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二人一役の調停者  作者: 襟端俊一
第二章 足を手に入れろ
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 外の空模様を見た架は、キュランダを抜けるのには相当の時間を要すると覚悟していた。

 しかしいざ入ってみると、キュランダの内部は背の高い樹木が密集していて傘代わりになっていたためあまり雪が積もっておらず、スムーズに進むことができていた。

 上手くいけば明るい内にキュランダを抜けられる。

 そう思った矢先のことだった。


「「「「「!!」」」」」


 甲高い悲鳴が五人の心臓を鷲掴みにする。

 順調に進んでいただけに少しのタイムロスが歯がゆかったが、全員が条件反射的に足を止めてしまった。


「い、今のって」

「……他の部隊の誰かでしょ。ふん、自業自得よ」

「馬鹿な奴らだよな。あんなことしなきゃ全員無事に乗り込めたってのに」


 架も全面的に優太に同意する。

 架達は清正の井戸が異界門であることを教えるつもりだった。

 パラディース側からは何らかの方法で自由に異界門を開けられるらしいが、地球側の異界門は現状では清正の井戸と大鳥居しか存在しない。

 そのため、唯一知られている大鳥居には必ず罠もしくはパラディース兵が見張っているはず。

 メイファンに言われるまでもなく架達は警戒していたのだ。

 出発前に話す手筈だったのだが、第四部隊の横暴な振る舞いによって全ては台無しになった。

 あんなことになっても尚協力しようとするお人好しなど架達の中にはいない。


(と思いたかったけど。やっぱり我慢してただけか)


 内心では複雑だった子もいたようで。

 こうやって直に悲鳴を聞くと、自制も効かなくなる訳で。


「ねぇ、架君」

「駄目」

「ま、まだ何も言ってないよっ」

「蒸籠の気持ちは分かるけど、他国には他国の思惑がある。みんな覚悟してパラディースまでやって来たんだ。それは俺達も同じだろ?」

「だな。ここで救出活動なんてやってたら日が暮れちまう」

「ま、そうね。私達を殺そうとした奴らよ? 助ける価値なんてない。価値なんて言い方すると蒸籠は怒るかもしれないけど、私達自身のことも考えないと」


 照までもが攻勢に回ったことが決定的となって、下唇を噛みつつも蒸籠は頷いたが、どう見ても納得できていない。

 そんな蒸籠を見かねた依衣が別の視点から付け加えた。


「お国柄、第四部隊は私達に助けられても立場が危ぶまれるわ。むしろ助ける方が怨まれるかも。それに、これで私達は他の部隊の心配をしていられる状況じゃなくなってしまった」

「どういう、意味?」

「仮に捕まったんだとしたら、私達の情報は確実に漏れているわ。早くここを離れないと」

「……そっか。我が儘言ってごめんね」


「良いよ。そういうことを言ってくれるからこそ、蒸籠は俺達にとって必要なんだ」

「そこで俺達って言うあたりが残念よねー」

「? とにかく急ごう。気配を消しつつ、なるべく全速力で」

「難しいぞそれ……」


 姿勢を低く保ち、忍者のような身のこなしで架達は進んでいく。

 地球の熱帯雨林では、高さ五十メートルにも匹敵する樹木の層、林冠によって日照が遮られ、地表近くにはほとんど草木が生えていない。

 一方このキュランダはというと、見た目こそ地球の熱帯雨林と酷似しているが、気候以外にも差異が見られた。

 林冠の所々に微妙な隙間があって、地表近くにも結構な下草が生えていたのだ。

 背の高い樹木の密集地帯だった異界門の近くはスムーズに進めていたが、離れるにつれて隙間は増えていく。そこに降り積もった雪に進路を妨害され、自然とペースは落ちてしまった。

 それでも架達は歩みを止めなかった。

 見たことのない野生動物が前方を横切っても、林冠に積もった雪が優太の頭上に降ってきたりしても誰一人として目もくれなかった。


「いやそこは気にしろよ! 落盤みたいなもんだったんだぞ!?」

「口を閉じなさい優太。今は一刻も早くキュランダを抜けることが大事なのよ」

「くっ……納得いかねぇ!」


 些細な小競り合いを織り交ぜつつではあったが、四時間ほど無心で歩き続けると目に見えて景色が変わってきた。

 おどろおどろしい着生植物、つる植物が減ってきている。

 キュランダの出口が目前に迫っている証拠だ。

 皆そのことに気付いていて、激しい耳鳴りも治まってきたことから自然と足取りも軽やかになっていった。

 架が異変に気付いたのはそんなときだ。


「……、」

「架、どうしたのよ」


 急に立ち止まった架を不思議に思ったのか、照が声を掛けてきた。

 二人に釣られて全員が集まってくる。


「さっきから、足音が多くないか?」

「! 敵!?」

「いや、多分違う。俺達は全員、滑りにくいHVシューズを履いてるから足音は似通ってるけど、さっきから聞こえてたのは異質だった。重みが違う感じだ」

「重みって……そりゃ、男と女じゃ体重が違うだろ」

「そ、そうだよ。全然違うはずだよ、うん」

「いいえ。私も感じていたけど、重みだけでなく足音の間隔も相当違ったわ」

「間隔が違う? それって歩幅が全然違うってことじゃ」


 照が言いかけた瞬間。

 散々聞いてきた落雪の音と共に、樹木の影からそれは現れた。



 真っ白な羽毛で覆われた、トカゲのような恐竜の顔が。



「走れ!!」


 今までの慎重さを捨てて、架達は全力疾走した。

 決して後ろを振り向かないよう、キュランダの出口を目指して。


「何? 何だよ。何なんだよあのトカゲ!! いやダチョウか!?」

「どう考えても恐竜でしょ!! 五メートルはあったわよ!」

「口を閉じろ! 走ることだけに集中するんだ!!」

「……見えたよ! 出口!」


 緑と白の景色を視界の端に置き去りにして、架達は遂にキュランダを突破した。

 この先は延々と大平原が続いている。

 キュランダを根城にしている恐竜ならこれ以上は追ってこない。

 誰もがそう思い、雪の積もった平原を少し進んでから背後を振り向いた。

 しかし。


「で、でけぇ」


 ノッソノッソと近付いてくる真っ白な羽毛に覆われたその姿は、優太が言っていたようにダチョウにも見えるが、足も尻尾もやたらと太い。

 十中八九、獣脚類恐竜の一種。

 特徴は言わずもがな、その走力である。

 そんな恐竜が五頭だ。

 到底逃げ切れるとは思えない。

 架達は互いに背中を合わせ、星の形の布陣を組んだ。

 それを見たからなのか、恐竜達は一人一人と向き合うようにして五人を取り囲んでいく。


「どどど、どうすんだ!? これは凶暴な肉食恐竜じゃないんだよな? そうだよな!?」

「落ち着けって優太。敵に囲まれたときの対処法を思い出すんだ」

「つっても、ありゃパラディース兵を相手にしたときの話だろ!」

「ブルーメ・ゲヴェアーで武装したパラディース兵に囲まれるよりはよっぽどマシさ。それに、好戦的って訳でもなさそうだ」


 五頭の恐竜は対面している相手を見つめるだけで、その牙を突き立てようとする素振りすら見せない。

 架達を取り囲んでいる以上、そこには獣なりの目的があるはずなのだが。


「あれ? 口に……何か咥えてる?」

 ふと、蒸籠が不思議そうに呟いた。


「ま、マジだ! 草か? パイプ吹かしてるみたいだな……ハードボイルドだぜ」

「架君、この恐竜ってもしかして」

「ああ。羽毛が生えてたから分からなかったけど、この恐竜はパラディース兵が使役してる奴だな。確か、ガリミムスって種類だったはず」

「なんだ、見かけによらず人懐っこいのか?」

 気を抜いた優太が撫でようとして近付く。


「待て優太! 一応、雑食だぞ」

「それを先に言え!」


 優太は腹に良いパンチを貰ったかのような勢いで飛び退いた。

 実に華麗な逃げっぷりだ。


「……、で? 雑食なのに襲ってこないのは何でだよ」

「こいつ等は、戦いで負けた相手に付き従う習性を持ってる。人間であろうと他の恐竜であろうとな。細長い葉っぱを咥えてるだろ。あれはシュヴェルトグラスっていう雑草で、抜いてしばらくすると刃物みたいに鋭く硬くなるんだけど」

「いや、そんなパラディース豆知識は良いから! というか、ジリジリ近付いてんぞ!?」

「良いんだって。……ほら」


 ガリミムス達は手の届く距離まで歩み寄ってくると、咥えていたシュヴェルトグラスを架達の足下に落とした。

 まるで拾えと言わんばかりだ。


「要は、拾って一対一で戦えってことね。ったく、どんだけ知能が発達してるんだか」

「こんな葉っぱでどうやって勝つんだよ! 手持ちの武器を使っちゃ駄目なのか?」

「古賀先輩、それをやったらただの殺し合いになるわ。その点、シュヴェルトグラスでの一騎打ちなら、私達は『足』を手に入れることができる」

「! 確かに……これに乗せて貰えるならこの先楽だな」


 クレイモアに伸ばしていた手を引っ込める優太。

 皆が地面に置かれたシュヴェルトグラスを見据えてゴクリと唾を飲み込む。

 拾った瞬間に戦いは始まる。

 ガリミムス達はそれを待っているようだった。


「一太刀入れるだけで良いはずだけど……優太と照はともかく、蒸籠と依衣は平気か? 一対一で勝たないと背中には乗せて貰えない。多分、相乗りも無理だ」


 目の前に差し出されたシュヴェルトグラスは、差はあれど長くとも小太刀程度。

 刀とレイピアを得意とする架と照なら心配ない。

 優太は大剣使いだが、クレイモアは小回りがきく比較的小型の大剣だ。シュヴェルトグラスのような武器でも上手く対応できるだろう。


 問題は蒸籠と依衣の二人。

 蒸籠はアルマ・アカデミアの戦闘訓練ですら拒否するほどの刃物嫌いだ。

 紡の事件以降は包丁を握ることすらできなくなった。シュヴェルトグラスはあくまで雑草だが、刃物として扱うことに変わりはない。

 大量の扇子を武器と言い張る依衣に至っては、どう戦うのかすら未知数である。


「平気よ。私は架先輩が思うようなか弱い女の子じゃないから」

「……私は……」


 毅然とした口調で自信を示した依衣とは対照的に、蒸籠は口をつぐんだ。

 蒸籠は頭も良い。

 虚勢を張って失敗したとき、皆に迷惑を掛けてしまうことが分かっているのだ。


「私も、平気。みんなに迷惑は掛けない」

「蒸籠、あんた……」

「心配してくれてありがとう、照ちゃん。でも本当に大丈夫だから」

「……分かった。架、信じてあげて」

「ああ。それじゃ、全員屈んで」


 皆が架の指示に従って腰を低くする。

 一見するとガリミムスに忠誠を誓う騎士のような格好だが、これから行う戦いは真逆の意味を持つ。


「拾ったら、互いの邪魔にならないよう散開する。集合場所は今立ってるこの場所だ。誰かの帰りが遅くても信じて待つ。……準備は良いか?」

「「「「いつでも」」」」

「行くぞ!!」


架がシュヴェルトグラスを拾ったのに続いて、四人がシュヴェルトグラスを手にする。

 そして目の前にいるガリミムスを素通りし、一直線に前に走り出した。


 ここから先は一人の戦いとなる。

 架にできるのは、皆の勝利を願うことだけだ。


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