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「ピーマンめ……覚悟……!」
結構なサイズに切り分けられたピーマンと格闘すること数十分。
架の目の前で、遂に最後の一切れが優太の口に放り込まれた。
「へへ……やってやったぜ」
「あんだけ無茶苦茶言ってたくせに……よく全部食べたなぁ」
何だかんだ言って、結局優太はピーマンの炒め物もピーマンの味噌汁も、終いには生のピーマンも味噌汁にぶっ込んで一緒に平らげてしまった。
「架が真面目に朝食作るのなんて初めてだしな。流石に悪いだろ」
「そういう気遣いは女の子相手にしてくれ……」
明らかな失敗作を無理して食べるのと、嫌いな食べ物を無理して食べるのは似ているようで全然違う。
前者は純粋に料理人として、異性であれば尚のこと嬉しいかもしれないが、架はピーマンが大好きなのだ。
大好きな食べ物をふんだんに使った料理を渋い顔して食べられるのは正直辛い。
「ま、ピーマンはともかく。目玉焼きとサラダは美味かったぜ!」
目玉焼きはこれが初めてではないし、サラダが美味しかったのはきっとドレッシングの力だろうが、褒められると嬉しいもので。
また作りたいと思ってしまう。
「また作るかな。今度はもっと美味しいピーマン料理を」
「ピーマンはともかくって部分聞こえなかったのかなー!?」
「嘘嘘、冗談だよ」
迅速に後片付けをこなした蒸籠に習って、架もさっさと皿を回収し、流しに持っていく。
正直、料理と比べるとこの作業は非常に面倒臭い。
それでも架はまだ良い方だ。
これが大所帯の家族だったらと考えるとそれだけでげんなりする。
世の主婦はそれ以外の家事も人数分こなしているのだから凄い。
「今日どうする?」
全ての食器を洗い終えて優太の下に戻った架は、早速今日の予定についてを相談した。
「そうだなぁ。ちなみに昨日は何してたんだ?」
「……、ずっと、家にいた」
思い返してみたら、優太達が勝負を挑まれている間に自分は何をしていたんだと猛省。
蒸籠が喜んでくれたのは何よりだが、少々気を抜きすぎていた。
「一昨日は?」
「……、一昨日は、あれだろ。お互い大変だったろ」
第二男子寮を脱出する前に重大な出来事があったりしたが、これまた自己嫌悪に陥りそうなので黙っていることにする。
「あ、そっか。昨日一日気を張ってたせいか数日過ぎてるもんだと勘違いしてた。入れ替え戦ってまだ三日目なんだよな……」
「俺も時間が過ぎるのを遅く感じてる。濃密な一週間になりそうだ」
今現在、戦況はどうなっているのか。
判明しているのは自分達第一部隊が無傷で枠を死守していることくらいで、他の部隊がどうなったのかは把握していない。
照から聞いた噂も何処まで信じて良いやら。
結構善戦しているとか、既に枠を奪われて逃亡中とか。
全く正反対の噂もある。
他人の心配をしている間に足下を掬われたら元も子もないが、他の部隊の状況は架達にも影響を及ぼしかねない。
例えば、第一部隊以外全滅していたとしたら。
この入れ替え戦は国籍を問わない。
挑戦権を持った全てのアカデミア生が架達を狙いに来る恐れだってあるのだ。
そうなったら冗談抜きでこちらも逃亡生活する羽目になるかもしれない。
「……外に出てみるのも手かもな」
「おいおい、俺達とした約束忘れたのか? 架は養生しないと駄目だ」
「分かってるけど、ただ引きこもってるのは時間の無駄だし。アルマ・アカデミアの敷地内を探索して情報収集とかどうだ? もしかしたら逃亡中の他の部隊を見つけられるかも」
「それメリットあんのか?」
「場合によっては共同戦線を張る。『未来を見据えて』」
「!」
架の言葉の真意は伝わったようだ。
しかし、優太は決断力に欠ける。
真意が伝わっても、架の意見を尊重するまでには至らなかった。
「いや、俺の一存では決められねぇ。後で怒られそうで怖ぇ」
後者が本音なのは問い詰めるまでもない。
「チキンめ。はぁ……こう何日も引きこもってると、いざってときに動けなくなりそうなんだよな……」
ゴロンと寝転がってだらけてみる。
毎日こなしていた戦闘訓練を、一ヶ月間サボっているに等しい。
何事も継続することが大切なのだ。
二時間程度の朝練では体が鈍ってしまう。
そんな架を見てか、優太が重々しく口を開いた。
「……本当に平気なのか?」
「何度も言ってる、ってか見てるだろ。初日に二人返り討ちにして、朝練だって普通にこなしてるんだぞ。退院した時点で完治してたのは医者も認めてる」
散々異常だ何だと言われはしたが。
「よし。ならこうしよう。架、俺と手合わせしてくれ」
「へ?」
優太の口から予想外の提案が飛び出した。
外出して探索するのは後で照達に怒られそう。このままでは架の腕が鈍ってしまう。朝練は許されている。なら朝練をこなしている場所で手合わせしてはどうだろう。
確かに良い落としどころと言えなくもないが、どうして手合わせなのかが気になる。
「勿論構わないけど、何で急に?」
「ほら、一応クレイモア持って来てるし。前はしょっちゅう手合わせしてたけど、最近ご無沙汰だったろ」
「……本当にそれだけか?」
これはただの直感だが、何か別の理由があってこんなことを言い出したのではないだろうか。
その疑問は優太の何とも言えない複雑な表情を見て確信に変わった。
「何か……馬鹿なこと気にしてないか?」
「うっ」
「やっぱり……」
予想は的中した。
自分は果たして皆の役に立っているのか。
要は劣等感を抱いていた訳だ。
きっとパラディースで照に手を差し伸べられなかったことや、復讐を果たす前に思いとどまってしまったこと。
そして幟天使となった架、照、依衣に対する焦り。
更には、昨日の料理勝負で敗北してしまったことまで。
世の中には、何もせずともそこにいるだけで役割を果たせる人間が居る。
蒸籠は勿論、優太も同じタイプの人間だ。
傍にいるだけで場を和ませてくれる。馬鹿げたことを言って緊張を解きほぐしてくれる。
どちらも架にはできないこと。
ただ、それらは優太が無意識にやっていることなので、自分が役に立っているという実感を得られないのも事実。
架は余計な問答を省き、一言だけ告げた。
「やるか」




