致被害者と決定的に違ったのは、連れて行かれた場所。カルカソンヌを経由して東へずっと進んだ先。そこはコロッセウムと呼ばれていたわん」


 地球では言わずと知れた世界遺産で、ローマを代表する観光地だ。

 知名度で言えばカルカソンヌなどより遙かに有名だろう。


「コロッセウムって……コロッセオのことだよな」

「同じなのは名前だけでしょ? どうせ」

「いいえ。コロッセウムに限って言えば、死刑廃止イベントなんかをやっている地球のコロッセウムよりもずっと『らしい』わ。昔の姿を保っているとでも言えばいいのか」


 コロッセウムは、かつて多くの殺人が行われた場所だ。

 その姿を保っているとなると、パラディースのコロッセウムが何を行っているのかも想像が付く。

 水無月姉妹がそこに連れて行かれたとなれば答えは一つだ。


「ははぁ……成る程。殺し合いをさせられたって訳か。流石パラディース、やることがエグイな」

「そんな世界と和解するなんて、やっぱり無茶なのよ?」

「……エグイことやってんのはお互い様だよ」


 まあ、コロッセウムで行われていることは相当エグイ。

 メイファン達は知る由もないが、ただ殺し合いをさせられるのではない。

 戦う相手はもう一人の自分……即ち死神トート

 昇華することが目的なら、当然地球の人間に勝ち目はない。

 圧倒的不利な状態で戦わせられるに決まっている。


「連れて行かれて、檻に入れられて。一週間、水だけを与えられて。私達姉妹は一緒に舞台に上がることになったわん。怒号のような歓声が印象的だったわねん」

「ショー扱いかよ。公開処刑ってんならアタシらの国も人ごとじゃないが……」


 そういう側面があるのは否めない。

 もう一人の自分を殺して昇華することで、幟天使になる。

 これを民衆に信じ込ませるには、実際にその場でやってみせれば良い。

 死体はその場で消えるのだから、信憑性は充分だ。

 それはつまり、『昇華計画』が眉唾ではないことの証明になる。

 そんなことを繰り返してきたからこそ、『昇華計画』は指示されている。


「私の妹ちゃんは、小さい頃から右腕を義手で補っていてねん。それをめざとく見つけた対戦者の一人は、ブルーメ・ゲヴェアーで妹ちゃんの左腕と両足を集中的に狙ったわん。守るとか、助けるとか。子供だった私にそんな思考は働かなくてねん。妹ちゃんの体のパーツが分かれるのに、そう時間は掛からなかったわん」

「……嘘だ。いくらなんでもそこまで……だって対戦者は君の」

「そうよん。少なくとも、『私達にそんな趣味はなかった』からねん。一発で楽にしてくれれば良いのに、それをしなかった彼女達に疑問を抱いたわん。だから隣でもう一人に詰め寄ったのん。そうしたら、その子はこう言ったわん。非情になれるように、相手を殺せるように。そういう薬を飲ませたの……ってねん」


 もう一人の……自分の死神が行ったことだ。

 水無月括には理解できない。

 水無月括だから理解できてしまう。

 大切な妹に人殺しをさせるなんて馬鹿げている。絶対にそんなことはさせない。


 だがそこに妹の命が懸かっているのなら。

 殺さなければ殺される。

 少なくとも、コロッセウムとはそういう場所だった。

 追い詰められていたのは向こうも同じだったのだ。

 全ては妹を助けるため。

 水無月括の死神は、そのためだけに薬を飲ませ、妹を昇華させようとした。

 しかし、誤算が生じた。


「私はそれを聞いたとき、無意識にその子の首を絞めていたわん。そのまま押し倒して、体重で首を圧迫して……観客がどよめいていたのが印象的だったわねん。番狂わせが起きたのは初めてだったんじゃないかしらん」

「それもある意味……奇跡ね」


 照が胸を抑えて顔を歪ませる。

 例え勝敗がひっくり返ったのが初めてだったとしても、舞台に上がった人達の心の葛藤は壮絶だったはずだ。

 それを見て『昇華計画』に賛同した人達は、ある種洗脳されているようなもの。

 そこまでの葛藤はなかったのかもしれないが、舞台に上がらされた人達は総じて被害者と言って良い。


「私は妹ちゃんを殺した方も殺そうとしたんだけどねん。妹ちゃん、元々なかった右腕と合わせれば四肢を失った状態なのに……とっくに殺してたのよん。近付いてきたところを首に思い切り噛みつくことでねん」

「何を犠牲にしても……生きたかったんだろうな、その子は」

「でも、それだけの深手を負ってたら到底逃げ延びるのは不可能なはずだけれど」


 確かにその通りだ。

 生きようとする意志がどれだけあろうと、体の大部分を失っている水無月括の妹はどうしようもない。

 歩くことは勿論、立つこともできない。

 放っておいても遠からず出血多量で死に至る。


「突然辺り一面に煙幕が張られてねん。手引きしてくれた人がいたのよん。リスク承知で妹の出血を止めてくれて、異界門まで導いてくれたのん。あのときは妹ちゃん一筋の私も、思わずクラッと来たわん」

「リスク云々は意味不明だが、追っ手は来なかったのかよ。初めから勝たす気はなかったんだろうし、普通は消されるだろ」

「んふふぅ。それは少し考えてみれば分かることよん。一部の人達ならねん」


 水無月括はこちらを振り返って、順々に目配せをしていく。

 架、依衣、照に対して。


(……そうか。パラディース側の人間でなく、地球側の人間が昇華する。これを知られたら『昇華計画』が根本から覆りかねない。当然死体が消える瞬間を見せる訳にはいかない。煙幕を張ったのは向こうの人間なのかもな)


「分かったかしらん。私も妹ちゃんも、別に舞台上で相対した彼女達を怨んでなんていないわん。むしろ逆。彼女達にあんな選択をさせた世界を許せないと思ったのよん」


 架が自分の死神を手にかけたときと同じだ。

 こんな思いをするのは僕達だけで充分――架の死神は確かにそう言った。

 彼女達も、同じ。

 ただ、思い至った解決方法が違った。


 架達は、和解の道を選んだ。

 だが彼女達は、パラディースという世界と断固戦うことを選んだ。

 自分をこんな目に遭わせた世界を許さない。

 妹をこんな目に遭わせた世界を許さない。

 自分達の死神にあんな選択をさせた世界を許さない。

 そしてその世界との和解を望む架は、彼女達にとって害悪以外の何物でもない。

 それが彼女達の行動原理。


「貴女達を手引きした人間というのは……?」

「知らないわん。地球人なのか、パラディース人なのかもねん。ただ彼は、賭けをしていたみたいよん。もしも私達が生き残ったら全力で逃がす……いわゆる自分ルールねん」


 リスク承知で出血を止めたとなると、そういった羨望術を使う幟天使なのだろうが、今は知らない人間のことを考えてもしょうがない。

 目下問題なのは、彼女。

 水無月括だ。


「君の気持ちは分かったよ。分かり合うのが難しいことも。それでどうするんだ? お灸を据えるという君の目的は果たされたのか」

「ふふふぅ。これはただのお仕置きよん。本番はルールに則って行うわん」

「やっぱり……あくまで本命は俺達の枠なんだな」

「提示する勝負は純粋なバトル。私が挑むのは黒渦さん、貴女よん。そして渡橋君には私の妹ちゃん……水無月悟みなづきさとりと戦ってもらうわん」


 四肢を失っている人間と戦う。

 正直、羨望術を使えるのだとしてもまともな戦闘になるのか怪しいが、挑まれた以上は受けるしかない。


「私はまあ、構わないけれど。架先輩のお相手がこの場に居ないみたいね」

「勝負は最終日の午後一時、第一演習場で行うわん。それまでに回復しておくことねん」


 白衣のポケットに手を突っ込んで、気怠そうに右手を振って水無月括は立ち去った。

 残された架達は、何か煮え切らないような、何とも言えないしこりを残してそれぞれの寮に戻ったのだった。


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